第23話 過ちのリュート


 ◆◆◆◆◆◆リュート目線


「そろそろ始まるわよ、授業。とりあえずテルは保健室に運ぶから、リュート早く担いで」


 口に少しだけ特製ソースをつけたカノンは、腕時計を叩きながら俺たちを急かす。


「食うの早いってカノン! 味わって食えよ!」


「そうだぜ江夏えなつさん、太るぞ!?」


 半分くらいしか食べ終われてない男二人はカノンに悪態を吐くが、さすがは王女、動じない。


「いつ戦闘になるか分からないのよ? ニホンジンって本当に呑気よね。速食って技術も必要なのよ、私たちの国ではね」


 立ち上がったカノンは、俺たちの前で足の爪先でタンタンとタイルを叩く。

 ガツガツと食べ始める俺は、カノンのぷんぷん顔をみると、ふふっと笑う。


 あらら、カノンさん、可愛いこと。


 よし、一つカノンに恥かかせて黙らせてやろうか。

 にっしっし……!


「あれ、カノン、それは新しい化粧かな?」


「は? いいから早くしてよ! あと10分しか無いわよ?!」


「ったく〜しょーがねぇなぁ」


 俺は立ち上がると、カノンの顔を凝視する。


「……何?」


「まぁ、任せろって」


 俺は、茶化しでカノンの顔に唇を突き出し、まるでこれからキスをしますよ! みたいなそぶりを見せる。

 それと同時に俺はカノンの唇についたソースを取るために、右手をカノンの顔に伸ばす。


「はっ!? ちょっ!」


 カノンは目を瞑ると、じっと動かなくなる。

 そして、彼女は唇を突き出すと、プルプルと胸の前に握った手を震わせた。


 ペロッ。


 人差し指は、唇を舐めてソースを拭き取る。


「ほれ、カノンの顔にソースついてたぞー」


 にっしっし、と俺は笑う。

 そして、カノンはドキドキしたような顔で俺の目を見つめてくると、もう顔は真っ赤っか!

 俺なりの辱めだよ、どうだ。


 こんな姿、周りに見られでもしたら恥ずかしいだろう?

 王女でもあろうお方が、凡人に甘やかされるなんて、プライドズタボロだろ?

 ざまぁねぇぜ!


「りゅ、リュート……」


 カノンは俯き、ガタガタと震えだす。


「あらあらカノンさん、いつもの威勢はどうしたんですか?」


 と、ふざけ半分でおどけて見せ、顔を覗いてやろうとカノンの顔を見つめてみると。


 ばちんっ!!


 俺の顔が、急に右に吹き飛ぶと、爆破されるビルのように崩れ落ちる。

 俺は何事かと口を開ける。

 さっきまで目の前にあったカノンの顔が何故か遠くにある。


 足がすくんでいうことを聞かない。

 初めて、初めてカノンは真剣な顔をして俺を軽蔑した、拒絶した。

 それはネタやお笑いの為じゃない、身を守るために出た最低限の防御反応だった。


「……最低。本当に、最低」


 カノンは赤くなる手のひらを見て、そのまま愚民を見下すかのような目で俺を見つめる。


「ちょ、冗談だって」


「は、冗談? 今のが?」


 悪質な気流を放つカノンは、その雰囲気だけで俺の甘い考えを粉々に打ち砕く。

 黒い何かがカノンを覆いながら、俺の五感すべてに怒りの感情を伝えてきた。


 そして何も言わずにカノンは振り返り、教室に向けて去って行った。


 女々しい姿のまま固まった俺は、先ほど何が起きたか分からずに、ただただカノンがいた方向の天井を見つめていた。


 もぐもぐとエータはバーガーを頬張りながら俺の肩を叩く。


「なぁ、リュート。それはお前が悪いわ。茶化し方がチャラ男のそれだ」


「そ、そんな酷いことしてないぞ?!」


「そりゃどうかな。江夏さんは多分だけど、覚悟して目を瞑ったんじゃないかあの時」


「は? 何の覚悟だよ!」


「あーあ、そっかリュート。可哀想だわ江夏さん」


 エータは、ゆっくりと最後のバーガーを口に入れると、パンパンと両手のひらを鳴らす。

 俺の肩には、特製ソースが付いていた。


「……」


 よく分からんけど、やっちまったのか、俺。

 いつものノリのつもりだったのに。

 カノンだったら、叩いた後に『バカじゃない!』って罵るだけだと思っていたのに。

 なんか、急に変わったような気がするよ、カノン。

 どうしちまったんだよ……。


 ◆◆◆◆◆◆カノン目線


 どんどんと低いヒールを鳴らしながら、教室に向かっていく。


 意外にも、リュートに見せた怒りまみれの顔はすでにない。

 そしてリュートはきっと、私がブチギれた理由はわかってない。

 そして私もなぜあの時ブチ切れたのかはわからない。


「なんで、叩いちゃったんだろう」


 どうせリュートには聞こえない呟き。


 私は下を向きながら、ただただ殴った理由を考えるだけだった。

 だけど、自分がリュートを叩いた理由はなんとなくわかったのだ。

 でも、認めたくなかった、こんな感情。






 期待を裏切られた、ただそれだけ。


「……キスしてくれると思ったのに」


 ただ、それだけ。

 それだけの事。

 キスするふりをされた。

 私はチューする格好までしたのに、リュートから笑って誤魔化された。


 ――私をリュートは弄んだ。


 そういう判断で、咄嗟に出てしまった右手がリュートの顔を、気づいた時には叩いてしまっていたのだ。


 ただ、リュートは私のほっぺについたソースを取ってくれようとしただけなのに。


 本当に、今日の私はおかしいわ。

 熱があるみたい。

 顔がまだ熱いわ。

 馬鹿みたい。


 なんで、リュートのことばっかり考えてるんだか。


 馬鹿、本当に馬鹿だわ私。


 一体、私はリュートとどうなりたくて一緒にいるんだろう。


 つづく。

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