第33話 泣き虫の戦いとは何ですか? 1

 来た道を辿り、跡地から出る頃にはもう太陽が大分落ちていた。橙色の光が強くて、地に落ちる黒い自分がいつもより克明に見えた。


 出口のフェンスをくぐった時、そこには見知った人影があった。


「あ、斑賀先輩!」


「何よその反応……まさかアタシの事忘れてた?」


「いえ、そんなまさか……はぐれちゃったからずっと心配してましたよ」


 すっかり忘れていた。色々と衝撃的なことが多すぎて、先輩の事なんて頭から抜けていた。


「それで行方不明になった生徒は見つかった? アタシは霧のせいで全然捜索が捗らなかったけど」


 残念だが、その人たちはケイオスに殺されてしまっている……この事実は先輩に言うべきだろうか……?


 そんなことを思い悩み、私は黙っていた。


「そう、ここにいないってなるとお手上げね」


「そうですね」


 ケイオスの犠牲になった人はどのくらいいるのだろうか……? 何とかすれば助けられたかも……なんて思うのは流石に自惚れかもしれないが、それでも無力感は拭えない。


 しかし、少なくとも今日からはこの地で行方不明者が出ることは無い。


「帰りましょうか」


 ティアは沈んだ空気を払うように言った。


 しかし、私達の帰りを阻む者が1人……


「帰しませんよ」


 振り返ると女の人が1人ぽつりといた。


「誰だ……!?」


「ルイ、先輩、気をつけて!彼女、ヒューマノイドだ!」


「まさか、五指か!?」


 女は不敵に笑う。


「鋭いですね。ええ、わたくしはサマンサと申します」


「サマンサだって!?」


「五指のリーダーが何故ここに……!?」


「ティアの身柄を頂きに来たのですよ」


「なんだって!?」


「おいおい、そんな簡単に目的を言っていいのか? あんたの強さは知らないが、こっちは2人で守るんだぜ?」


 先輩の言う通りだ。どうやらサマンサは自分の腕に覚えがありそうだが、それでも私と先輩の護りからティアを奪うのは困難なはず……


 しかし、何故だろう……サマンサは笑っている。自信満々に笑っている。


「フォウ、お願いします」


「え!?」


 簡単なことだった。こちらが2人いるんだ、それに相対するならば2人以上で来るのが当然。


 しかし、周りにフォウらしい影はない。いるのは私、流先輩、ティア、サマンサ、そして……


「斑賀先輩……!?」


 彼はティア腕を掴み、拘束していた。ティアは既に気絶させられているようだ。


「ごめんなさいね、でもこれ仕事だから……」


「え、そんな、なんで先輩がティアを……!?」


 状況を見る限り分かりきっていたが、信じたくなくて問を投げてしまった。


「斑賀紫紋は仮の姿……彼の正体は五指が一人……フォウなのです。あなた方の監視のために学校に潜入して頂いていましたが、それももう必要がなくなりました」


「馬鹿な……」


 思いもしなかった。斑賀先輩は私がシズク高校に入学した時には既に学校に在籍していたし、部活で話す事も多かった……そんな中巧みに自分の素性を隠していたというのか……?


 斑賀先輩はどこか苦手な先輩だったけれど、それでもいい人だと思っていた。尊敬すらしていた。なのに……


 衝撃で涙が溢れてきた。


「泣き顔だなんて……不快ですね。それではティアは連れていきます」


「逃がすわけないでしょ!」


 私は仮面をつけて変身する。


「待て神凪、傷の治療をしたばかりなんだぞ!」


 流先輩の言葉など耳に入らなかった。


 思考の中にあるのは『ティアを取り戻す』ただそれだけだ。


 私は斑賀先輩に向かって踏み込む。


「させませんよ、『フェロー』」


 ブースターによる高速移動はソルジャーである私にも捉えることは困難で、不覚にもサマンサにゼロ距離まで接近を許してしまった。


「速い……!」


「『ストーム』」


 攻撃もまた高速…四方八方から攻撃がほぼ同時に繰り出され為す術なく袋叩きにされる。


「『アゲインスト』」


 留めの突風攻撃で勢いよく飛ばされ、私は後方のフェンスに突っ込んだ。


「神凪!」


 速すぎる。今のままではあれに勝てない。もっとだ、もっとだ速く、強くならなくては……


「『真夜中の拳ミッドナイト・フィスト』!!」


 私の拳に『真夜中の拳』が召喚された。


「うあああ!」


 めいいっぱいの踏み込みと『真夜中の拳』の推進システムを使って一気にサマンサに近づく。


「まだ懲りませんか……『トルネード』!」


 サマンサの両腕が変形し、噴射口のようなものが姿を現した。噴射口からは強風が発生し、やがてそれは竜巻を起こして目の前に立ち塞がった。


 私は竜巻に吸い込まれるように突っ込み、風の荒波に自由を奪われた。


「フォウ、今のうちにお暇するとしましょう」


「わかったわ」


 だめだ、このままだと逃げられる……


『真夜中の拳』のスラスターを使っても風の中からは逃れられない。


 もっとだ、もっと必要だ……力が必要だ。


「うわあああっ!!」


 私の欲す力が鎧となって構築されていく。熱くなった感情物質が私を包むのを感じた。


 もう一段階上のソルジャーが姿を見せた時、竜巻は弾け飛んだ。今の私にとってはあの程度の風はそよ風に等しい。


 全身に纏った漆黒の鎧は重しにはならず、むしろ、空を行くための翼にも成りうるものだった。


「ほう、随分と着飾ったものですね」


 サマンサは依然として余裕の表情を崩さない。


「やめろ、神凪!それ以上力を使ったらどうなるか…!」


 そんなことはわかっている。しかし、今はこれしかない。


「ティアを返せ!」


 鎧の推進システムを全開にし、サマンサに殴りかかる。


 しかし、拳があと数センチメートルといった所で、私は光線を撃ち込まれた。


 光線は鎧に弾かれたが、その威力は私の勢いを殺すのに充分だった。


「斑賀……先輩……!?」


「もうやめておきなさい、神凪ちゃん。それ以上貴女が身を滅ぼすのを見たくないわ」


「何を…!」


 傷は浅かった。だから私はまだ戦えると思った。しかし、そんな意に反して私は膝をついてしまった。


「力が……」


 全身の力が抜け、鎧とスーツも消失した。


「そんな……」


「いくらソルジャーとは言え所詮は人間……限界はあるのです。その強大な力は貴女の心と身体に大きな負担をかける」


 俯いて地面を見つめた時気がついた……今私は泣いていない。ティアを奪われたこの瞬間、悔しさと悲しさでいっぱいのはずなのに涙が出ない。


「それではごきげんよう」


 2人がティアを連れて去ってゆく。走って追いかけたいのに膝が地面から離れない。今すぐ手を伸ばして奪い返したいのに腕が上がらない。それどころか、私は地に倒れ意識も朦朧とした。


「ティア……」


 そう言って私の意識は途絶えた。

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