ようこそ!燦々動物園へ

柚城佳歩

ようこそ!燦々動物園へ


都会から少し外れた位置にある太陽町たいようちょう

そこに、町の名前に因んで、燦々さんさん動物園と命名された小さな動物園があった。

山に囲まれ自然豊かな、と言うと聞えは良いが、要するにちょっと辺鄙な場所にその動物園はある。


ゾウなどの大きな動物はいないが、人気の高いレッサーパンダやハリネズミ、フェネックなどの少し珍しい小動物もおり、他にも貰い手がいないと連絡を受ける度に引き取ってきた様々な種類の犬、いつの間にか我が物顔で居着いて仲間入りした元野良猫達との触れ合いコーナーもあり、アットホームな雰囲気を売りにしている。


今年、開園三周年を控えるその動物園には、目下最大の問題があった。


「客が来ない……」


溜め息と共に吐き出された園長、筒木つつきの呟きが、誰もいないスタッフルームに虚しく響く。

机に置かれたパソコンの画面には、ここ数ヵ月の来場者数が折れ線グラフで表示されている。

その線は緩やかに下降し、最近どころか暫くの間ずっと低迷を続けていた。

団体での予約が入る時もあるが、それは隣町の小学校の遠足だったりで、そう頻繁にあるわけではない。


「はぁぁ……」


再び吐いた筒木の重い溜め息と暗い空気を吹き飛ばすように、ガラリと開いたスタッフルームの扉から、明るい声と共に作業服姿の女子二人が並んで入ってきた。


「閉園作業終わりましたー!」

「……終わりました」

「おつかれ様、熊谷くまがいさん、峰岸みねぎしさん」

「園長もおつかれ様です。ただいま、くま太、くま五郎、くま子、くま美」


緩やかなパーマをかけた茶髪を二つに結んだ熊谷が、自分のデスクに並べているテディベア達へ挨拶していく。

彼らはテディベアを愛してやまない熊谷お手製、既製品顔負けのこの世に一つずつしかないテディベア達だ。

それぞれの個性を演出している衣装や小物も手作りで、細部にまでこだわりが感じられる。


熊谷がテディベア達に話しかけている間、隣のデスクの峰岸は、黙々と帰り支度を進めていた。


トゥルルルル、トゥルルルル―─。


「あ、電話ですね。私出ますよ。はい、こちら燦々動物園です」


明るく電話に出た熊谷だったが、話しているうちに顔色が段々と青褪めていく。


「はい…、はい…、わかりました……」


やがて通話が終わり、重々しく受話器を置いた手をそのままに、一度自分を落ち着けるように深呼吸をすると、ゆっくりと顔を上げ、静かに、しかしはっきりと告げた。


「園長、大変です。今度こそ、ここがなくなっちゃうかもしれません」



* * *



その日の閉園後、スタッフ全員での緊急会議が開かれる事になった。


メンバーは先程電話を受けた熊谷、隣に峰岸、その向かいに男性スタッフの岡重おかしげ加賀美かがみ、そして園長の筒木の五名。


「皆、事情は先程説明した通りだ。来月末までに来園者数一万人を達成出来なければ、この動物園を取り壊してレジャー施設を建設するそうだ。来園者の低迷が目立つようになった頃から、今までにも何度か取り壊しの話はあったが、その度に乗り越えてきた。だが今度のは最終通告だろう。このままでは三周年目前にして閉園になってしまうかもしれない。頼む、力を貸してほしい」


筒木が頭を下げると、すぐさま反応があった。


「当たり前じゃないですか!」

「ここがなくなってしまったら、行く当てがないからと引き取った動物達も困るでしょう。というか僕達も困りますし」

「何としてでも打開策を考えましょう」

「皆……、ありがとう」


ここのスタッフは全員、筒木自らが声を掛けて集め、開園当初から一緒に頑張ってきた気心知れたメンバーだ。彼らの言葉が、とても頼もしく感じた。


「あの、質問してもいいっすか」


一丸となって乗り越えようという雰囲気に包まれる中、そんな流れはお構いなしと言わんばかりに加賀美が手を上げた。


「どうした?」

「一万人って、どれくらいの数ですか」

「……は?」


この加賀美、モデルと見紛う程に背も高く綺麗な顔をしているのに、喋ると少々残念な所があるもったいない男なのだ。


「一万は一万だよ!そうだなぁ、例えば一日十人お客さんが来たとする。そのペースだと達成するのには千日、約二年九ヵ月掛かるってことだ。仮に一日百人だとしても約三ヵ月。期日まではあと一ヵ月ちょっとしかないから、僕らは奇跡を起こすくらい頑張らないといけないって事だよ」

