第13話 泣き虫の剣は鋭いですか?1

 大男は人を車に乗せる。


「すいません、その人をどこへ連れていくんです?」


「こやつ、飲み潰れて寝てしまってな。今から某の車で家まで送ってやるところだ」


「飲み潰れて……ねぇ。それにしちゃ、その人全然顔とか赤くなってないね。それに具合悪そう」


「高校生のそなたにはわからんだろうが、飲酒も過ぎればこのようになるのだ」


 私はティアに目配せする。


「車の中に多数の生命反応がある。間違いない、この人だ」


「ビンゴ! 見つけたぞ連続拉致事件の犯人!」


 侍言葉の男はすっとぼけた顔をやめた。


「見逃しておけば良いものを……神凪ルイ、ティア、貴様ら後悔するぞ」


 男は車から武器を取り出した。


「物騒なもの持ってるのね。人間に扱えるものじゃなさそう……」


「この剣は特注品ゆえ、普通ではお目にかかれん代物だ」


 形状的には剣と言うよりドリルの方が正確だ。刀身は60センチほどの両手持ちの武器である。


「剣の名はピラニア。食いついた獲物は逃がさんぞ。例え相手がソルジャーであろうともな。申し遅れた……某、五指が1人、ミドルと申す者」


「今年に入ってからの拉致事件……やっぱり五指の仕業だったのね。捜査してた警察も行方不明者になるだなんて不可解だと思ったのよ」


「なるほど、流石にやり過ぎであったか」


「被害者は30人以上……それだけの人間をよくも! 何故そんなことをするの!?」


「答えかねるな」


「今すぐ拉致した町民を解放しなさい! その気が無いなら力ずくで取り返すだけだけどさ!」


「小娘にしては威勢が良いが、それだけでは戦には勝てんぞ」


「私の涙の前に敗北しなよ!」


 涙はすでに流れていた。ならばあとは仮面を装着するのみ。光に包まれソルジャーは姿を現す。


「では、御手並み拝見といくか」


 ミドルはアスファルトがめくれかえるほどの力強い踏み込みで、一瞬にして私との間合いを詰める。


「はぁっ!」


 振り下ろされるピラニアが私を襲う。私は手のひらで刀身を挟み込んで止めてみせる。


「真剣白刃取りと言うやつか」


「思ったよりノロマな剣ね」


「馬鹿め、わざと掴ませたのだ!」


 ピラニアの刀身……ドリルの部分が回転を始め、スーツの掌の部分がガリガリと音を立てて削られる。


「うわっ!」


「ふん、回転はこんなものでは無いぞ」


 回転は加速し、スーツの装甲が削り飛ばされる。


「どうした、離さねば掌が無くなるぞ」


「そんなことしたら顔面を斬られるでしょ!?」


 この時私は勝利への執着や正義感よりも、ミドルの冷静で余裕な表情を崩してやりたいという気持ちの方が強かった。


「逆よ! もっと強く掴む!」


 掌全体を使い、包み込むように刀身をしっかりと握る。回転が徐々に鈍っていき、3秒程で完全に回転が止まった。


「ほほう、ピラニアのモーターの回転力を超えるか……しかし!」


 ミドルは私のがら空きになっている腹部を蹴り上た。衝撃で私はピラニアから手を話してしまい、続いて繰り出されたミドルの二激目の蹴りで地面に打ちつけられた。


「なんて重い蹴り……」


「剣士が剣しか使えんとは思わんことだ」


 地面に転がる私にミドルはピラニアを向ける。


「ルイ!」


「ティア、仲間の心配をするのはいいが……周囲には警戒しておけ」


 突然後方の暗闇から高速で何かが飛んできて、ティアの身体を縛り付けた。


「これは……!」


「ウチの『拘束輪バインド・リング』の締め付けはどう?」


「リング!」


 リングは物陰から私達の様子を伺っていたようだ。


「ソルジャーに発見されるのは想定内だったゆえ、あわよくば斬ってやろうという算段よ」


 はなから私とティアを叩く準備はされてたってわけ……このミドル、キレものだ。


「ざまぁないわね。ウチらをなめてるからそうなるのよ」


「ふん、そっちこそボク達をなめないでよね」


「なんだと?」


「放電!」


 ティアの身体から電気が流れ出すと、輪が緩んで外れた。


「この輪っか、電撃に弱いんでしょ? この前リングがルイを縛ったまま置いて帰ったやつを解析させてもらった」


「そう、縛られておけば痛い思いをしなくて済んだのに……これじゃあ、貴女の手足を撃ち抜いて大人しくさせるしかないじゃない!」


 リングが『弾丸輪バレット・リング』を指に装填して構える。


「させない!」


 私が投げた黒いナイフが闇を切り裂いて、リングの腕に突き刺さる。


「こんなもの、いつの間に!?」


 ティアに教えてもらったソルジャーの能力。スーツにある多数のハードポイントに任意で武器を召喚できる。もちろん召喚には感情物質が必要となり、武器の大きさや能力によって大量の涙を消費する。


「貴様は大人しくしていろ!」


 振り下ろされたピラニアは、私がかわしたばかりに、地面を砕いて煙を巻き散らす。


 私は煙に紛れてミドルと距離をとり、立ち上がる。


「死ねい!」


 高速で襲いかかってくるピラニアをナイフで受けようとするが、ミドルの方がスピードは上であり、とても防ぎきれない。


「なんと硬いスーツよ……ここまでピラニアの斬撃をくらってまだ生きているとは」


 スーツのおかげで刀身は生身には達していないが、その衝撃は凄まじく、確実にダメージを与え体力を奪っている。


 このままでは、スーツが無事でも中身がやられる。


 ミドルは一旦距離をとり、私を睨みつける。


「リング、ここは一旦引くぞ」


「え? 神凪ルイを殺るんじゃないの?」


「まぁ、このまま打ち合いを続ければ確実に撲殺できようが、あくまでピラニアは剣……斬って殺す武器でなくてはならん」


「変なこだわりね。わかったわ、ウチが援護してあげるからミドルは車を運転して」


「承知した」


 ミドルは車で走り出し、リングが『弾丸輪バレット・リング』を乱射して、煙を撒き散らす。


「待て!」


「深追いしちゃダメだ!」


「ティア!?」


「ボクの目は誤魔化せないよ。ミドルに受けたダメージで立ってるだけで精一杯なんでしょ?」


「でも人が連れていかれる……」


「悔しいけど、今のボクらじゃ取り戻せない」


 私達が弱かった。精神的に弱かった。リトルを倒した事実が、他も倒せるだろうという思い上がりを生んだ。


 ミドルは強い。あの体格と戦闘力からなる迫力に圧倒されてしまった。


 言い訳の仕様もない、完全な黒星である。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る