第16話 泣き虫の剣は鋭いですか? 4

 下校中、知らぬ間にいつもの下校ルートを外れていたようで、気づけば公園に着いていた。


「ガキの頃、父さんとよく来たっけ」


 かつては子供達で賑わいを見せた公園も、今はがらんとしていて、今日はただ1人の男がいるばかりだった。


「ここはわっぱたちの遊び場だと聞いていたが……こうも人がおらんと不気味にさえ思えるな」


「もう日が落ちてきているから、子供は帰る時間なんだ」


「なるほど、そうだな夜は危険だ。最近は拉致だの誘拐だのと物騒らしいからな」


 公園にいた男は割と古風な喋り方だけど日本人には見えない。体格はとてもがっしりとしていて、外国人でもかなり屈強な方だろう……


 いつもならここで帰るところだが、なんだか今はこの男が気になる。何か凄まじいものを感じる。


「あんた近くに住んでる人か? ここらじゃ見かけない顔だけど」


「いや、遠くから参った。日本人……そう、侍というものについて知りたくてな」


 なるほど侍ファンの外国人か……


「気の毒だけど、ここらじゃ侍なんて拝めないよ。京都とか行けば可能性あるかもだけど」


「侍はおらんのか……しかし、おぬしはどうなのだ?何やら剣のようなものを持っているようだが」


「俺は違う。ただの剣道部員さ。これは剣じゃなくてただの竹刀だし」


「拙者はただのだが……ぬしは何と言うのだ?宜しければ聞かせていただきたい」


「じゃあ俺はと言っておく」


「では泣かず者、一つ拙者と手合わせしては貰えないだろうか」


「手合わせ?俺とあんたで?」


「左様。日本の剣道というものを味わってみたい」


「悪いけど竹刀は1本しか持ってないんだ」


 浪人は辺りの地面を見渡すやいなや、1メートル程の長さの木の枝を拾った。


「拙者はこの棒きれで充分」


 舐められたものだ。ただの高校生とはいえ、俺は全国大会に出るくらいの実力はある。それに比べあちらは剣道の経験など皆無に見える。


 いつもなら断るところだが、何故かこの男とは戦うべきと確信できた。


 防護用兼泣き虫バレ防止用のゴーグルをつけ、竹刀を抜く。


「かかってこい!」


「参る!」


 浪人は木の枝で勢いよく斬り掛かるが竹刀に止められる。浪人は連続で振り回すが、俺には届かない。


 力任せだ。それじゃ俺に触れることすら出来ない。


「ふん、見切っているな!?」


「あんたの動きはワンパターンなんだよ!」


「しかし、そちらも所詮は道場剣術と言ったところだな!」


「なんだと!?」


「それでは想定外すぎる攻撃には反応出来ん!」


 浪人は右手のみで木の枝を持ち、しかし今まで以上の力で振り下ろす。竹刀で受け止めるが、あまりの力に押される。腕力が。押し返そうとしたその時、浪人の左手には50センチ程の木の枝があった。


「いつの間に!?」


 がら空きになった腹部を枝が襲う。


 俺はそのまま勢いに押され後ろに倒れ込んだ。


「拙者の勝ちだな」


「こんなの勝負になるか!2本持ってるなんて聞いてないぞ!」


「当たり前だ。ここは道場ではないのだから」


「なに…!?」


と言ったのだ。これは剣道ではない。故にルールなどない。斬った方が勝ちなのだ。この場の全てを利用して相手を凌駕した者が勝者だ」


「屁理屈を……」


「しかし、こんな棒きれではなく真剣であれば、ぬしは死んでいよう?」


 もやもやと募る思いを握りしめて立ち上がる。


「もう一度だ!」


「断る。もう十分だ。今はいくらやっても同じ事」


「納得がいかない!」


「まぁ待て、今日が最後では無い」


「どういうことだ?」


「拙者とぬしは再び相対する運命にあるようだ。故に焦ることは無い。いずれ時が来る……そのときは今度こそ命をかけて剣を交えようぞ」


 一体何を言っているのか理解出来なかった。ただ心の中で、目の前の男が本気で言っていることは理解出来た。


「あんた何者だ?」


「侍に憧れた哀れなヒューマノイドよ」


 浪人は空高く飛び上がり、住宅街の屋根の上を飛びながら一瞬にして向こうへ消えた。


「ヒューマノイド……人間じゃなかったのか」


 不思議と驚きもしなかった。本当は浪人と会った瞬間から、薄々理解していたような気がした。


「再び相対する……か」


 外したゴーグルには涙が溜まっている。


 俺はその時、神凪ルイに渡させた仮面のことを思い出した。


「涙が零れてしまった時、これを使え、か……」


 俺は特に理由もなく、ただ顔面が仮面に吸い込まれるように仮面を装着した。

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