「マジでやばいじゃないっすか」


岡重の説明で漸く加賀美にも事態の緊迫さが伝わったらしい。顔付きが真剣なものに変わった。


「まずはやっぱりここをもっと知ってもらわないとっすけど、ホームページは既にありますしね……」

「ビラ配りもいいと思うけど、印刷代も掛かるし、何よりそこに割く人手が足りないわ」


加賀美と熊谷が早速意見を出す。確かに、まずは新規の客を呼び込む事が大切だろう。それが上手くいっていないからこその現状な訳だが。


「一応SNSもやってるんだけどねぇ」


筒木が何気なく呟いた一言に、四人が一斉に振り向いた。


「園長、そんなの聞いてませんけどいつからやってたんですか」

「去年の春頃かなぁ。園の動物の写真を載せて紹介したりしているんだよ。フォロワー全然いないけど。あれ、言ってなかったっけ?」


少しの沈黙があった。その沈黙を破ったのは意外にもここの最年少、大人しく、いつもほとんど自分からは話す事のない峰岸だった。長い前髪の隙間から覗く瓶底眼鏡がキラリと光る。

醸し出す物々しい雰囲気に、一同が固唾を飲み込む中、椅子からガタリと立ち上がり、見た事のない剣幕で捲し立てた。


「そんな事、ホームページにもパンフレットにも全然書いてないじゃないですか!スタッフだって知らなかったってのに、それでどうやってお客さんが知れって言うんです?」

「み、峰岸……?」

「それと!園長、いつもイベントをいろいろと企画するのはいいですが、ことごとく詰めが甘いんです。今度のタイトルだって“燦々動物園と三周年でサンサンサン”なんて、名前も酷い上に、肝心の内容も詰めてないただの駄洒落の思い付きでしょう」

「さ、左様でございます……」

「それから、うち、地元の人から“散々動物園”って言われてるの知ってます?」

「へぇ。それは初耳というか、言い得て妙というか……」

「感心している場合じゃありません!そんな風に言われるくらい、周りから見ても酷い現状だって事です。そもそも!こんなギリギリな状況に至るまで危機感覚えないなんて、どれだけ楽観的なんですか」

