あたらしいちきゅう

幻典 尋貴

あたらしいちきゅう

 この世界では、時々死んだ人が復活する。

 ゾンビや幽霊の類ではなく、しっかりとした人間として復活する。

 そしてその原因は私だ。


 この世界で、旧地球の記憶を持っている人間は数十人しか居ない。

 その中の一人が私であった。

 なぜ私が選ばれたのかは分からないが、相当運が良かったということは確かだ。だって、記憶を失うなんて、残酷だ。

 実際には、記憶が新地球用に作り変えてあると言った方が正しいのだが、本物の記憶ではないことに変わりない。

 記憶なんて元々確実なものでは無いではないか、と言われたら言い返せないが、それでも悲しい。

 誰かの存在を肯定するものが記憶であり、思い出だ。

「人は水と記憶で出来ている」というのが、私が尊敬していた恩師の口癖だった。

 多分、その人はもう、確かな私を覚えていないだろうけど。


 城みたいな家の大きな部屋、パーティルームには十一人の旧地球記憶保持者が居る。

 それぞれスーツやドレスを着て、高そうなワインを飲みながら楽しんでいた。

 司会者の後ろの壁には、『3周年記念パーティ』と書かれた安い紙が貼ってある。

 旧地球のこの場所に当たるところにはこんな家は無かった。それが今は、ある。

 でもここに居る人以外の日本人は、それを知らない。

 違和感なんて覚えるのは、私だけかもしれない。

「君が川和かわな佳子かこ君かね。一番若いんだってねぇ。大変だねぇ」

 観察者、それが私たちの正式名称。

 新地球の人々を観察し、記憶改変の後遺症や、出来事を記録している。

 私は色々な人間と人間のエピソードを見てきた。

 家族のためにクローンを使う父親の話。その娘の自殺を止める少年の話。その少年が旧友に世界救済を頼む話。同じ誕生日のカップルの話。そのカップルの女子の妹が地球滅亡に怯える話。その娘が結婚する話。――他にも色々。

 人と人の繋がりと、暖かさを感じることの出来るこの仕事は、私にとって天職だった。

 もっと友情を知りたいと、もっと愛を知りたいと、そんな思いで胸がいっぱいになって――ある時、私は罪を犯した。

 旧地球の記憶はデータとなり、厳重に保管されている。

 その記憶を元の記憶の持ち主に戻すことは多分きっと無いが、何かがあったときのために保管しているのだと言う。

 私が犯した罪は、その記憶を並び替えるというものだった。

 記憶の順番を並び替え、死んだ人を死んでいなかった事にする。すると、新地球に存在していないといけない人間が存在していない事になり、データにエラーが発生する。

 そのエラーを発見した他の観察者は、その人のクローンを作成する。

 死者の脳をデータ化する技術は旧地球の頃からあった。そこからクローンを作る事ぐらい、容易な事だ。クローンはゾンビでも幽霊でも無く、しっかりとした人間だ。

 記憶さえ持っていれば、人間なんだ。

 クローンの友人や想い人に再会して、喜んだ人は沢山いた。悲しんだ人も沢山いた。

 記憶は作り変えれる。

 クローンを本物にする事もまた、容易だ。

 あんなに記憶改変を嫌っていた私は、いつの間にか擦れてしまっていた。


「新地球三周年おめでとう!」

 ワイングラスがぶつかり合い、甲高い音が響く。

 この新地球に移住して来てから三年が経っていた。

 けれど記憶が動く世界の中で、時というのは意味を持たない。


 少なくとも、私はそれを知っている。

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