三人目
伊崎夢玖
第1話
大和と結婚して三年。
今年も結婚記念日がやって来た。
毎年私の好きな花を贈ってくれる大和。
ヒヤシンス。
花言葉は『あなたとなら幸せ』。
この三年、大和と二人でも十分すぎるほど幸せだった。
だけど、正直そろそろ子供が欲しかった。
私の周りでは、できちゃった結婚とか結婚早々にできましたって報告をしてくれる友達が最近増えた。
素直に皆に祝福するけれど、出遅れ感で押し潰れそうになる。
子供については大和と話し合ったりもした。
「そろそろ作らない?」
「作るって?」
「子供」
「あぁ…もう少し二人でいようよ」
いつもこう。
翌日が休みの夜に私の方から誘ってみたりしても「今日は疲れてるから…」と言って相手にもしてくれない。
ただ単に子供が嫌いなのかとも思ったけど、親戚の子とかと遊んでいる大和は子供が嫌いという感じもしない。
本当にただ二人の時間が欲しいだけなのかもしれないと思って今まで来てしまった。
(ここまで来たらもう子供は欲しくないのかもしれない)
そう思うようになっていた。
「ただいまぁー」
夕食の用意をしていると、大和が会社から戻ってきた。
玄関まで迎えに行くと、いつも持っているはずの花がない。
「おかえり」
「疲れたぁー」
「先に夕食にする?お風呂にする?」
「お風呂にする」
「もう沸いてるから入ってきて」
ネクタイを外しつつ寝室でスーツを脱ぐ大和。
最近仕事が立て込んでて疲れている。
きっと日にち感覚が狂って今日が結婚記念日なことも忘れているんだ。
そう思うことにした。
大和がお風呂から出たらすぐに夕食を出せるように準備しつつ大和を待つ。
「さっぱりしたぁー」
大和が髪も乾かさず出てくる。
「髪、乾かさないと風邪引くよ?」
「大丈夫だって。最近暖かくなってきてるし」
「そう言いながら毎年この時期に風邪引くのは誰?」
「…僕」
脱衣所からドライヤーを持ってきてソファーの前に大和を座らせ、髪を乾かす。
いつも大和の髪を乾かすのは私の役目。
それが分かってて大和はやっているのかもしれない。
大和は末っ子だから甘えん坊な所がある。
会社ではしっかりがんばっているから家でいる時くらい甘やかしてあげてもいいか。
「はい、乾いたよ」
「ありがと」
「ご飯にしよう」
「はぁい」
今日の夕食はシチュー。
大和の好物の一つ。
食事後片付けをして、今度は私がお風呂に入る。
(結婚記念日とか覚えてないのは辛かったなぁ…)
最近では期待することすらしなくなっていた。
期待したら期待した分だけ悲しさが増えるから、期待することを止めた。
誘っても話しても関心を持ってもらえないならその話題に触れなければいい。
私自身もそれに触れることをタブーとするようになった。
お風呂から出て髪も乾かし、あとは寝るだけとなって寝室に移動した。
すると、いつもはまだテレビを見ているはずの大和が珍しくベッドにいた。
「今日はテレビ見なくていいの?」
「うん」
「でも、今日好きな番組やってたよね?」
「録画してるから今度見る」
「どうしたの?今日何か変だよ?」
「……」
大和がベッドの上で正座なんかして畏まっている。
何だか嫌な雰囲気になってきた。
(いきなり離婚とか言わないよね?)
大和は依然として何か言いたそうにしているが話し始めない。
相当言いにくいことなんだろう。
(こんな空気嫌だな…)
敢えて明るく振舞うことでこの空気を壊すことにした。
「今日はヤマトも疲れたって言ってたし、もう寝よう」
「あのね、大事な話があるんだ」
「何?」
「…家族増やしませんか?」
まさかと思った。
今まであんなに拒絶ばかりしていた大和が急にこんなことを言いだすなんて。
驚きすぎて何も言えなくなっていた。
「ちょっと前から考えてたんだ。昇進もしたし、そろそろ家族増やしてもいいかなって。前から君は欲しがってたのは知ってたよ。だけど、その頃はまだ父親になる自信がなくて…。でも、今なら君との子供が欲しいって思える。いい父親になれるか分かんないけど、がんばっていい父親になるから、僕との子供産んでくれませんか?」
まだ私の中では気持ちがついてきてなかった。
「結婚して三年。ちょうど三年目だし、三人目の家族作ろう?」
何も言わない私が拒否してると思ったのか、大和が静かに私を抱きしめた。
「遅いよ…ずっと待ってたんだよ?誘っても全然相手もしてくれなくなって、いきなり家族増やそうなんて言われると思わないじゃん。普通に離婚されると思ったもん」
「いやいや、離婚とかあり得ないでしょ。僕がどれだけ君にゾッコンなのか知ってるでしょ?こんな僕を愛してくれるのは君だけだし、そんな君を愛してるのは僕だけだよ」
「本当に家族増やしていいの?」
「うん。待たせてごめんね。家族増やそう?」
「はい」
その日の夜はいつもに増して長く感じた。
三人目 伊崎夢玖 @mkmk_69
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