享禄元年(1528年)

出家

 享禄元年(1528年)


 私は13歳になった。

 いよいよ比叡山横川恵心院に出家させられることになったのだ。


 思い返せば、今日まで色々あった。

 近衛家では、叔父である後の久我晴通や妹で『花屋抄』の著者である慶福院花屋玉栄などの子供が生まれて、勉強や鍛練をしつつも子供たちの相手をして縁を深めていった。

武芸に力を入れていたこともあり、身体も大きく成長している。しかし、近衛家にて有識故実などの教養もしっかり身に付けさせられた。

 ついでに、祖父尚通に甘えて、祖父尚通が若い頃に連歌師宗祇から受けた古今伝授も受けた。三條西家が一家相伝することになるけど、子供が小さくて細川藤孝に伝授するけど、その時に古今伝授されてるのが細川藤孝しかいないらしいので、祖父尚通に伝授していただいたのだ。


 祖父尚通と愉快な教養人たちのおかげで、公家レベルがかなり高くなったのだが、やはり出家しなければならないので比叡山横川恵心院のある近江国坂本へと旅立つこととなった。

大永7年(1527年)から畿内一帯は細川高国と細川晴元との戦で荒れていたため、まだ近江の国のほうが京の寺よりマシだと思う。

 父稙家や祖父尚通たち家族と別れを告げて出発する。

 お供は、黒田重隆と瀬田左京である。

 黒田重隆は奥さんと子供いるのに付いてきて良いのか?と聞いたら、私に仕えるのは春日明神の神託なのでと、かつて彼をスカウトするための作り話が生きていることに罪悪感を感じた。

 もう一人の瀬田左京こそ、史実だと斎藤道三と斎籐正義を結び付けた人物である。彼の姉が斎藤道三の愛妾だからだ。また春日明神の名前で連れ出そうと思ったのだが、瀬田左京は近衛邸の中でも浮いていたため、春日明神の名を出すことなく連れ出すことが出来た。

 瀬田左京は、幕臣で奉公衆の石谷光政が美濃の石谷城主であることから、その伝手で近衛家に仕えることとなったものの、近衛家や京の生活に馴染めていないようだったのだ。

 比叡山に連れていく旨を伝えると問題なく了承した。


 道中、瀬田左京と話していると、西村勘九郎正利の息子である西村新九郎規秀の愛妾になっていることなどを話してくれた。

 西村勘九郎正利は、坊主から還俗し、油売りになった後、美濃の小守護代の長井長弘の家臣となったらしい。後の斎藤道三親子である。斎藤道三が一代で国盗りしたという話が有名だが、私の前世のときでは、親子二代だった説が有力になっていた。


 そして、私はこのまま坊主になるよりも、武士になって成り上がろうと思った。そのためにも、運命に抗うことを決める。

 黒田重隆と瀬田左京を交えて宿の一室にて話をする。


 「左京、頼みがあるのだが良いか?」

 「若様、何でしょうか?」

 「其方の姉が美濃の稲葉山城代西村勘九郎正利の嫡男西村新九郎規秀の妾であると言っておったな?」

 「はい、その通りでございます」

 「西村新九郎規秀に介して西村勘九郎正利に渡りをつけてもらえぬか?」

 「西村勘九郎正利にでございますか?一体、どのような御用件で?」

 「私は以前より武士になりたいと思っておった。わしを侍として雇ってくれるよう頼んで欲しいのだ。」


 瀬田左京は驚き、唖然としていた。黒田重隆の表情は特に変わっていない。


 「若様が武士になりたいと?何を仰っておられるのですか?黒田殿からも若様をお止めしてください」

 「いや、若様が以前から武士に成りたがっていたことは分かっていました。幼き頃から武芸に励んでおられましたし、お話をしている中で、その様な片鱗が見えることも多々ありましたので。これは、関白様も先代様もご承知のことです。」


 瀬田左京は同僚の言葉に驚き呆れ、私は重隆の言った父と祖父が承知していることに驚く。


 「父上とお祖父様も承知なされているだと?」

 「はい、御二方とも多幸丸様が寺で終わるような御方と思っておられません。そして、公家として生きることに向かず、多幸丸様が武士に成ろうとしていることも。だからこそ、比叡山の坂本へと送り出されたのです。美濃の国には鷹司家の御分家で鷹司冬基様が大野郡の長瀬城主になられ、現在は鷹司冬明様が御当主になられております。その伝手で武士になられるのがよろしいかと御二方は考えられておりました。」

 「鷹司家か・・・。しかし、鷹司家よりも勢いのある西村勘九郎正利に付いたほうが城持ちになれる可能性が高いと思う」

 「確かに、鷹司家にて武士になるよりは、西村勘九郎正利のほうが出世の道が高いかもしれませぬな。御慧眼お見事にござります。そのような若様ですからこそ、御二方も坂本へ送り出したのでございます。

左京殿、若様が仰っられた通り、西村勘九郎正利殿に話してもらえぬでしょうか?」

 「関白様方がご承知されてるなら構いませぬが。某も美濃に帰りたいという気持ちもありましたし」

 「では、左京よ。頼む。」


 こうして、瀬田左京は美濃の西村勘九郎正利の元へと向かった。


 しかし、父稙家と祖父尚通が私が武士に成りたがっているのを分かって、坂本へ送り出してくれていたとは・・・。黒田重隆は近衛家のお目付け役ということか。


 取り敢えず、史実通り瀬田左京を介したので、西村勘九郎正利の元で武将に成れる可能性は高いだろう。久々利頼興に殺される運命を回避して成り上がらなければならない。

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