第12話 泣き虫の親は泣き虫ですか? 4

 朧橋は20メートル程の短い橋でシズク町の南側……一揆跡地へと行くために通る橋だ。故にほとんど人通りなどなく、老朽化が進んでいる。


 橋の付近は該当がぽつりぽつりとあるばかりで薄暗く、どこか人を寄せ付けない雰囲気だ。



 橋に着くとの姿が目についた。


「遅かったね。ウチ待ちくたびれちゃった」


「お前がリング…」


 ティアと同じ女性形のヒューマノイド。小柄だったリトルよりは身長が高い。


「あのメッセージカード読んでくれた? いかにも愉快犯ってかんじじゃなかった?」


じゃなくてホントの愉快犯でしょ。それより父さんは?」


「そんな怖い顔しないで。ほら、あなたのお父さんは無事だよ」


 橋の物陰に何か輪っかのようなもので拘束された父さんがいた。どうやら、気を失っているようだ。


「本当はウチもこんなことしたくなかったんだけど命令だから……ソルジャーの力がどれほどか見極め、あわよくば仕留めてやろうって作戦」


「何故ソルジャーの正体が私だってわかったの?それに住所も」


「さぁね、リーダーに聞いたからウチもしらないわ」


「お前みたいなやつに家族を連れていかれるなんて……自分の無力さに泣けてくるよ」


 父さんが覚悟をもって泣くのをやめたのなら、私は覚悟をもって泣いてやる。


「覚悟の涙は武器になる」


 私はソルジャーの仮面をつけて変身した。


「あらら変身しちゃった。でも動かないでね。動くとあなたとお父さんが目を覚まさなくなるよ」


 あちらに父さんが囚われている限りへたな動きは出来ない……


「それ!『拘束輪バインド・リング!』」


 リングが右手を銃のようにかまえると、人差し指にはめてあった指輪が発射され私に飛んできた。指輪は急激に巨大化し私を縛る拘束具となる。私は指輪にきつく縛られ上半身の身動きがとれなくなった。


「貴女たしか拳で戦うんでしょ?これでお得意のパンチはだせない」


「なんて頑丈なの……? ソルジャーのパワーでも解けない……」


「ウチ専用の武器だからね。指輪はそれ以外にもには種類があって……例えばこれ『弾丸輪バレット・リング』!」


 人差し指に指輪をはめて、再び掌を銃のように構え指輪を撃って来る。


 今度の指輪は巨大化せず真っ直ぐに私に向かってきた。命中すると爆発し爆音と共に煙が立ちこめる。


 しかし私は無傷。


 リトル戦同様、弾丸などが飛んでくる時は私の涙の量が増す。通常は耐えられない攻撃でも一瞬だけ防御が厚くなることで耐えられる。


「へぇ頑丈なんだねそのスーツ。でも、それも永遠じゃないでしょ? 泣けば体力を消耗するし、涙が出なくなったら変身は解除される。縛られた貴女はただ終わりへと向かう者」


 見破られてる。確かにこれは時間との勝負。さっきの弾丸を耐えられるのはせいぜい3発ってところかな……?


 リングは指輪の弾丸を続けて撃ってくる。


 1発…2発……


「だいぶ泣き疲れてきたみたいね。これで最後かな?」


「いいや、リング…私の勝ちだね。後ろを見てみなよ」


「何を言って……」


 リングが後ろを振り返るとそこには、父さんを抱えるティアの姿があった。


「ティア…貴女いつの間に!?」


「リングがルイを撃ってる時にこっそりとね。ばんばん大きい音出してくれたから気づかれずにすんだよ」


「気付かれずにって……嘘だウチにはレーダー機能がある……ヒューマノイドが近くにいれば探知できる!」


「伊達に1年間もヒューマノイドとバレずに人間達の中で生活してきたボクじゃないよ」


「まさかステルス機能!?」


「その通り。レーダーに引っかからない感情を持ったヒューマノイドなんてほぼ人間でしょ?」


 ティアにはここに来る前に連絡しておいた。父さんを人質に取られている以上、私一人じゃリングには勝てない。だからここに来たのは私だけだという芝居をうったのだ。


 予想した通り、リングは酷く驚いている。


 今がチャンスだ。拳は使えないけど体当たりで攻撃してやる。最悪頭突きで倒してやる。


 私は走り出しリングに特攻する。


「しまった!」


 リングが私に気づくがもう遅い。回避も防御も不可能。


 しかし、あと2メートルという所で橋が悲鳴をあげた。


 コンクリートとはいえひび割れが酷かった。老朽化に加え、リングの指輪の爆発により橋は耐久力をうしなって崩れ落ちた。


 水面までの高さは4メートルほど……水深は浅く、流れは穏やかなので落ちても流されることは無い。


 私は大丈夫だ。ティアもお父さんを抱えているとはいえ大丈夫なはず。問題なのは崩壊した橋の瓦礫。ティアは着地できても瓦礫の重さには耐えられない。シールドはこの前リトルに壊されてしまっている。


 身体の動きが不自由なせいで私は助けに行けない。


 橋の断末魔と共に辺りは衝撃と煙に包まれる。


 私はスーツのおかげで瓦礫にぶつかっても平気だった。


「二人は……」


 煙が晴れてきて周りを見渡すと、奥にうずくまる人影があった。


「ティア! 父さん!」


 良かった。奇跡的に瓦礫が降ってこなかったのか?


