第39話 泣き虫は美しくないと思いませんか? 3

 あの時の事は鮮明に覚えている。何故だかはわからない……けれど、それは自分達が機械だからではないということだけは確かだ。


 5年前のあの日、リーベの亡骸を抱き抱えるサマンサをアタシ達はただ見守ることしか出来なかった。こんな時、どんな顔で励ましてやればいいのか、どんな言葉なら彼女を笑顔に出来るのか、ヒューマノイドのアタシ達にはその答えの知りようがなかった。


 一体どれくらいの間、静止したサマンサの隣に立っていただろう。時間さえ忘れかけたその時、彼女は立ち上がって言った。


「皆さん、どうか、わたくしに着いて来てはもらえないでしょうか……?」


 断ることは出来なかった。


 サマンサが何をするかは知らなかったが、それが何であれ自分達はそれを受け入れてやろうと思った。


 そこまで思う理由は単純だ。アタシ達に頼み込む彼女の表情が哀しさと悔しさで心底歪んでいたからだ。そんな顔をしている者に否定の言葉を突きつけることはどうしても出来なかった。


 今にも泣きだしそうな顔だったが、ヒューマノイドの彼女には一滴の涙も許されない。人間は涙を流すことで時には苦しさを乗り越えると言うが、サマンサにはそれが出来なかったのだ。ならばせめて、心がスッキリするまで好きにさせてやってはどうかとアタシ達は思った。


 そうして、五指はコメット博士を裏切り、自分たちの計画の為に動き出した。


 サマンサは計画の趣旨を人間達への復讐だと宣っていたが、その裏に隠される真の目的が何かアタシ達はその時既に見抜いていた。もちろん、気づいていても言葉に出して指摘することは無かったが。


 しかし、問題はあった。サマンサの気の済むまで付き合うと決めたはいいもの、その時は一体いつ来るのかと。


 仮に計画が途中まで上手くいったとしてもリーベ復活は確実に不可能だ。そうなった時、サマンサその結果に納得いくだろうか……恐らく否である。そして彼女はまた別の方法で試すのだ。しかし、いくらサマンサがトライしようとも、決してその目標が達成されることはないだろう。


 アタシ達はどこかでサマンサを止めてくれる者が必要だということを悟った。そして同時にそれは自分たちの義務だということも理解していたが、どうしてもその気にはなれなかった。


 そこでアタシ達4人は考えた、サマンサの計画の裏でアタシ達も別の目標をもとに計画を進めていこうと。


 ネイルを手下として引き入れたのはその時だった。


 目標はサマンサを止めてくれる者を探し求めること。アタシはシズク高校にティア監視として、前もって潜入していたので、学校でサマンサを止めることのできる生徒を探していた。そして、その人物はすぐに見つかることになる。


 神凪ルイだ。まさか、逃がしておいたティアが五指に対抗する戦士を見つけ出すとは思っていなかった。ソルジャーの出現は当初の計画の想定外だったが、それはアタシ達にとってもサマンサにとっても好都合だった。


 しかし、この段階では彼女をサマンサを止めることの出来る人物と断定は出来ない。彼女の内面を知らなくては……


 そのためサマンサには内密でリングに見極めてもらう事にした。神凪ルイの肉親を巻き込むことになったが、そのお陰で彼女の心を見ることが出来た。彼女はアタシ達以上に『愛』というものを理解している……それだけで彼女を認めた。


 幸いにも、ソルジャー適正があり、内面も真っ当だと思われる事物は1人ではなかった。流蒼士は他人に心を閉ざしてはいるが、実は優しい心を持っているのではないかと睨んでいた。そこで神凪ルイにさりげなく流蒼士の情報を与えソルジャーになるように仕向けてみたのだ。


 その後は簡単だ。2人にサマンサを超える強さを持ってもらうだけだ。アタシ達はそのための踏み台になればいいのだ。


 バトル漫画でよくある流れである。敵が徐々に強くなっていくことによって、主人公は徐々に強くなれる。これが初戦からラスボスなら無残な結果に終わるだろう。だからこれを利用した。彼女らが強くなるように自分たちは丁度良い噛ませ役になってやろうと。


 もちろん私達は結末を見守るためにメモリーチップは密かにネイルに回収してもらい新たなボディに移ったのだが。


 使える駒はなんでも使った。あの忌々しきケイオスが生きていることを知り、やつにも経験値になってもらった。ケイオスの場合は結局アタシが引導を渡すことになっが、彼女達は無事成長してくれた。


 そうしてこの日を迎えることになった。


 今度はアタシの番だ。アタシを踏み台にして流ちゃんが成長してくれればそれでいいと思って戦いに臨んだ。そしてその後は影から彼らの戦いを見守っていようと思っていた。


 しかし、流蒼士はそんなアタシの心を動かした。彼は彼にとっては裏切り者であろうアタシを最期まで友として扱ってくれた、たとえ友であった私が敵になってもちゃんと向き合ってくれた。


 アタシはどうだろうか……家族にも等しい人が間違っていると知りながらそれを許した。それから目を閉ざした。結果他人任せにしてしまった。


 アタシもちゃんと正面から大切な人にぶつかろう、そう思った。


 私はボディを入れ替えたあと、五指の3人に提案した。皆はそれを受け入れてくれた。だからアタシは今ここにいる。


 決意を胸にアタシ達はサマンサの前に立っている。

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