「雪降るイブに少年サンタがくれたもの」【サンタクロース/雪/子ども】

 私はクリスマスが死ぬほど嫌いだ。

 名高い神様の誕生日だか、降誕祭だかしらないがなんで日本の私たちがそんな大々的にお祝いムードなのか。

 日本人のこういうミーハーな所が私は大嫌いだ。

 2月になればバレンタインだなんだんだと、チョコレート色に街は染まるし、4月にはイースターとか言ってよく分からんイベントで卵の模型が置かれるし。

 なんでこんなに世間は移り気なのだろうか。

 そのイベント事で振り回される私の身にもなって欲しい。


 大学に通うことになり、意気揚々とキャンパスライフを満喫するつもりだったのに。

 親から急に告げられた「入学金以外払わないから」という夢の大学生活に対する死刑宣告を受け、日々のバイト業務に励む日々。

 そんな学生アルバイターとして順調に世間の荒波に揉まれている私にとって、12月は稼ぎ時だ。

 通年通してのスーパーのバイトもしっかり入れているが、12月はクリスマスのプレゼント配送や、ラッピング業務、年の瀬には書店の棚卸作業……と職種問わず仕事が増えるのが年の瀬の良い所。

 しかし――


「ねぇ~~たぁくん、私あのバッグが欲しいなぁ」

「どれどれ? いいよぉ買ってあげるよ」


 待ちゆく二人連れはやけにカップル同士が多く、見ていると非常に複雑な心境になってくる。

 高校生の時に付き合っていた人の一人や二人、いなかったわけではないが、大学進学するタイミングで別れてしまった。

 進学してからはバイトバイトにバイト三昧で色恋事からはすっかり縁遠くなってしまった。

 しかし、それもこれも大学の学費のため、将来のため、自分のため。私はやるしかないのだ……。


 頭に付けた赤い三角帽と、「女の子だから」と着るように無理強いされたサンタクロースの衣装が自分に似合わな過ぎて。

その場違いな衣装と、辛気臭い自分の気持ちは、この幸せに満ち溢れた街から浮いている気がする。

まるで珈琲に垂らされたばかりのミルクのように。


 しかし、いつまでもウジウジしていても仕方がない。

 怠惰な業務態度は、賃金カットの原因になりうる。

 ここは気持ちを切り替えて、今の短期バイトであるクリスマスケーキの販売に精を出すことにする。


「こんばんはー。クリスマスにケーキ、いかがですかー」


 普段では出さないようなワントーン高めの声で呼びかけをする。

 しかし、時刻は12月24日の19時。

 仕事帰りのサラリーマンたちは寒さにコートを合わせながらそそくさと、家に向かって足を速める。カップルたちはきっと既にケーキを用意しているのか、彼女の手作りか……ケーキの店頭販売になど目もくれず、二人きりの世界のまま歩みを進めていく。

