第31話 泣き虫ですが、お願いしてもいいですか? 3

 酷い光景だった。戦争というものがあったらこんなものだろうかと思うほどに汚れていた。一面には血痕と機械の残骸が広がり、オイルと焼けた鉄の匂いが漂っていた。


 しかし、それでもなお、戦闘は続いていた。


「皆周りが見えてないのか!? これ全部あん達がやったことなんだぞ!」


「言っても無駄です、お坊ちゃま。この者達は目の前の敵を壊すことで躍起になってしまっている」


「もっとみんなに聞こえる所に行かないと……!」


「ダメです、お坊ちゃま!そんな狙われやすい所に行っては……!」


 僕は戦場の真っ只中にあるコンテナの上に上がった。


「双方聞け!今すぐ戦闘を止め武器を捨てるんだ!」


 しかし、聞くものは誰もいなかった。渾身の叫びも虚しく、皆変わらず銃の引き金を引くことをやめない。


「無駄なのですよ、お坊ちゃま!」


「やめろと言っているんだ! 聞こえないのか!?」


 それでも銃を置く者は誰もいない。それどころか……


「あそこにも誰かいるぞ! 人間だ、人間達は敵だ! 撃て!」


「違う、僕は……!」


「お坊ちゃま、危ない!」


 サムは僕をかばい、左腕を被弾して倒れ込む。


「サム……!!」


「大丈夫です、この程度なんてことありません」


「でも……」


 もし頭部に弾が当たっていたら……


 誰かを助けるだなんて言っておいてこのザマだ。サム1人守れないなんて……


 これも全部、言葉の通じないやつらのせいだ。


「死にたいのかよ……この、わからず屋共!!」


 その時、僕を中心に衝撃の波紋が広がっていき、辺りの動きが停止した。その異様な光景を見て、僕は自分以外の時が止まったんじゃないかと思ったが誤解だった。空の雲はゆっくりと動いている。恐らく僕を中心とした半径数百メートルの生き物や物体の動きが止まった……いや、動きが鈍くなったと言った方が正確か。


