「昨日までの私にサヨナラを」【遺書/チョコレート/カニ】

 街が一気に色めき立つ、2月。

 チョコレート大戦争の月。


 好きな男性にチョコを送るイベントとは、よくもまぁ考えたものだと思う。


 私も、まぁ好きな奴がいないわけではない。

 …でも、チョコレートを渡す勇気なんてものもあるわけでもない。

 意気地なしなんだ。


 そんな事をもやもやと考えながら歩いてゆく。


 私の好きな奴は、大学の同期で1年の時からずっとなんだかんだと絡んでいる。

 私は割と人見知りで、友達が多いほうではないのだけれど、奴はいつも誰かと一緒で、コロコロ変わる笑顔は見ていて全く飽きない。


 きっと、奴は私よりも可愛らしく女の子っぽい女の子の方が似合うしきっとそっちの方が好きに違いない。


 そんな事を考えてながら歩いていると、急に声をかけられた。


「あーっ! ちょっと! そこのお姉さん!!」


 大きく、高い声に身が一瞬強張る。

 なんだなんだ!

 ドキドキする胸を押さえながら、声のした方を見ると、そこにはギャルが立っていた。

 そう、ギャル。

 髪の毛がまばゆいばかりの金髪で、手首にはジャラジャラとブレスレットを付けている。そして目元はバリバリの付けまつ毛。


 これは! 確実に! ジャンプさせられて小銭まで取られる奴や!!

 心の中で私は泣いた。

 渡すことができないにしても、たとえ自分用になってしまうとしても、今日はチョコレ―トを買おうと思っていたのに。

 1円玉まで持ってかれるに違いない。だってこんなにギャルだもん…。


「すみません…。お金は渡すので、2000円だけは残してください…」


 精一杯の譲歩案。これで断られたら、もうチョコは諦めよう…。


「んんん?? 何言ってるの? おねーさん」


 ギャルはきょとんとした顔で私を見ている。


「2000円残すの? なんで?」


 下から顔じゅうにハテナを浮かべたギャルがこっちを覗き込んで来る。

 う…ちょっと可愛い。


「いや、好きな奴に、その。チョコ買いたいから」


 そして私はなぜか本当の事を話していた。

 いきなりあったギャルに、コイバナをしていたのだ。


「ふぅん? おねーさん、好きな人いるんだ?」


 コクンとただ私は頷く。


「じゃあさ! このチョコ買ってよ! 今ならたったの1500円!」


 そしていきなり押し売りが始まった。

 よくよく見ると、ギャルはエプロンをつけて、チョコの包みを抱えていた。

 そうか。彼女はチョコレートの店頭販売員だったのだ。

 なのに、こんな話をしてしまって恥ずかしい。


「買うよ」


 恥ずかしまぎれに、言ってしまった。

 1500円なら予算よりも安いし。


 そして、ギャルは再びキョトン顔でこっちを見てきた。


「え、ホントに?」


「本当に」


「まじか…。私のチョコ買ってくれたの、お姉さんがはじめてだよ」


「でしょうね」


 そんなばりばりのギャルスタイル。いつもの私なら確実に買わない。


 でも、今日はちょっと浮かれてるから。


「おねーさん、優しいね。…私、お礼におねーさんにおまじないかけてあげる」


 そういって、ギャル娘は私の手を引くと、近くの百貨店に入り、化粧室へ私を引きずり込んだ。


(え、何。ってかあんた、それ仕事的に完全にアウトでしょ…)


 心の中で突っ込むが、ギャルの暴走はとまらない。


 そして、化粧室の椅子に私を座らせると、彼女は手持ちのポーチから、よくもまぁそんなに入っていたなと言うほどのコスメグッズを取り出し、私に化粧をし始めた。


 彼女の素早くこなれた手さばきで、鏡に映る私の顔が見る見るうちに、変わっていく。


 そして15分後。

 鏡に映っていたのは、全く見たことのない、美しい女の子だった。


「え、これが私なの??」


「ふふん、ギャルは清楚メイクもバリバリメイクも履修してこそのギャルなのですよ」


 鏡に映るギャル娘もどこか誇らし気だ。


 そして、最後の仕上げとばかりに、彼女はただただ伸ばしているだけだった私の髪に手を触れた。


「おねーさん。綺麗な髪の毛なのに、そんな適当だともったいないよ。せっかくだからアレンジしちゃうね!」


 そういって、これまた素早い手さばきで、髪を結いあげていく彼女。

 5分後には、ツインテールの女の子が鏡に映っていた。


「いや、これはやりすぎでは…?」


「女の子は、ぶりっこくらいが正義。これ私の鉄則」


 そ、そうね? 確かにね?


「ありがとう。なんか、私じゃないみたい」


 そう言って、立ち上がり彼女へ手を差し出した。

 ギャル娘は、にこっと笑うと、手を握ってから私をぎゅっと抱きしめると、背中をポンポンと二回叩いた。


「がんばってよ、おねーさん」


 そう言って、彼女は身体をそっと離すと、あっ! と声を上げた。


「やば! これ私怒られるフラグじゃね!? もどろ!!」


 そして後ろ手で私に手を振りながら彼女は駆けて行った。


「またね、おねーさん!」


 嵐のような女の子だった。

 けど。


 私は二つに結ばれた髪の毛を触って、笑った。


 いい子、だったな。


 そして、彼女のくれた勇気を背中に抱えて。

 そのままの足で、私は文房具やに向かった。


 そこで、買ったのは白と茶色のシンプルだけど可愛いレターセット。


 近くのフードコートで、そのレターセットに筆を走らせる。


『こんにちは、なんて改まるのは恥ずかしいね。』


 それは、私の気持ちを100%込めた、手紙。

 昨日までの意気地ない、いじけてばかりだった私への、遺書。

 そして、奴へのラブレター。


 書き終えた、足で奴の家まで歩きながら電話をかける。


「もしもし? 私。ちょっと、公園まで出てきてくれない? そう、あの公園」


 言って、電話を切る。

 きっと奴はいつも通りへらへら笑って現れるのだろう。

 そしたら私はこの気持ち渡そう。

 チョコレートと、手紙を添えて。


 奴は、なんていうだろうか。


「なんだ、そのカニみたいな頭」


 と、笑うだろうか。


 それでもいいんだ。

 私は、もう昨日までの私じゃない。


 あの子が私を変えてくれたから。


「よぉ」


 公園の入り口から声をかけられる。


 後戻りはできないけど、それでいいんだ。


 振り返り、私は言った。


「好きです」


 溶けるなら、チョコと一緒にとけてしまえ。


-END-

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