第36話 泣き虫の戦いとは何ですか? 4

 ソルジャーのスーツの耐熱性ってどうなのだろうか? もし斑賀が本気を出して800度の身体で掴みかかってきたなら、俺は焼け死ぬんじゃないのか?


 剣も効かない、氷の拘束も効かない、これじゃあ手の打ちようがない。しかし、逆説的に言えばその二点をどうにかすれば勝てるということ……これ以上最悪の状況になることは無いだろう。


「それじゃあ第2ラウンドね。今度は私からいくわよ」


 斑賀は指を唇に近づけ、その間にはエネルギーが集まっていく。


「焦がれなさい。『光線接吻レーザー・キッス』」


 投げキッスのように放たれたそれは決して可愛げのあるものではなかった。光線は俺の脇腹に命中し、スーツを溶かして肉を焼いた。


「ぐあああっ!」


 どうやらもっと最悪の状況になってしまったらしい。剣士に飛び道具とは、それも光線……ソルジャーの力があるとはいえ光の速さの弾丸には対応できない。


 いよいよ望みが消えてきた。勝算のある策があるとすれば一つだが確実性は無い。


「こうなったら賭けだな……」


 いつもは慎重な俺だが、博打に出るのも悪くないかもしれない。


「鎧装召喚『夜のとばり』」


 黒の甲冑が俺の全身を覆う。


「なるほど、確かにそこまで防御を固められたらレーザーは貫通しないわね。でも貴方のスタミナはいつまでもつのかしら?」


「長くはないだろうな、だから早々に片をつける」


 この装備は身を守るためだけのものではない。昨日神凪が見せた鎧同様、推進力を生む。


 推進システムを全開にし、斑賀に斬り込む。


「『吹雪』!!」


 さっきの倍は速い斬撃だが、それでも受け身で流される。


「速度でアタシの受け身を崩そうってわけ……?でも残念ね、貴方がどれほど速かろうとアタシには傷ひとつつかないわ」


 大振りな攻撃では埒が明かない。


「じゃあもっと速くだ!『細雪』!!」


 細かい斬撃を連続でくりだしていく。しかしそれでも斑賀の受け身は崩れない。


「流石は人智を超えた力……アタシじゃなければみじん切りになってるわ。でも、そろそろダウンしてもらおうかしら」


 俺は斑賀に甲冑を掴まれ背負い投げられた。強い力で叩きつけられ、床には亀裂が入った。


「ふう、流石に速かったから受身を取るのも大変だったわ。お陰で熱くなってきちゃった。そうね、最後は私の熱で焼いてあげるわ。いくら貴方でも鉄をも溶かす温度なら耐えられないでしょ?」


 斑賀が高温になっているからか彼の肌はやや赤紫色に発光してきていた。熱気が辺りを包み、床も溶けだしてきている。


「ふふ…」


「何がおかしいの? まさか熱でおかしくなっちゃった?」


「いいや、まんまと温度を上げてくれたと思ってね!」


 俺は高速で斑賀の後ろに回り込んだ。


「何…!?」


「頭冷やせよ!『万年雪』!!」


「その技は効かないって…!」


 高熱の斑賀を氷が襲う。氷はすぐに割れて蒸発していき、亀裂の入る音が絶えない。


 しかし、その音は氷からのものだけではない。


「まさか、これは……!」


 斑賀の体に亀裂が走り、指先などの末端は崩れ落ちていく。


「流ちゃん、一体何を!?」


「高温のものが一気に冷却されると、急激に体積が小さくなるからもろくなるのさ!」


 光線対策をすれば斑賀は自身を高温化して俺を倒しに来るだろうと思っていた。『夜の帳』を召喚したのはそのためだ。無駄だとわかっている攻撃をしたりらわざとダメージを食らったのは斑賀を油断させるため。作戦通り油断してくれた。


 斑賀が高温化以外の技を持ってたら負けていただろうからこの手は博打だったのだが成功して良かった。


「俺の勝ちだ」


 全身に亀裂が入り、最早受身の取れない斑賀の四肢を雫丸で斬り落とした。


「まさかあの劣勢の状況から勝利を掴むとはね」


「お前が手加減してくれなかったら今頃死んでたよ」


「手加減…?」


「最初にレーザーを使った時、頭か心臓を狙っていれば容易く勝てたはずだ。お前はわざと外したな?」


「ふふ、お見通しってわけ? 確かにそうね、貴方を殺す事はいつでも出来た。でもアタシもう少し貴方と話していたいと思ってしまってね」


「結局お前はどっちの味方だったんだ?」


「痛いとこつくわね。それはどっちつかずよ……人間とロボット、男と女、その間で揺れるのがこのアタシ……フォウなのよ」


「お前はヒューマノイドでありながら人間と生活を共にしていた……お前はいつからか人間を好きになっていたんじゃないのか? だから神凪に助言もしたし、俺も撃てなかった」


「私が人間をね……ええ、そうね、楽しかったわよ、学校生活は」


「辛い立場だったはずだ。同胞と後輩が戦うのは……」


「まさか慰めてる?やめてよちょっと……ほんとに惚れるわよ」


「それはやめろ」


「いや、最期くらいよくない?」


「最期くらいクールに終われないのか?」


「無理ね、だってそれがアタシなんだもの」


「お前はどっちつかずなんかじゃない。お前はお前だ。斑賀紫紋だ」


 斑賀はにっこりと笑った。


「ありがとう、流ちゃん。最後までこの名前で呼んでくれて。生まれ変わることがあったら、今度は貴方の仲間になるわ」


 その言葉を最期に斑賀は話さなくなった。


「ちっ、今度っていつだよ……」


 これで斑賀は倒したこれで奥にいる人達を解放できる。だが、その前に……


「さっきから見てるやつ! 大人しく出てこい!」


 俺は雫丸を気配のする方向に向かって投げる。すると、通気口から1人のヒューマノイドが転げ落ちてきた。


「誰だお前は」


「ひいい! 待て、攻撃しないでくれ! 俺はお前に危害を与える気は無い!」


「じゃあなんでここにいる?」


「こいつの、フォウのチップを取りに来たんだ!」


「チップだと……?」


「俺はネイル、あんたらソルジャーが倒した五指のメモリーチップを回収するのが仕事なんだ」

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