「返す言葉もございません……」


一通り言いたい事は言い切ったのか、峰岸は肩で息をしながらも、立ち上がった拍子に倒れた椅子を無言で戻した。

そのまま座るのかと思いきや、立ったままで先程の勢いそのままに再び口を開く。


「例え他所の真似をしても、うちで同じように出来るとは思えませんし、こちらに客足が流れはしないでしょう。他にはない、ここだけのオリジナリティを考えないと」

「オリジナリティ?」

「そうですね、例えば……。熊谷先輩」

「は、はい」

「そのテディベア、とてもクオリティ高いですが、手作りですよね?ここの動物達のぬいぐるみも作れたりしますか?」

「それは、まぁ、出来ると思うけど……」

「次に岡重先輩」

「お、おう」

「確かご実家は老舗のケーキ屋さんでしたよね。先輩が以前皆に作ってくれたようなアイシングクッキーを、燦々動物園バージョンで作って頂けませんか」

「それくらいなら僕にも出来そうかな」

「次に園長」

「は、はい」

「SNSのアカウント、あとで私に教えてください。活用方法もお教えしますから、ちゃんと覚えてください」

「わかった。努力する」

「最後に加賀美先輩」

「はい!」

「先輩は……。今は特に何もありません」

「おいー!俺だけ何もなしかよ」

「ご心配なく。先輩は客足が増えてからが出番です」

「わかった、任せろ!」

「では私は今日これからやる事が出来たのでお先に失礼します。おつかれ様でした」


豹変ぶりに呆気に取られているメンバーを置き去りにして、峰岸は一人いつも通り淡々と、何事もなかったかのように帰っていった。


「峰岸ってあんなキャラだったか……?」

「さぁ……、あんな峰岸初めて見ましたよ」




* * *




二週間後。


「フォロワーが増えてる!」


開園前、SNSをチェックしていた筒木は、急激なフォロワー増加に自分の目を疑った。

峰岸にアカウントを託しつつ、指導も受けながら、同時進行でスタッフ全員で内容を考え、話し合い、準備を進め、今日は取り壊し予告電話があってから初のイベント開催日だ。


「園長!今、門の前を通ってきたんすけど、開園30分前なのにもうお客さんが並んでましたよ!」


スタッフルームに飛び込んで来た加賀美も興奮を隠し切れない様子だ。


「僕も、アイシングクッキー作れるだけ作ってきたよ」


大きな籠一杯にラッピングされたクッキーを岡重が広げる。


「私もここの動物達のぬいぐるみを作ってみました。あまり時間がなかったので、三匹しか作れませんでしたけど」

「いいっすね!このフェネック、俺も欲しいですもん」

「ありがと、加賀美くん。なら今度、加賀美くん用に丁寧に作ったのあげるね」

「マジっすか!期待してます」


そこへ、加賀美の後ろから峰岸がぬっと現れた。


「加賀美先輩、出番です」

「おわっ、びっくりさせるなよ。んで、何すればいいんだ?」

「先輩はお客様の案内と呼び込みをお願いします。“いらっしゃいませ”と“ありがとうございます”。それと簡単な道案内。それだけ充分です。もし何か聞かれたら、“少々お待ちください”と言って誰か他のスタッフを無線で呼んでください」

「それだけでいいのか?」

「それだけでいいです。寧ろ余計な事はしないでください。あとはひたすら笑顔でも振り撒いておいてもらえれば完璧です。いいですか、質問にはくれぐれも一人で解決しようとしないでくださいね」

「了解。でもな、小さい子どもじゃねぇんだから、そんなに念押しされなくてもわかるって」

「今までの経験由来です」

「……お前、俺の事先輩と思ってねぇだろ」

「そんな事ありません。頼りにしていますよ、加賀美




この日の営業はいつになく慌ただしかった。

開園以来初の来園者数千人を突破し、スタッフの面々は昼食を摂る暇もない程に動き回った一日となった。


「でも何で急にこんなにお客さん増えたんでしょうねぇ」

「あ、たぶんこれだよ」


机の上に腕を投げ出し座る熊谷にも見えるように、岡重がパソコンの画面を開く。そこにはSNSで人気の“negi”のアカウントがあった。


「この写真、燦々動物園うちのじゃないですか!」

「そうなんだよ。しかもこの人、動画サイトにも配信しているみたいで、そっちでも紹介してくれているんだ」

「わー、ありがたやー。急激なお客さん増加はこの人のおかげですね」

「何の話をしているんだ?」


興味を唆られたのか、自分のデスクにいた園長も席を立って会話に参加してきた。


「negiさんって方が、SNSでうちの紹介をしてくれているんですよ」

「へぇ、コメントもたくさん付いてるな」

「そりゃあ人気のアカウントですからね!最近まともに稼働しだしたうちのアカウントじゃ比べ物になりませんよ」

「……熊谷、出来ればもっとオブラートに包んでくれるとありがたいんだが」

「あはは、しょうがないですよ、事実ですし。でも……、なんとなくですけど、見覚えありません?negiさんの写真」

「確かに、言われてみればどこかで会った事あるような……」


三人人がうんうん唸っていると、その間から加賀美がひょっこりと顔を出した。


「これ、峰岸じゃないっすか?」

「わっ、加賀美くん驚かせないでよ」

「すみません、でもほら。輪郭とか背格好とかそれっぽいし、髪下ろして眼鏡掛けさせたら峰岸に見えないっすか?」


加賀美に言われて髪型と眼鏡を頭の中で付け足すと、なるほど確かにいつもの峰岸に重なった。


「じゃあもしかしてnegiって名前も“みし”から取ったって事!?」


四人の視線が一点に集まる。注目の的となった峰岸は、お昼に食べ損ねていたお弁当を食べる手を止め、視線をさ迷わせながら白状した。


「……最初は、趣味の旅行の思い出にと自分用に作った物なんですが。いつの間にか動画は再生されまくるしフォロワーも増えるしで。お世話になっている動物園の危機。それを今使わずしていつ使うのかって感じじゃないですか」

