第30話 泣き虫ですが、お願いしてもいいですか? 2

 僕が日本に来たのは7つの時だった。事故で両親を亡くし、祖父に引き取られたのだ。


 しかし、科学者であった祖父は研究で忙しく、僕の相手をする時間がなかなかとれなかった。


 そこで祖父は5人のヒューマノイドを僕に与えた。僕の身の回りの世話をするように……何より、僕が寂しくないようにと。僕に仕える五本の指……それが五指だった。


 5人との生活は楽しかった。新しい家族が出来たような……そんな感覚まで芽生える程だった。


 中でもサマンサは僕にとって特別な存在だった。


 僕はよく悪夢を見て夜中泣き出したりもしたが、彼女はそんな僕の面倒をいつも見てくれていた。


「うわああん! サムは、サムはどこ!?」


「はい、サマンサはここにおります。こんなに涙を流して……また怖い夢を見たのですか?」


「お父さんとお母さんがいなくなる夢だ。さみしいよ……サムはいなくなったりしないよね?」


「もちろんです。わたくしはリーベお坊っちゃまのお傍におります」


「本当?ありがとう、サム」


「ええ、ですから泣くのはおやめになって下さい。泣くのはみっともなく、美しくない……貴方様の綺麗なお顔が台無しだわ」


「うん、わかった。僕ね、サムが大好きだよ。なんだかお母さんみたいで……」


「わ、私が坊っちゃまの母親……でございますか!?」


「うん、だからずっと一緒にいてね」


「はい、かしこまりました」


 僕がサムのことを好きだと言うと、決まって彼女は頬を赤らめた。



 僕が17歳になった時、祖父から研究を手伝うように頼まれた。祖父からの頼みなど今まで無かったので僕は快くそれを引き受けた。


 研究を手伝うといってもその内容は、なんだか分からない液体をピペットで吸い取るわけでもなければ、異なる液体を試験管の中で混ぜ合わせる訳でもない。


 その内容は泣いている状態で、ある特殊な仮面をつけること。その仮面は涙の中に含まれる物質の力を使ってパワードスーツを生み出すのだ。



 あの事件が起こった日も、僕は祖父の手伝いで研究室にいた。


「うむ、凄いな。こんなものを開発してしまうなんて……自分の才能が怖い」


「いい歳して何言ってんのお爺ちゃん」


「いや、マジで凄いじゃろコレ。従来のパワードスーツとは比べ物に並んわい」


「南の工場で作ってるパワードスーツよりも凄い?」


「あんなものと比べてはいかん。ワシらのスーツは平和のためにあるものだが、アレは兵器として作られている……」


「え、あれって土木工事用なんじゃ……?」


「それは表向き……本当は政府が作らせている軍事兵器じゃ。誰から聞いた訳でもないが、物の形状を見ればわかる……ワシくらいのロボット工学者になればな」


「裏で兵器開発なんて……そんな事してていいの?」


「しちゃダメだから裏なんじゃよ。日本は平和主義だと言っているがそんなの大嘘じゃ。本当はああやって他国にバレぬように戦力を増やしておる。もちろん表向きは作業用ロボット……実際アレは工事現場でも使えるしな。しかし、ひとたび戦争が起これば直ぐに換装して殺人マシンになるって寸法よ」


「大人ってそんな事しちゃうんだね……」


「歳を重ねるとな、沢山の事が見えてくる……じゃが、代わりに見えなくなるものも多い」


 僕はその時泣き虫を克服できるか心配になった。


 今でさえ悲しいことが沢山あるのに……厳しい世界に入ったら泣きたくなることがもっと増えるのだろう……


 何故大人になると泣かなくなるのだろう……?辛い事や悲しい事から目を背けるようになるから……?それが強さなのかな?


 大人って何なのかな?


 僕の心に浮かんだ疑問を打ち払うように研究室の扉が開かれた。


「博士、大変だ! 工場のロボット達が反乱を起こしやがった!」


「本当か、リトル!?」


「パワードスーツと倉庫に隠されてた武器を持ち出して戦闘が起こっている!人間の職員には死人も出ているみたいだ!」


「なんと言うことだ!遂に……!」


 工場地帯で働くロボット達に不穏な動きがある事は知っていた。工場の運営側に対する不満が大きくなり、近々それが爆発するのではと……


 あそこの工場長はロボット差別派だった。それには人間の職員も手を焼いていたらしい。


「ロボットに武器をとられたのはまずいな」


「戦いが大きくなったら市街地の一般人にも被害が出るかも……」


 町にはロボット達を止める戦力が無い…誰かが止めなきゃ……


「僕が行くよ。お爺ちゃん、仮面持っていくね」


「何を言い出す!? やめろ!」


「僕の能力は負傷した人の傷を治せる。黙って見殺しにはできないよ」


「しかし、仮面はまだ完成してはおらんのじゃぞ!」


「大丈夫、無理はしないって」


 僕は仮面をとって直ぐに出る支度をした。


「リトル、五指の皆を集めるんだ。手伝ってもらう」


「わかったぜ、坊ちゃん」



 すぐさま五指は集まり、向かう準備が整った。


 皆不安げな表情をしていた。


「やはり、お辞めになった方が……」


「だめだよサム、今すぐに動けるのは僕らだけなんだから」


「しかし、泣いているではありませんか……」


 僕の頬は涙で濡れていた。


 我慢できなかった。怖かった。今から行くのは戦場…死んでもおかしくはない。


「泣くのは美しくない……そんなお姿は見たくありません」


「ごめんね、サム。でも、こうすれば涙は見えない」


 仮面を付けたその刹那、身体をスーツが覆った。


 奇妙なことだが、この状況をどうにかできるのは泣き虫の僕しかいない。


 思いはある。力もある。ならば後は行動するだけのこと。


「行こう」

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