第2話 泣き虫はどうすれば治りますか?2

 目が覚めた時、時計の針は6時20分を指していた。


「しまった、6時に起きるはずだったのに……」


 急いで支度をし、朝ご飯を食べようとリビングに向かった。


 既に両親は起きていて、テーブルには出来たての朝食が置いてあった。


 父さんはコーヒーを飲みながら新聞を読んでいる。


「遅かったなルイ。今日は朝練じゃなかったのか?」


 ああそうだよ、あんたに無理やり入れられた柔道部の朝練だよ。


「寝坊したの。だから早く食べて行かないと。」


 昨日の説教のせいか少し気まずくて、私は朝食のトーストを少し残して家を出た。


 少々寝坊はしたが、この程度は私の脚にかかれば問題は無い。走って行けば朝練には間に合う。柔道部のおかげで脚は鍛えられ、遅刻は回避できそうだが、朝早く起きなければいけないのも柔道部のおかげなのだ。



 現代ではほとんどの人が、通勤通学にホバーバイクなどを使っており、走って学校に通うのは私くらいだ。それもこれもあの父親のせいだ。鍛えるためとか言って……本当は自分の機械音痴を娘にも擦り付けているだけだろうに。


 2085年ともなると、一般家庭でも召使いロボットの1機や2機いるのは当然だが、うちの家は珍しくロボットは持っていなかった。

「機械に支えられるのが当然の時代に、鍛錬だの気合いだのと……バカバカしい」


 のろまなスクーターやバイクを追い越して 走っていく。


 通学路では、やたら警備ロボットが目についた。


「テレビで言ってた連続拉致事件のせいかな……うちのシズ高の生徒も被害にあったって聞くし、物騒な世の中になったな」



 私立シズク高校はこのシズク町の中心にある学校である。この学校の剣道部や柔道部は優秀で、大会では強豪校として他校に恐れられていた。


 父に無理やり入れられたとは言え、一度やると決めた部活だ。練習はきちんとやる。それも鍛錬によって泣き虫が治るという望みを心のどこかに持っていたためだろう。


 私は学校の武道場で朝練を終えた後、自分の教室に向かった。3年2組が私のクラス。


 そろそろホームルームだが、私の隣の席のは来ているだろうか? 教室を覗き込んで見ると隣の机の上にはカバンがあった。しかしの姿は無い。トイレにでも行っているのか……


「ねぇ、何見てるの?」


「うわぁぁっ!」


 急に背後から声をかけられ大声をあげて驚いてしまった。涙まで出るほど驚いた。


「わははっ!やっぱりルイは面白いね!」


 そこに立っていた人物こそである。


「ビックリさせないでよティア。私がビビリなの知ってるでしょ?」


 まぁ、多分知ってるからやったんだろうな。というのも、このティア・フライハイトはこのようなちょっとしたドッキリを1日に1回はやってくるのだ。


 ティアに涙を拭かれながら私は席に着いた。


「ねぇルイ、今日がなんの日だか分かる?」


 わからん。わからんからさっきの仕返しにふざけてやろう。


「今日は5月10日でしょ?5と10……ゴとトォ……ゴ……トォ……ゴットォ……わかった!『忍者ぶっとび君』の日だ!」


「いや、なんでそうなるの!? 途中まで推理出来てたじゃん! 『ゴッドの日』っていう答えに到達しそうだったじゃん! なんなの『忍者ぶっとび君』って!?」


「私が毎週見てるテレビアニメだよ」


「聞いたことないよ。忍者がぶっとびって…全然忍べてないじゃん」


「で? 正解は『ゴッドの日』だっけ?」


「いや、それもハズレなんだけど」

「違うのかよ!」


「正解はほら、ボクがこの学校に転校してきた日だよ」


 ティアは去年、親の仕事の都合で転校してきた。初めて彼女に会った時の印象は、『ボクっ娘』って現実に存在するんだなということと、フライハイトという苗字が異常にかっこいいということの2つだった。


「そうか、ティアと知り合って1年か……」


「あの時は心配事が沢山あったけど、ルイが友達になってくれてよかったよ。外国人のボクにも優しくしてくれて……感謝してる」


「そんな、外国人だとか関係ないよ。あと感謝してるなら、いきなりビックリさせてくるのはやめてくれない?」


「それはやめない」


「なんで!?」


 こんなくだらないやり取りをしてはいるが、私もティアに感謝している。ティアが来る前、私は泣き虫すぎてクラスで浮いていた。クラスで浮いてしまうほど、私は泣き虫だった。だが、ティアは涙が吹っ飛ぶほどの明るい笑顔で私に接してくれた。泣き虫な部分も含めて私を認めてくれた。


 感謝の言葉を言おうと思ったが、なんだか照れくさくて喉につっかえたまま出てこなかった。


「そうだ、今日は放課後の部活無いし、記念日だからってわけじゃないけど、今日は寄り道して帰らない? ティアの大好きな駅前のたい焼き奢るよ」


「本当に!? じゃあボクもルイにたい焼き奢るよ!」


 いや、それ奢れてることになってるの?


 ティアは天然にもほどがある。この娘が学年1位の頭脳を持っているとは考えにくい。一体どんな脳の構造をしてるんだ? 本当は脳みそじゃなくてスーパーコンピューターとかが頭に入ってるんじゃないのか?


 それに比べ私はダメだ。授業で言ってる意味がさっぱりだ。


 先生が言うには昔は教科書も紙で出来ていて、いつからか勉強が捗るようにと電子教材が導入さたらしいが、本当に電子教材は優秀なのか? 全然捗ってないんだが?


 授業は退屈だったが、それとは関係なくその日は学校が終わるのが待ち遠しかった。

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