ガチャに潜む魔物

ふろむ

ガチャに潜む魔物

「いつも遊んでいただきまして、誠にありがとうございます。“モンスタープラス”、通称“モンプラ”はこの度、三周年を迎えることができました。これも皆様のおかげです! 感謝の意を込めまして、大イベントの開催を企画しております。今後もモンプラをよろしくお願いします」





 この発表があったのは一ヶ月前に行われたゲームの祭典、“キング オブ ゲーム”でのことだ。

 大イベントと銘打って発表はまだされていない。サプライズのつもりなのだろうが俺には何が始まるのか大体予想はついている。

 それは俺に限ったことではない。きっと全てのユーザーが予想できているのだろう。


 三周年ガチャイベント。それが行われることを。


 モンプラを運営しているのは“デュースゲームワークス”だ。この会社は、何かあるたびにガチャイベントを開いている。

 そんなことを繰り返しているため、ついた異名は“底の見えない穴”。

 その名に恥じず、今回もやるのだろう。

 それに三周年記念とあっては、凄まじい額の課金を促されるのだろう。

 そう思うと武者震いをしてしまう。


「まずは軍資金の確認か……」


 学生の身分である俺には、自由に使えるお金の金額は社会人に比べてうんと少ない。その少ないお金でやりくりしなければならないのだ。

 確か今月はあまり使っていなかったはず。

 そう思い財布を開く。


「え……」


 野口が一枚に平等院鳳凰びょうどういんほうおうどうが十枚。

 少ない。予想以上に少ない。

 俺の感覚では最低でも野口が三枚はいた筈だ。だが、実際はそれよりも二枚も少ない。


「くそっ! これじゃあせいぜい回せて五回。最低でも、一万円くらいないと……」


 どうする。臨時の収入は望めない。

 ならば、方法は一つ。


 俺は最も手っ取り早くお金を手に入れる方法を思いつく。


「すまん。今から大丈夫か?」


 *


「ごめん。お金貸してくれんか?」


 場所は近所のファミレス。

 そこで俺は頭を下げていた。俺のその行動に面食らったのか、目の前の男 蓮実はすみ 和夫かずおは固まっていた。

 和夫と俺は中学以来の友人だ。最初はガタイのよく声の大きい和夫に俺は気後れしていたが、会話を重ねるごとに心を許していった。

 そんな大切な友人に俺はお金をねだったのだ。

 和夫は俺とは違いバイトもしており俺よりもお金をたくさん持ってると考えたからだ。


「どうした……。お前らしくないなぁ。そんなお金で困ってるんか?」

「あぁ。ちょっと急遽必要になっちまって。すぐ返す。えっと……二週間後には」


 二週間経てば、親からお小遣いがもらえる。それを使って返せばいい。それが俺の考えだ。


「まぁ、俺はいいけどよぉ。理由を聞いていいか?」


 和夫の発した理由という言葉にドキッとする。理由はちゃんとある。だが、それを言って本当に貸してくれるのだろうか……。


「ちょっと親が……な。お金が足りないって言って……」


 自分で考えてなんだがどんな理由だと思う。こんな話だれだって信じるわけがない。そう思っていたのに、

 

「そりゃあ、大変だな。少しだけど足しにしろよ」


 和夫は一瞬たりとも疑いの目を向けることなく財布を取り出し一万円札を俺の手に握らせる。


「おい……あんな理由本当に信じるのかよ!」


 胸の中で言うつもりだったが、言葉は口から出ていた。


「俺はお前の言葉を信じる。まぁ、俺もシングルマザーだからお金で困ることはあるんだよ」

「だったら尚更……」


 俺の言おうとすることを、和夫は手で止める。


「だから、困った時はお互い様……だろ。俺だって何か困ったことがあったらお前を頼る。それでいいだろ」


 何も言い返せない。いや、言う言葉はあるはずだ。だが、こういう時ほど思ったことは口から出ないのであった。


「じゃ、俺行くわ。この後もバイト入ってっから。これで払っといてくれ」


 そう言って和夫は、ドリンク代だけ置いてファミレスを出て行く。


 ファミレスに一人残された俺はグラスに残ったコーラをあおる。

 和夫からもらった一万円は、紙一枚とは思えないほどずっしりと重かった。



 *



 ゴクリと唾を飲み、俺はコンビニの中、プリペイドカード売り場の前に立っていた。

 手には先程もらった一万円を握りしめて。

 本当にこんなことをしていいのだろうか。先程から頭の中ではそんなことがぐるぐると回っている。

 そんな時、俺は彼女のことを思い浮かべる。

 画面の中の俺の初恋。

 事前解析では彼女の新しいジョブが次のガチャで追加されると言われている。

 天使のような彼女を手に入れるためには俺は修羅にだって落ちてやる。そう誓った筈だ。


「……よし! やるぞ」


 悠久にも似た逡巡の末に俺は一万円と書かれたプリペイドカードを手にする。

 そして、迷いを振り払うようにレジへ直行。手に持っている一万札を使って購入後、すぐさま家へと帰った。


 イベントまであと十分。

 たった十分。されど十分。俺は後悔に苛まれる。

 そして、先ほどの疑問がまたもや蘇る。

 本当にこんなことをしていいのだろうか。

 悩んだ末に俺はお金をスマホに入れる。その時、ちょうどガチャイベントが始まる。


 ピックアップは解析通り、彼女の新しいジョブだった。

 まずは一回限りのお得セットを購入してガチャタイムに入る。


 さっきまでの迷いがガチャを回している時は嘘のように消え去る。そして、全て使い切る間際、お目当ての子が手に入る。

 一瞬の喜び。

 しかし、その後に訪れるのは今までに経験したことのないような後悔。


 友人、それも俺よりももっとお金に困っている相手に嘘をつきお金を手に入れて課金する。それがどれほど卑劣なことなのか今になって気づく。



「ごめん。和夫、本当にごめん」



 堪え切れない罪悪感が胸を貫く。


 ガチャとは麻薬だ。

 感じたことの無いような喜びを感じることができるが後に残るのは喪失感。

 しかし、それを知っていてもやり続けてしまう圧倒的依存力。

 だから、ガチャとは麻薬である。



 そんなことを考えているとスマホが振動する。

 そこにはモンプラの次のガチャイベントの告知が載っていた。

 それだけを見て画面を閉じる。



 昏くなったスマホ画面には異様に口角の上がった男が写っていた。

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