第18話 泣き虫の夢は叶いますか? 2

 記憶が朧気なほど小さかった頃、買ってもらった服が汚れたり玩具が壊れたりすると、悲しい感情に襲われて泣いていた。自分の大切な人に与えられたものを護れなかった虚しさが心に雨を降らせるのだ。


「おいおい蒼士、泣くなよ。おもちゃならまた買ってやるから」


 親父は優しい声をしていた。俺とは違い、人当たりが良くて誰にでも好かれる人だった。


 自分も親父のような人になりたいと、その時はそう思っていた。


「俺達の家系は大昔は武士だったらしい。父さんも昔は侍になりたかったんだ。何者をも護れる存在にさ」


 そう言っては、よく侍の話を聞かせてくれた。


 そうして育った俺は中学に入学した時、迷わず剣道部に入部した。少しでも侍に近づけるかもしれないと思っての入部だった。


 親父が新人戦を見に来てくれると言うので必死に練習した。


 しかし、大会前日親父は帰ってこなかった。


 シズク町の工場地帯で働くロボット達の反乱……ケイオス一揆が勃発したのだ。死者25名の内に親父の名前もあった。


 くだらない人間とロボットの摩擦に巻き込まれて親父は死んだのだ。


 親父の遺影の前で泣き崩れるお袋の姿を夢に見る。


 が生まれたその瞬間が頭にこびりついているんだ。



 目を覚ますとカーテンから光が漏れていた。


 苦しい思い出から早く目を覚ましたくて、顔を洗いに行く。



「蒼士、まだ体調悪い?」


「まだ頭痛がする」


「お母さんは今日もセンタービルに仕事に行くから、ちゃんと寝とくのよ」


 お袋を見送った後、俺は布団には潜らなかった。というのも、体調不良というのは嘘だからだ。


 俺にはやることがある。神凪から渡された仮面の能力を知ることだ。


 スクールバッグに隠すように入れて置いた仮面を取り出し、今日も実験を行う。


 準備するものは玉ねぎ……これを包丁で切り刻んでいく。


 蒸発した硫化アリルが目の粘膜を刺激して涙が吹き出す。


「くそ、色々考えたがこれが手っ取り早かった」


 すかさず仮面を装着し、俺の身体は光に包まれて変身する。


「神凪から渡された仮面……どこかで見覚えがあると思っていたが……」


 少し前に話題になっていたエビルマシンを倒した少女……彼女が着ていたのと似たようなスーツが俺の身体を包んでいる。


「見た目はエナメルスーツのようだが……」


 あの日、公園でなんとなく装着して変身してしまった時は訳も分からず面食らったが、もう何回も変身してしまったので流石に見なれた。



 包丁を左腕に振りおりす。しかし、刃先は黒い壁に阻まれる。


「昨日と同じだ傷一つつかない……それどころか包丁の方が刃こぼれしている」


 この三日間で仮面及びスーツの性能は一通り理解した。


 涙を流している時に仮面をつけるとパワードスーツを身に纏うことが出来る。泣き止むとスーツは消える。


 スーツを纏っている時は自身の筋力が桁外れに上昇する。詳しくデータをとっている訳では無いので詳細は分からないが、確実に人の域を出ている。


 スーツは鋼鉄並の強度を持ち、衝撃吸収力が高い。よって、通常の刃物や鈍器ではダメージを与えることは出来ない。


 力と耐久力は涙の量に比例する。沢山泣けば泣くほどスーツの性能は上がるが、その代わり体力の消耗が激しい。


 自分の意思で欲しい武器を召喚することが出来る。しかしこれも先と同様にそれ相応の体力を使わなくてはならない。


 これ以外にも、その場の状況によって例外的な能力が発動するかもしれないが、基本的にはこんな所だろう。


 その気になれば日本……いや、世界をどうこうできる程の強大な力だ。何故神凪はこの仮面を俺に渡したのだ……?


 そう言えば、頼みがあるとか言っていたな……恐らく先日報道されていたスーツの少女は神凪で間違いない。そうすると頼みというのは俺にもこの姿で戦えと言うことか……多分そんなとこだろうな。


 しかし、神凪には悪いがそれは出来ないな。俺の護るものはこの世にたった一人なんだ。せいぜいこの力はそのために使わせてもらう。


 変身してから5分が経過、涙が止んだ。


「やはり玉ねぎではこんなものか。しかし、体力も割と消耗してしまったな。そっちは自信があったんだが……これは剣を召喚すると持続時間はさらに短くなるな」


 数時間、効率よく涙を出す方法を探したり、スーツの性能の程を試したりした。



 少し早めの昼食をとろうと思いリビングに行き、何気なくテレビをつける。テレビに流れる臨時ニュースに衝撃を受け、思わず俺はリモコンを握る力を失った。


「センタービルって……お袋がいる所じゃないか!」


 町のセンタービルなら厳重に警備されてるはずなのに……これだから皆信用ならないんだ。


 また、世界が俺の大切な人を危険な目に遭わせている。


 運命が殺しに来ている。


 戦わなくては。お袋を傷つけるようなやつは、人間だろうがエビルマシンだろうが排除してやる。


 この時俺は理解していた。ビルにいるエビルマシンがあの時の浪人であるということを。


 あの時の受けた屈辱と、今心から湧き上がる怒りが混ざりあって、瞳から零れる。


「玉ねぎなんていらなかったな。涙なんて……今あるこの意思だけで充分だ」


 一つの黒い影がセンタービルを目指す。


「運命よ、死ぬのはお前の方だ!」

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