第24話 リュートなり
◆◆◆◆◆◆カノン目線
教室に入ると、何やら辺りがざわざわしている。
私は何も気づいていないように1番奥の席に座って机を耳につける。
「……スティピッチ・ウラウ・ディレンネ」
きーん、と耳あたりに魔法を装着して、あたりの言葉を振動として聞く『聴覚魔法』を使ってみる。
ザザッ。
「え! なんでアリアちゃん入院したの?!」
「二限の先生が言ってたんだけどね、通り魔にあったがどうとかって!」
「え、露出狂が出たのか?! 昨日!?」
「アリアちゃんになんてことを……! 見つけたら首の骨へし折ってやる!」
「可哀想だな、実に不愉快だ」
「犯人、ストーカーらしいぞ」
「やっば! さすがじゃねぇけど、やっぱり春日(かすが)さんって可愛いし、胸も大きいし、金髪で顔立ちも外国人ぽいし、火の打ち所がねぇよな! ストーカーしたくなる気持ちもわかるよ」
……なんて、会話よ。
バカじゃない。
ストーカーはアリアだし、アリアにリュートのブツを見せたのも私。
ほんと、みんなって騙されやすくてダメよね。
見た目で中身が分かるわけないじゃない。
リュートだって、ちゃらんぽらんのくせに優しいし、ちゃんとしてるし、バカだけど私のことをちゃんと考えてくれてて……。
もういいわ、リュートのことばっかり。
……隣に来ないかな、リュート。
キーンコーンカーンコーン。
予鈴がなると、先生が入って来る。
騒々しかった空間が一瞬で集中の場に仕上がり、筆箱を開ける音やルーズリーフを出す音で賑やかになる。
……結局、リュートとエータは教室に来なかった。
「……怒ってるかな、リュート」
何度も、何度も教室の扉を見てみるが、誰かが入ってくる気配は全くない。
「ほいなぁ、授業始めるどー」
丸鼻の先生がチョークを持つと、数学の公式を書き始める。
フィボナッチ数列?
因数定理?
そんなこと、どうでもよかった。
横に、リュートが来さえしてくれれば。
「はぁ……」
私はベルの下に置いてあるバッグを動かそうとした、その時。
王子様は重たい扉を強い力で開けた。
ばたんっ!!!!!!
「なっ、どうした!!」
先生がチョークを止めて、ドアを見る。
現われたのは、唇にドロドロになったリュートと呆れ返ったエータだった。
「先生! 遅れました!」
「わ、わかってるけど、なんだその顔は!」
唇に塗ってあるのは茶色いソースか何かだ。
ハンバーガーを急いで食べてもここまで汚くなることはないだろう。
な、何やってんのリュート。
「すみません! 速食の練習してたもんで、遅くなりました!」
「何言ってるかわからんが、私の授業を邪魔するなら、帰ってもらうぞ!」
「あ、いえいえ、ぜひ受けさせてください!!」
そういうと、リュートは唇についたソースを人差し指でぺろっと取ってみる。
そして、私の方を向いて、にこりと笑う。
感情のリンクをしていたのが原因なのか、リュートの声が流れ込んでくる。
『今度は、俺に奢らせてくれよな、カノン!』
にこりとリュートは笑う。
その笑顔の光は私に直撃すると、何かが瞬間、体の中を駆け巡る。
ぶわっ!!!!
私は心の奥に入ってくるリュートの言葉に撃たれて、呼吸が荒くなる。
顔が熱くなるのがわかり、とっさに頰を両手で触ってみる。
熱い!
熱い!
なんなのよ、これ!
本当に、リュートは……!!
リュートは指先についたソースを舌でぺろりと舐めると、そのまま1番前の席に座った。
もっと、リュートの近くにいたい……!!
隣に来て欲しい……!!
そう語りかけても、伝わるわけなんてない。
一方通行の言葉に、私はもどかしさを感じる。
どうしてリュートの率直な言葉が伝わって来たかはわからないけど、そんなことはどうでもいい。
ただ、リュートが横に来てくれたらなぁ……。
◆◆◆◆◆
「リュート、あれで江夏(えなつ)さん許してくれるのかよ。意味わかんねぇ」
「大丈夫だよ、カノンには一様もう伝えといたから」
「は、何をだよ。伝わらねぇよ、あんなんじゃ。リュート、頭吹き飛ばされておかしくなったんじゃないか?」
「いいや、伝わったね。俺とカノンは一心同体なんだ」
「ああ、そっちね。セックスの話か」
「……っちげえよ猿」
俺はエータの言うことに耳を傾けずに、バッグの中に手を突っ込む。
すでに授業は始まっている上に、席の先頭で喋っていては、入学してすぐに騒ぎ倒すヤンキーに見られても仕方がない。
そんな風に見られては、今後の生活に支障をきたすのは目に見えてわかる。
早く筆箱でも出して授業を受けるフリをしなければ。
そして、筆箱を取ると机の上にポンと置こうとする。
しかし俺が取り出したのは、筆箱ではなく真っ赤っかな太い棒だった。
「は、何これ?」
31号と書いた柔らかい棒。
それは、男性の象徴。
力強くいきり勃つそれは、ピンク色に光ってクラスの全員に眩く見せる。
「でぃ、ディルドじゃねぇか!」
エータが叫ぶと、あたりの視線を俺のそれに持って行かせる。
「えっ! 何でこんなものが俺のバッグに入ってんだよ!」
ブルブルと震える31号は、まさに聖火の如く掲げあげてしまう。
「うわっ、季本(きのもと)のヤツ、あんなん持ってるぞ」
「変態! あれ、もしかして江夏さんに使うつもりかしら?!」
「学校にあんなもの持ってくるなんて、信じられんわ」
あたりからヒソヒソと罵倒の声を浴びされる中、俺はリスみたいな顔をするしかなかった。
「いや、ちがう! これ俺のじゃない!」
オロオロとディルドを振り回して弁解しようとするも、そんなの効くはずもない。
え、本当に誰のこれ!
全く記憶にないんだが!
なんだよ31号って!
◆◆◆◆◆◆カノン目線
真後ろにいた私はゆっくりと下を向いて頭を抱える。
リュートは私の愛用のオモちゃんを振り回してる。
そりゃそうだよね、記憶消しちゃったんだから。
「……あれの存在、忘れてた……」
オモチャの存在の全てを記憶から消してしまった為に、起こった事故だということは私だけしか理解できない。
そして、『リュートが私のオモチャを持っていた』という記憶も当分は魔法を使えなくなってしまった私には、もうどうすることもできず……。
ええい、リュートが変態って設定で行くしかない。
そうね、それで許してあげるわ、リュート。
ウンウンと後ろ頷くと、私は少しだけクスッと笑う。
あいつ、バッカじゃない。
ふふっ。
つづく。
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