 いや、これは……


「『防壁輪シールド・リング』。こんなのもあるのよ」


「リング……!?」


 瓦礫が降ってこなかったのではなく、リングが瓦礫から2人を護ったのだ。


「何故たすけたの……?」


「勘違いしないでね。ウチはただ命令に従うだけ……ティアには利用価値があるから生かしておけって言われたの。バカなリトルは危うく粉々にするところだったけど、ウチはちゃんと守るわ」


 ティアも父さんも無傷だ。敵に助けてもらったなんて……


「ルイ!」


 ティアが父さんを抱えて私に駆け寄る。


 しかしどうしたものか、橋の崩壊による衝撃が大きくて体力を使い果たしてしまった。じきに泣き疲れてしまう。


 しかし、ここで諦めるわけにはいかない。


「さて、ソルジャーさん……貴女の体力はどうかしら? もう涙はきれかけてるんじゃない?」


「大きなお世話。例え変身が解けてもこの2人は護ってみせる」


「わからないわね。そういう誰かを護るとか言う感情」


「わからないでしょうね、生みの親に酷いことができるあなた達には……この親や友達に対する愛が」


「愛?何よ愛って……親なんてただ自分を作っただけの存在じゃない……所詮他人でしょ? 何故他人の為になんて思うの?」


「わからない。わからないけど愛は確かにここにある」


「何を言ってんの?」


「理屈じゃないんだよ。父さんは苦手だし、言い合いもするし、でも一緒にいたいって思ってしまう。なんて言うか……愛してしまったものはしょうがないんだよ」


 私はリングを見つめるが彼女は目を逸らした。


「はぁ、もうウチ帰るわ」


「え、帰るって……」


「なんか疲れたから帰るっていってるの。人質も取り返されちゃったしね」


 リングは相当な気まぐれ屋なのか?命令がどうとか言いながら、いきなり帰るだなんて……


「じゃあね、今度決着つけるまで生かしといてあげる」


 リングはそう言い残してその場を去った。


 彼女がいなくなったせいか、私を拘束していた指輪が外れた。


「なんでリングは帰ったんだ?」


「ボクもわからない……取り敢えず今日のところは帰って休もう。ルイのお父さんは気を失っているだけだから、寝かせておけば自然と目が覚めるはずだよ」



 疑問は残るが取り敢えずその日は帰宅した。


 すでに0時をまわっていたが、母さんは起きて帰りを待っていた。


「ただいま」


「おかえり……ってお父さん!?」


「あはは、いろいろあって……」


 母さんの顔を見ると、帰ってきたんだなと思えて安心する。


 眠っている父さんを1人で部屋まで運びベッドに寝かせる。


「父さんを巻き込んでしまった……ごめんなさい」


 私は申し訳なくて父さんの顔を見れなかった。ただただ申し訳なくて、俯いていた。


「でも、戦わないといけないの。お父さん、お母さん、友達、そして町の人を守るために」


 私は父さんに布団を被せ、部屋を出ようとした。


「強くなったな。ルイ」


 父さんの声が聞こえたような気がして振り返ったが、父さんは寝たままだった。


「空耳か……」


 結局その日は寝て、次の日になるとティアの言った通り父さんは元気に目を覚ました。


 私はてっきり、起きるなり昨日拉致されたんだと騒ぎ出すんじゃないかと思っていたが、父さんは黙っていた。ひょっとして記憶障害で何も覚えていないのか?朝起きるといつも通りコーヒーを読みながら新聞を読んでいて、まるで何事もなかったかのようだ。


「ルイ、昨日の件だが……」


「えっ…」


「ヒーローごっこもいいが、ほどほどにな…決して無理はするなよ。これが守れるなら許してやる」


 昨日の件って、言い合いになった時の……?


 父さんが考えていることは不透明で疑問は多々あったが、今はそれを問い詰める気にはならなかった。


 父さんが私が戦うことを許してくれた。それだけで十分な気がした。


「ありがとう、父さん」


 その感謝の言葉は意図せず口から放たれたのだった。

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