第20話 泣き虫の夢は叶いますか? 4
桜の木は下の人間どもの騒動など知らぬ顔で、青々としていた。
6月の風が夏を運んできている。
「野花というものは美麗であるが、しかし、呑気でもあるな。こんな修羅場でも美しく咲き誇っているのだから」
「何故この屋上庭園を選んだ?」
「なに、拙者の趣味にござる。草花の中で死合うというのも一興ではないか」
「理解に苦しむな、俺はあんたを倒せればそれでいい」
「威勢は良し。簡単にこのピラニアの餌食になってくれるなよ」
左腰のハードポイントに刀を召喚する。
「美しい刀だな、名はあるのか?」
「いや…」
「緩やかな曲線、日光を弾く漆黒……まるで頬をつたう一滴の涙のようだ。そうだな、『
「あんたに名を貰う義理は無いはずだ」
「まだやるとは言っておらん。拙者に勝ったら名を持ってゆくが良い」
緑が揺れる庭園の中で俺達は真の名を明かす。
「流蒼士だ」
「ミドル」
「「いざ、参る!」」
踏み込みによって足場のタイルが捲り返り、土と砂ぼこりがまきちらされる。
超回転するドリルと超硬質の刃が交わる時、音と火花を伴って衝撃が辺りに広がった。
二激、三激と剣が交わり、それはほんの少しのズレでどちらかの死を招くような紙一重の戦いだった。そんな中、常に俺の中には恐怖の感情があったが、それとは別の奇妙な思いもあった。生暖かいそれはだんだんと内側から俺を包むのだ。
「蒼士、楽しんでいるな!?」
「……!?」
「お前自信も既に気づいているのだろう!? 剣から伝わってくるぞ!」
こんな殺し合いを楽しんでいるのか……!? この俺がっ!?
「お前ほどの男が戦いの中何故泣くのか疑問だった!だが理解出来だぞ……その涙は恐怖から生まれたものだけではない、お前は嬉しいのだ!」
周りとの関わりを避けてきた俺にとって、相手と剣を交える時だけが他人との唯一の交流だった。俺は嬉しいのだ。剣を交える時、お互いの心が通じてるような気がするのだ。
「拙者はこのような戦いに、侍に憧れた! 研究所の資料室の本を読んだ時から、この日を待ち望んでいたのだ!」
撃ち合いがいっそう激しさを増す。
「嬉しいぞぉ! 流蒼士!」
振り下ろされたピラニアをなんとか受け止めるが、足場は耐えきれなかった。地面に亀裂が走りほんの少し沈み込む。
「しかし、残念だ!お前は邪魔な存在……故にここで斬らねばならぬ!」
ミドルの腹部が展開し、アームが姿を現す。アームの先端にはサイズこそ小さいものもピラニアと同じ形状のドリルが装備されていた。
「隠し腕!?」
「斬った方が勝ちと申したはず!」
がら空きになった俺の腹部目掛けてドリルが襲いかかる。
「鎧装召喚!」
胸部から腹部にかけてのハードポイントに鎧が召喚され、ドリルを弾き飛ばす。
そしてその瞬間、戦況の向かい風が逆流をおこす。
「何……!?」
リドルが驚きを見せたその隙を見逃してはならない。
「『豪雪』!!」
ピラニアのガードで僅かに狙いがずれたものも、胴体に一太刀、そして左腕と隠し腕を斬り飛ばした。
「くっ…」
ミドルは一旦距離を取る。
「なるほど、やるな。しかし、今の防具召喚と技の発動……相当体力を必要としたはず。もう、変身を維持しているのがやっとと見た」
「ご明察……だが、あんたも今のは効いたはずだ」
ミドルの腕や胸の断面からは、切断されたコードがはみ出ていて、機械に詳しくない俺が見ても、それが致命傷であることは分かった。
次の一手で決まる……そう確信した。
俺は鞘を召喚し、刀身を収めた。腰を低く構え、呼吸を整える。
鞘を召喚したまま腰に下げていても邪魔でしかなくメリットはない。そのため、通常は抜刀した後は感情物質に逆変換するのだが、今はこれが必要となる。
「あんた言ったな、侍になりたいと……俺も同じ夢を持ってる」
「そうか、ならばどちらが侍に相応しいか試そうぞ!」
ミドルも構え、一瞬、辺りを静けさが支配した。嵐の前のほんの少しの静けさだった。
そしてそれを、大きな荒波が飲み込むのだ。
「『限界螺旋』!!」
ピラニアが回転を始める。しかし、今度の回転は今までのそれとは違い、空気を歪めるほどのエネルギーを持っていた。
あれに飛び込めば死ぬかもしれない。恐怖がないと言えば嘘になる……しかし、今は踏み込みざるを得ない。挑戦したいのだ、俺は。
「『必殺抜刀術・粉雪』!!」
「食い破れ!ピラニア!!」
互いの技が混じり合い、風を、音を、時間をもとめた。
そして俺がきんと音を立てて刀を収めた時、再び全てが動き出した。
全ての力を使い切ってしまった俺はスーツを消失し、庭園端の柵に倒れるようにもたれかかった。
「俺の勝ちだ……ミドル」
散ったのはミドルだった。
ピラニアは粉砕され、ミドルの胴体は両断された。
「そうか、敗れたのは拙者であったか……」
「何故そんな嬉しそうな顔で言うんだ……?」
「実の所、勝ち負けなど二の次だったのだ。ヒューマノイドの俺が侍として好敵手と戦うことが出来ればそれで良かった。だか、叶わなんだ……拙者は侍ではない」
「……?」
「侍とはもとより守るためにあるもの……拙者にはそれがない。しかしお前からは護る者の力が伝わってきた。侍はお前の方だったようだ」
「ミドル……」
「だが、覚えておけ。これからはお前1人の強さでは勝てない。残りの2人……フォウとサマンサは手強いぞ。神凪ルイと力を……わせて……」
「何故敵の俺にそんなことを教える……!?」
「ふん…自分を倒した敵があっさり……やられてしまうのは拙者の望むところで……ない。お前には勝……て欲………」
「ミドル……!」
ミドルの反応がゆっくりと消えた。
もう、流す涙はなかったが喪失感は拭えなかった。
身体にうまく力が入らない。
ビルの方も限界が来ていたようで、足場が崩壊し、持たれていた柵が外れて俺は投げ出された。
遥か下の地面まで真っ逆さまである。
しかし、変身は解除されていてこの状況をどうにかする方法も体力もなかった。
俺はゆっくりと目を閉じた。
「先輩!」
声がした。
そして、俺が打ち付けられるはずのそこには神凪ルイがいた。
「『小嵐』!」
拳によって巻き起こる突風で落下の勢いが殺され、神凪によって受け止められた。
「危ない!私がいなかったらどうなっていたことか……」
神凪も何やら負傷しているようだ。
そんな脚で、腕で、俺を受け止めてくれたのか……
「悪い、神凪」
「そこは『ありがとう』です」
「ありがとう……」
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