第15話 泣き虫の剣は鋭いですか? 3

 いつだったろうか、自分の『泣き虫』を追放したのは。


 5年前、シズク町の南部の工場地帯で起こったロボット達による一揆……ケイオスの一揆と呼ばれるそれで、親父は死んだ。


 その後はお袋が1人で俺を育ててくれた。


 俺はお袋を守らなければならない。親父がいない以上それが出来るのは俺一人しかいないからだ。そしてそれは俺がお袋に出来るほんのささやかな恩返しでもあるのだ。


 そのためには強くなくてはならない。誰もが認める隙のない最強の男にならねばならない。


 最強の男は涙をみせてはいけない。しかし、どうしても必ず涙を流す瞬間がある。それは剣道の試合中だ。極度の緊張感と恐怖が雫となって瞼からこぼれでるのだ。しかし問題ない……面が俺の情けない姿の全てを隠してくれる。


 真実が作れなくとも、嘘を真実だと思い込ませれば問題ない。俺が泣き虫でも周りがそうでないと認知すればそれが真実である。


 俺は涙を見せない。泣きたい時は孤独になる必要があるが、面倒なので常時孤独であることにした。他人との接触を避ければ、他人が俺に見向きもしなければ、涙を見られることは無い。


 だからその言葉を聞いた時動揺を隠せなかった。



「今なんて言った?」


「流先輩、ホントは泣き虫なんですよね?」


 目の前にたっているのは1人の女子生徒だった。確か2年だったか……?


「いきなりなんだ?先輩に向かって失礼じゃないのか?」


「すいませんでした。実は先輩と話がしたくて……こうでもしないと無視して行ってしまいそうだったから……」


「そうか、確かに普段は喧嘩を売られてもシカトするからな。今回はあまりにも突拍子もなくて立ち止まってしまったが」


「私、先輩にお願いがあって……聞いてくれますか?」


「ダメだ、俺は忙しい。帰らせてもらう」


「え、ちょっと待って! 話聞いて下さいよ! 頼み事なんです!」


 帰ろうとする俺の腕を彼女は掴んだ。


「確かお前柔道部の2年だよな?名前は確か神凪だったか? そういうことは部長の斑賀まだらがにでもお願いすればばいいだろ」


「いいえ、先輩じゃないとダメなんです」


「どういうことだ?」


先輩にじゃないと頼めない事なんです」


「また言ったな、俺をひきとめるための冗談じゃなかったのか?」


「そうは言ってませんよ。だって真実なんですから」


「すまないが喧嘩を買ってる余裕はないんだ。じゃあな」


 掴まれた腕を強引に振りほどいて歩き出す。


「何のために強者を演じてるんですか?」


「お前に教える理由は無い」


 俺は止まることなく歩く。


「知りたくありませんか?何者をも護れる力を……」


 俺は足を止め後ろを振り返ってしまった。彼女の言う力がどんなものか気になってしまったのだ。


「なんだと?」


 神凪はバッグから黒い仮面を取り出して、俺に差し出した。


「先輩が強くありたい理由が、誰かを守るためなら、きっとこれが必要になる」


 俺はただ吸い込まれるように仮面を手にしていまう。何か感じるのだ。この初めて見るはずの仮面に運命的な何かを。


「なんだこの仮面……」


「戦わなければ行けない時……涙がこぼれてしまったら、これを使ってください。これを装着すれば先輩は今までとは違う先輩になれる」


「言ってる意味がわからないな……付き合ってられん」


 俺は仮面を神凪に突き返すが、彼女はそれを拒否した。


「彼方が持っていてください」


 神凪が諦めそうになかったため、俺は諦めて仮面をカバンにしまった。


「もう十分か?いい加減帰らせてもらうぞ」


 俺は再び歩き出したが、神凪は追ってくることはなかった。

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