「一匹狼と転校生」【狼】

 一匹狼、と言う字面のカッコよさに惹かれて、同級生たちから距離を置いて学校生活をするようになって、半年。

 見事に、クラスメイト達の輪の中から外れてしまった俺は、今日も自分の机に突っ伏して休み時間を過ごす。

 別に寂しくなんかない、俺は一匹狼だから。

 でも、こうして過ごしていると、一匹狼というのはかっこよく見える割に、少し、少しだけ辛いものなのだなと思ったりもする。

 まぁ、別に寂しいわけじゃないけどな。



 10月。空気が肌寒く、突っ伏す机も冷たくなってきたそんなある日。

 登校してカバンの中身をしまってから、冷えた机に顔を伏せて時間が過ぎるのを待つ。

 ゆっくりと時間が過ぎていくのを待っていると、朝のホームルームの時間がやってきた。

 先生が入ってくる気配を感じて、顔をあげる。すると、先生の隣に見たことのない女の子がいて、いつもと違う状況に動揺する。

 それはクラスメイト達も同じだったようで、周りがザワザワと騒がしい。

 そんな生徒たちに担任は「静かに」と声をかける。

 20代の男性教師の声はよく通る。


「転校生を紹介する。ほら、自己紹介して」


 隣にちょこんと立っている女の子に担任が声をかけると、彼女はコクンと頷いて口を開いた。


「はじめまして、藤野 茜(ふじの あかね)と言います。どうぞよろしくお願いします」


その小さく、どちらかと言うと可愛らしい見た目の彼女からは想像もつかない、凛とした声でハキハキと挨拶をする藤野さん。

 その声は、担任よりもずっと鋭く、クラスに響いた。

 先ほどまでざわついていたクラスの生徒達も、その堂々とした姿に圧倒されているように見える。


「じゃあ……その空いている奥の席に座って今日は授業を受けてくれ」


 担任が藤野さんに指示した席は、俺の隣の席だった。

 俺の安寧の学校生活を送っているポイントとして隣の席が空席なのは、結構多くを占める部分だったので、内心ちょっと面倒だな、と思ってしまう。

 しかし、先ほどの挨拶で彼女に気を取られたのも事実。彼女と近くに居れるという事は少し、心を浮つかせる。

こちらに歩いてくる藤野さんのその堂々とした足取りに、一瞬目を奪われるがすぐに逸らす。

彼女は俺に目を向けることなく、席に座り教師の言葉を待った。


「じゃあ、ホームルームを続けるぞー」


 担任は軽く手を叩きながらそう宣言し、いつも通りの連絡事項を述べていった。



 休憩時間がやってくると、俺の隣の席はこれまでにない程の賑わいを見せた。

 転校生が必ず受ける、質問攻めの洗礼。

 しかし、今回の転校生はその1.5倍ほどの人気っぷりだった。

 きっとみんな、朝の挨拶で魅了されてしまったのだろう。

 藤野さんはその質問一つひとつに丁寧に答えていて、彼女の人柄の良さがにじみ出ていた。

 ただ彼女が答えなかった質問が一つだけあった。


『どうして転校してきたの?』


 そう問いかけられた彼女は一瞬言葉に詰まっていたが、次の瞬間には「内緒!」と笑っていた。

 授業開始も近づいてきて、クラスメイト達が質問攻めを終え、散り散りになった後。

 その様子を、いつものように机に突っ伏しながら聞いていた俺に声がかかった。


「ねぇ、君」


 今までクラスメイトから声をかけられてこなかった俺に、声をかけてきたのは……藤野さんだった。

 顔をあげて彼女に向き直ると、彼女は笑顔を浮かべながらこちらを見ていた。


「なんでそんな事してるの?」


 それは純粋な問いかけのようだったが、俺は急に恥ずかしくなって彼女からプイっと視線をそらしてしまう。


「あれ、何か嫌なこと言っちゃった? ごめんね?」


 そっぽを向いた俺に彼女は謝って来たけれど、それに返事をすることは無かった。

 そむけた顔は真っ赤になっていて、わざわざ触らなくてもそこが酷く熱くなっているという事だけは分かった。



