目薬から始まる出逢い

曲直瀬道三正盛


 私は現在、尾張国の津島にいる。

 関東の足利学校で学ぶべく、旅をしている途中だが、道中の尾張で栄える津島に立ち寄ることにしたのだ。関東の足利学校は関東一の学校であり、様々な学問を学ぶことが出来る。応仁の乱以降、荒れ果てる畿内よりも、関東の足利学校のほうが学問に励めるのだ。

 京の都の相国寺に入って喝食となり、詩文や書を学んだが、更に学問を学びたいという思いが強くなった。

 

 京の都を離れ、旅に出たが、その道中の光景は京の都に比べて新鮮に映った。京の都は荒れ果て、下京に至っては乞食が溢れている。京の都より外のほうが、随分マシな生活をしている。話には聞いていたが、実際にその光景を観てみると、その現実に打ちのめされた。


 そして、今は尾張の津島にいるのだが、畿内に比べ、大層な活気である。

 木曽川沿いの河湊のため、木曽川上流から様々な品が流れてくるのか、湊は舟で溢れている。ここで集まった品が、伊勢湾中に流れていくのだろう。今の、京では考えられない光景であった。


 そんな中で目についた物があった。

 『玲珠膏』という目薬だ。津島神社の護符とともに売られており、地元では大層効き目のある薬として評判だった。津島で取り扱っているのは、津島十五党筆頭の大橋家だそうだ。


 何となく、大橋家に行ってみようと思い、大橋家の前に着くと、屋敷から人が出てくるところだった。

 出てきたのは、二人の商人の様だが、片方の若い商人は、その所作が京の公家の様に見受けられる。相国寺で喝食をしていたため気になり、観ていると、その若い商人と目が合ってしまった。


 「私の顔に何か付いていますか?」


 商人に声を掛けられてしまったので、躊躇ってしまう。


 「いえ、あなたが大橋家から出てこられたので、つい気になってしまっただけです」


 「大橋家に用があったのですか。私たちも先程商いが終わったところです」


 「大橋家に用というほどでも無いんですが、この津島には玲珠膏という大層評判が良い目薬があるそうで、それを取り扱っているのが大橋家と言うことで、何となく御屋敷の前まで、来てしまったのです」


 「ほぅ、目薬が気になって、大橋家までと。申し遅れましたが、私は松浪兼家と申します。あなたは薬師でしょうか?」


 「私は曲直瀬道三正盛と申します。薬師などではなく、相国寺で喝食をしておりました。関東の足利学校で学ぶため、足利へ赴く途中なのです」


 何故か、松浪殿は僅かに目を見開いた様に見えた。


 「ほぅ、足利学校で学びに行かれるとは、大層なことにございますな。目薬に興味を持ったということは、医学に興味をお持ちで?」


 「まだ、何を学ぼうか決めかねているところです。医学も良いかもしれませんね」


 「医学が良いかもしれませんよ。世は乱れ、多くの人々が苦しみ、死んでいます。医学はそんな人々を少しでも生かすことが出来る尊い学問だと思います。足利学校には、明帰りの田代三喜という名医がいらっしゃるそうです。学ぶのに丁度良いのではありませんか?」


松浪殿から思ってもみない話が出てきた。明帰りの医者の話は、京でも聞いていたが、足利で医学を教えていたとは。

自分の中で医学に対する興味が湧いてくるのを感じる。


 「もし、足利学校で医学を学ばれ、医者になられたなら、私も支援させていただきたいと思います。その時は、大橋家で松浪兼家と知り合いだと用件を伝えていただければ良いので」


 そう言い残して、松浪殿は去っていった。


 残された私は、医学を学ぶかまだ分からないが、足利学校へ行ったなら、田代三喜に会ってみようと思ったのであった。

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