 その事に気がついた時、また全てが正常に動き出した。


「お坊ちゃま……今1秒か2秒、動けませんでした。お坊ちゃまの技ですか?」


「多分……だけど、どうやったのか……」


「しかし、チャンスです。今ので戦場はちょっとしたパニック……皆が驚いている間に説得を……」


「そうだね」


 僕は再び皆に見える場所に立ち、大声で呼びかけた。


「聞いてくれ、みんな目を覚ますんだ! 人間、ロボット、双方相手に思うことはあるだろうが今は武器を下ろしてくれ! さもないと、互いに滅ぼし合うだけだ!」


 ちらほらとロボットが武器を捨てた。それにつられるように数人の人間達も武器を下ろし、その輪は全体に広がっていった。


 銃を捨てることをためらう者もいたが遂にはしぶしぶと捨てた。



 五指の皆も呼びかけてくれたのもあり、謎の停止現象から数分で停戦に持ち込むことが出来た。


「よし、これで解決……」


「おいおい待てよ!なに闘志削がれてんだお前ら!」


 事件解決への流れを断つように工場の中からパワードスーツを着たロボットが姿を現した。


「お坊ちゃま、アレは今回の一揆の首謀者のケイオスです」


「ケイオス……この地獄の根源ってわけか」


 ケイオスは僕の方に敵意を向けて近づいてくる。


「皆銃を下ろした……もう終わりだぞ」


「そうだろうよ、てめぇのお陰で俺の計画がパァだぜ」


「お前も武装を解除して投降しろ」


「嫌だと言ったら……?」


「力ずくだ!」


「いいねぇ、やってもらおうじゃねぇか!」


 ケイオスは装備していた大きな拳を振り下ろした。


 僕とサムが回避した後、足場だったコンテナはぐしゃんと潰された。


「リトル、リング、ミドル、フォウ、こいつを叩くよ!」


「わたくしも戦わせてください!」


「サムは被弾してるでしょ、後ろにさがってて!」


「わかりました……」


 サムは不本意な表情を見せながらも後退した。


 他の4人はロボットや工場の職員から取り上げた銃を持ってケイオスを囲む。


「ふん、5対1か……まぁお前ら雑魚相手なら丁度いいぜ」


 さっきコンテナを破壊した攻撃から見て、ケイオスが装備しているパワードスーツは相当な攻撃力がある。


 しかし、それも急造品だ……パワー依存で防御力には乏しいと見た。関節部や増設装甲と本体の隙間などを狙えば倒せる。


「死ねぇっ!!」


「おおおおっ!!」


 僕はケイオスから放たれた拳を受け止めた。そして動かないようにがっちりと掴んだ。


「くそ、放せ!」


「やだね!今だ、皆!」


 五指の4人が引き金を引く。関節を重点的に狙い、機動力を奪う。


「くそがぁ!」


 手足の自由がなくなり、ケイオスはその場に倒れた。


 ここで僕はケイオスに勝ったと思い込んでしまった。


「よし、このまま拘束しよう」


 リングに指示をするためケイオスから目を離したその隙が命取りになった。


 ケイオスの本体はパワードスーツから脱出し、落ちていた銃を拾った。


「しまった!」


「ちくしょう、俺はどうせこのままだろうが、最期にお前の大切ものを奪ってやる!」


 ケイオスが銃口を向けた先にはサムが立っていた。


「サムを!? させるか!!」


 しかし、ケイオスを止めるにしても、サムをかばうにしても、もう時は既に遅い……故に僕がとれる手段はただそれだけだった。


「『たった一人だけのための理想郷クローズ・オブ・アヴァロン』!!」


 身体から……心から何かを絞り出すように技を発動させる。


 光がサムを覆い、それが漆黒の鎧となって弾丸を防いだ。


「何……!?」


「ケイオス!」


『たった一人だけのための理想郷』に驚いている隙にフォウが引き金を引き、ケイオスは頭を撃ち抜かれて倒れ込んだ。


「これでもう、完全に終わりね」


「サムは……!?」


「無事よ。いや、それどころか被弾した腕が治ってる……これがお坊ちゃんの感情物質の力……」


「そうか、よかった」


 ケイオスの沈黙とサムの安否を確認した僕はその場に倒れた。


「お坊ちゃま!?」


「どうした、お坊ちゃん!?」


 五指の皆が急いで駆け寄る。


 サムは僕を抱き上げた。僕の身体を包んでいたスーツが空気に溶けていく。


「多分、力を使いすぎたんだ……皆を静止させた技と言い、サマンサを護った技と言い、大技の使いすぎだ」


「そんな……でも、死ぬわけじゃないよね?ただ疲れただけでしょ?」


「感情物質のことについては私もわからないわ。でも、お坊ちゃんの容態を見るにただ事じゃない……なんだか命の火が消えかけてるみたい」


 自分の身体のことは自分がよく分かっていると言うが、なるほど今からどうなるのかは自分で何となく検討が着いた。


「僕は……死ぬ」


「お坊ちゃま、何を……!?」


「頑張りすぎちゃったみたい……わかるんだ、いろんな所に負担をかけすぎた」


「まさか……わたくしを護らなければ、こうはならなかったのですか?いえ、そうなのでしょう?わたくしの為にこんな……」


「違うんだ、サム、僕は君がいない世界なんていらない……あの時護れなかったら僕は自ら命を捨てたかもしれない」


「わたくしだって同じです。わたくしはお坊ちゃまの為にあるヒューマノイド。お坊ちゃまがいない世界にいる意味などないのです」


「そうか、君はそこまで思ってくれるんだね。ありがとう、嬉しい」


「ならば生きてください。わたくしが一生お仕えします。ですから、ですから……!」


「ごめんね、これが最後だから……サム、皆、僕が眠るまで一緒にいて……」


「……サマンサは……五指は彼方様のお傍におります」


 僕はそこで目を閉じた。


 そうして僕の魂は悲しみの感情と共にこの地に染み込んで眠ったのだった。

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