 それから、藤野さんは何故か俺に絡んでくるようになった。


「ねぇ、なんでいっつも寝たフリしてるの?」

「寒くない? 話しようよ」

「こらー無視しないで」


 彼女くらいの人気者になれば、話し相手には困らないはずなのに、やけに絡んでくる。

 周りのクラスメイトも、わざわざ「そんな子気にしないで、私たちと話そうよぉ」と声をかける程だった。

 そんな事を言われているのを耳にしてちょっと傷ついてしまうが、そんな事はおくびも出さない。俺は強い一匹狼だ。


 それでも、彼女は話しかけるのをやめなかった。

ある日の放課後、俺は周りに人が居ないのを確認して彼女に向き直った。


「なんでそんなに俺に構うんだよ」


 そう言うと、彼女は嬉しそうに手を叩いて笑った。


「君の声初めて聴けた!」


 それはそれは、本当に嬉しそうに笑うものだから怒るつもりで口を開いたのに、拍子抜けしてしまう。

 確かに、彼女に対してだけでなく、このクラスになってから一度も口を開いたことがないかもしれない。

 俺は恥ずかしくて再び視線をそらしてしまう。


「君ってさ、なんか他人の事を拒絶してて心配になっちゃうんだよね」


 しんみりと彼女がそう言うから、ふと視線を上げてそちらを見てしまう。

 俺だって、好きで拒絶してたわけじゃない。最初はかっこいいと思ってやってた事だったけど、ここまでみんなと離れたかったわけではない。

 でも、気付いた時には既に遅くて、みんなの輪の中には入れない雰囲気になっていた。


「なんかそういう所が心配で、気になっちゃうんだよね」


 気になる、と言われて心臓がどきんとする。


「俺も、藤野が声をかけてくれて嬉しかったよ」


 それは恥ずかしいけど、素直な言葉だった。

 藤野に話しかけられるのが嫌だったわけではない。

 むしろ、ちょっと嬉しかったくらいだ。

 自分のせいで溝が出来てしまったクラスメイトとの関係を打ち砕くように、ずっと藤野が声をかけてくれていたのは凄く嬉しかった。

 でも、それに応えるのが恥ずかしかったのだ。

 藤野は驚いた表情を浮かべて、そしてニカっと笑った。


「それなら良かった!」


 笑った藤野は、机にかけたカバンを手に取ると「一緒に帰ろ!」と声をかけてきた。

 思い切って話が出来た俺は、晴れやかな気持ちになっていたので、頷いてそれに続いた。


 カバンを肩にかけて、藤野と並んで帰る。

 彼女はスキップしながら歩みを進めていて、時折俺に話しかけてくる。


「これで、明日からみんなとお話しできるね!」

「いや……それはどうかな」

「出来るって! だって私とも話せたじゃん。きっと出来るよ!」

「じゃあ……頑張ってみようかな」


 そう告げると、藤野はとても嬉しそうに頷いて、持っていたカバンを宙に投げた。

 それを見事にキャッチしてこちらを振り返った藤野に、俺は「何してんだよ」と尋ねた。


「嬉しいとね、ついやっちゃうんだ~」


 意外な彼女の子どもっぽい一面を見れたことが嬉しくて。

 俺もついカバンを投げてしまう。

 カバンの向こうに見えた夕陽がとても赤くて、その眩しさのせいかカバンを上手くキャッチできずに地面に落としてしまう。


「へたっぴ」


土埃を払いながらカバンを拾い上げる俺に、藤野がそう笑う。

 その笑顔の眩しさに再び視線を奪われ固まってしまう。


 一匹狼に憧れていたけれど、俺には無理だったみたいだ。

 そんな俺の鼻をへし折ってくれた藤野に感謝しつつも、明日からのクラスメイトへのアプローチを考えると僅かに気が重い。

 しかし、隣でまだ笑っている藤野の笑顔を見ていると、そんな悩みもどうでもよくなってくる。


 再び宙に投げたカバンは、夕陽を背に一回転して落ちてくる。

 俺は落下してくるカバンに明日からの期待を込めて手を伸ばした。


-END-

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