「すごいよ峰岸ちゃん!今回の功労賞だよ」

「僕達を纏めて、いろんなアイディアを出してくれたのも峰岸さんだしね。間違いなくここのヒーロー、いや、ヒロインだ」

「だからあんなにSNSに詳しかったのか。とても助かったよ」

「すげぇな峰岸!こういう諺、何かあったよな。……何とかの力持ち?まぁとにかくかっこいいって事だ!」


口々に褒められて、当の本人は恥ずかしさからか俯いてしまった。他のメンバーはその様子を微笑ましく見守る。


「……私のは趣味の延長ですから。大切な場所がなくなってしまうのはどうしても嫌だったので、使えるものをそのまま活用したまでです。無茶苦茶言ったのに文句の一つも言わずに付き合ってくださった皆さんとで取った功労賞ですよ」




* * *




大成功だったイベントの日を境に、燦々動物園の名前は少しずつ知られるようになっていった。


テディベア作りで培った裁縫能力を駆使した熊谷のオーダーメイドのぬいぐるみ。

動物好きだからこそのリアルさと、手作りとは思えない手の込みようが話題になり、あっという間に一年以上先までの予約が埋まった。


岡重のアイシングクッキーは、園長が不定期で考案する様々なイベント時にのみ数量限定で販売する事にしたのだが、デフォルメした動物の愛らしさが人気を呼び、ものの数分で売り切れる程に毎回好評を博している。


その様子に加え、園内の様々な出来事を峰岸が動画や写真に撮って編集、自分のアカウントと共に、動物園のホームページにも載せて、内容を益々充実させている。


意外だったのは加賀美だ。

今まで、見た目くらいしか取り柄がないように皆に思われていたのだが、実は絵の才能があったのだ。写実的にも、愛らしくポップなようにも自在に描ける。

そのイラストは動物の説明文やお土産売り場など、園内の様々な場所に貼られてこちらも話題となっている。




目まぐるしく日々が過ぎていき、気付けば約束の期日の前日になっていた。

約一ヵ月前と同じように、閉園後のスタッフルームにて全員揃って向かい合う。


この一ヵ月、動物達の世話に加え、新しい試みを始めた事もあり、とても来園者数まで気に掛けている余裕はなかった。

今までにないくらい、客足は確実に増えた。

けれども約束の一万人は、燦々動物園からすればまさに奇跡のような数字だ。

緊迫した空気が漂う中、園長の筒木がゆっくりと話し始めた。


「皆、ここ最近は特に、忙しい中よく働いてくれた。改めて礼を言いたい。それぞれに新しく仕事も増え、本当に寝る暇もないくらいに頑張ってくれたのを感じている。さて、目標にしていた一万人だが……」


スタッフの四人が見守る中、集計を終えたパソコンを閉じた園長が重々しく口を開いた。


「……今日までの一ヵ月の来場者数、延べ一〇七四二人!目標達成だ!」

「やった!本当に達成出来ちゃった」

「俺も絵を描きまくって頑張った甲斐があるぜ!」

「じゃあここは今まで通り続けられるんですね。本当に、よかった……」


顔中に笑顔を浮かべながら、それぞれの頑張りを労い合う。長い緊張感から解放されて、皆とても嬉しそうだ。


「園長」

「何だ?峰岸」

「ここがなくなって困るのは、動物達だけじゃありません。はぐれ者も受け入れてくれるここがなくなっちゃったら、私達みたいなのが他で働いていけると思っているんですか。だから本当に、続けられる事になってよかったです。ありがとうございました」

「いや、こちらこそ、皆にたくさん助けてもらった。ありがとう。これからもよろしくな」




かくして閉園の危機を免れた燦々動物園は、本日も変わらず賑やかに営業中である。


「ようこそ!燦々動物園へ」


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ようこそ!燦々動物園へ 柚城佳歩 @kahon

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