 時折、主婦っぽい女性がホールのショートケーキを購入したいと声をかけてくるので対応して、また声かけに戻る。

 その繰り返しをこなしていく。


 そうこうしている間に1時間ほど経っただろうか。

 少々疲れも出てきて、視線が自然と上に向いてしまうようになった頃合い。

 突然声をかけられた。


「すみません」


 渡りを見渡すが声の主は中々見つからない。

 キョロキョロとあたりを見渡していると、やや下の方から再度声をかけられる。


「あのー、ケーキ欲しいんですけど」


 慌てて下に視線を向けると、そこには小学生低学年くらいの男の子が立っていた。


「あ、はい。クリスマスケーキですか?」


 こんな子どもがケーキを買いに来るなんて、おつかいだろうか。でもそれにしては、時間がちょっと遅すぎる。


「えっと、僕一人?」


 親御さんはどこだろうか。彼から目を話して、辺りを見渡す。

 すると下から再び声がする。今度は不機嫌そうな声色になっている。


「あなたは、相手が子ども一人だからと言って、ケーキを売らないつもりなんですか?」


 やけに大人びた口調で、しかし有無を言わせない感じで問い詰められる。


「ここにお金ならあります。ケーキをください」


 そして、畳みかけられる。


「えっ、あぁ、はい……」


 言われるがまま、ケーキの並んだショーケースの前に案内する。

 ガラスの中に並んだケーキたちを見た彼は、心なしか目をキラキラと輝かせている気がした。

 何か小声で呟きながら、ケーキを眺めている少年を見守る。

 左から右へ、そしてまた左へと視線を映し彼が指さしたのは丸太の形を模したケーキ・ブッシュドノエルだった。


「これください」


 私は値札と値段表をダブルチェックして金額を伝える。


「三千五百円です」


 彼は一瞬考えるように動きを止めた後、来た時からぎゅっと握りしめていた右手を開いて私に差し出して来た。


「はい」


 開かれたその手の平には、五百円玉が3枚乗っていて、明らかに金額が足りない。


「あー……えっと」


 こんなに堂々とお金を手渡してくれている彼に、その事実を伝えるのは……ためらわれてしまう。


「どうしたんですか。おつりはいらないです」


 手を差し出したまま、こちらを怪訝な目で見てきている彼。

 なんと伝えたものか……悩んでいると彼の背後、私の正面の方から大きな声がした。


「ゆう! こんな所にいたのか」


 そう言いながら走ってこちらに向かってきたのは、私と同い年くらいの青年だった。

 青年は少年の隣までやってくると、息を切らしながら彼の頭を掴んだ。


「はぁ、はぁ……全く、どうしてこんな所に……」


 その青年の顔には見覚えがあった。


「早川くん?」


 そこにいた彼は、私が高校生の時に唯一付き合っていた彼だった。


「あれ、岩波さん?」


 二人数瞬、顔を見合わせる。

 その時だけ世界が止まったかのようだった。

 しかし、それを打ち砕いたのは他でもないケーキを買いに来た「ゆう」と言う少年だった。


「聞いてよお兄ちゃん! このおばちゃん、ケーキ売ってくれないんだよぉ」

「ケーキ?」


 そこで早川くんは、ゆう君が指さしたブッシュドノエルを見て、値札を見て、手の平の小銭たちを見る。


「あー……」


 全てを察した彼は、ポケットの財布から、2千円を出して私に渡して来た。


「これで、足りる……?」


 2枚のお札と3枚の小銭を確認し、値札の税込み価格を確認。そして、「はい、丁度ですね」とそれをまとめて受け取る。


「用意しますから、ちょっと待っててくださいね」


 と、ケーキをラッピングする作業に入る。

 そんな私の背後で、早川兄弟が話す声が耳に入ってくる。


「なんでケーキなんか買いに来たんだよ?」

「え……」

「なんだ? 言いづらい事なのか?」

「えっと……」


 もごもごと口ごもっている、ゆう君にラッピングしたケーキを渡しながら会話に割って入る。


「お兄ちゃんに、プレゼントしたかったんだよね」

「んな……っ!」


 余計なことを言うな、とゆう君に睨みつけられてしまう。

 しかし、当の本人――早川くんは嬉しそうに顔を綻ばせ「そうか……そうか……」と呟いていた。


「はい、どうぞ」


 と、ゆう君にケーキを入れたビニール袋を手渡す。

 受け取った瞬間、嬉しそうにスキップをしながらゆう君が歩き出す。

 それに私が手を振っていると、隣にいた早川くんが声をかけてきた。


「岩波さん」


 声をかけられ、心臓がドキッと高鳴る。

 ずっと、意識しないようにしていた彼から声をかけられるとは思わなかった。


「僕のこと、覚えてる?」


 忘れたことなどない。

 高校時代に大好きだった人。

 ずっと好きで、やっと付き合えて、でも進学と同時に別れた人。

 家庭の事情で進学できず、就職すると言った彼と進学した私。

 好きだったけど、別れを選んでしまった。

 そのことをずっとずっと、後悔していた。


「覚えてるよ」


 ただそれだけしか言う事が出来なかった。

 まだ好きだとか、もう一度、とか余計なことを言いそうになってしまう。

 クリスマスに、こんな状況で再会したからロマンチックを感じているのかもしれない。


「あのさ」


 だから、ひたすら彼の言葉を待った。

 早川くんが求めてくれるなら、私はそれに応えようと思った。


 しかし、私たちの間には無常にもゆう君の大声が割って入る。


「もぉぉー! おにいちゃん! 早く!!」


 さっきまでの大人びた雰囲気はどこへやら。

 年相応の子どもの様子で、早川くんの手を引いていくゆう君。

 じりじりと移動させられる、早川くんは少し離れた場所から「岩波さん!」と声を上げた。


「明日も! 明日も来るから!」


 だから――と言いかけたところで、遂にゆう君の勢いに負けてしまう。

 最後に早川くんはこちらを振り返って、手を振ってくれた。

 その唇は「待ってて」と言ったような気がした。


 見計らったように、空から冷たい白い結晶が落ちてくる。

 雪だ。

 さっきまでの私なら、きっと嫌な顔をしていたと思うが、今はそんな恋人たちのためのロマンチックな演出さえも、キラキラと輝いて見えたのだった。

 それは、私たちを祝福するものでなかったとしても。

 今だけは、その美しさに目を奪われていたかった。


-END-

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