第20話 テルちゃんのお胸


 ◆◆◆◆◆◆リュート目線


「……。行きますか、カノンさん」


「やめて、気持ち悪い」


「行こう、カノン」


「うん」


 なんだろう、恥ずかしいとは違う、それを通り越した感情が体中を掻きむしってる。

 カノンもなんだか様子がおかしい。

 やっぱり、俺なんかとキスしたら、そりゃ変にもなるわな。

 別に期待してないぞ、そうしないって決めたんだ。


 俺は、木陰に座らせていた赤髪のお人形と黒いぬいぐるみを担ぐ。

 テルの柔らかい太もも。

 それに食い込む自分の指が喜んでいる。

 スヤスヤと眠るテルを担いだ姿がガラスに映る。

 その姿は、まるでちょっと大きな娘をおんぶする父親のようだ。


 テルって可愛いな、やっぱり。


 むふっ、とニヤケてしまう。

 こんな暖かいお人形を触ってるなんて、変化のない真っ黒な人生のレールの上を歩いてきた俺には考えられないことだ。

 そんなことを考えていると、隣を歩いていたカノンは目を細めて俺の顔を覗く。


「ねぇ、リュート。今、エロいこと考えてたよね? やっぱり、私がテルを担ぐわ」


「良いって、意外ときついんだぞ? テルだって立派な女の子だ、結構重いし」


「……重いはやめてあげて。テルが可哀想よ。とりあえず、あんまりニヤつくのやめて、ムカつく」


 カノンは、俺のどうしても持ち上がる頰を引っ張ると、思いっきり空の方へとギュッ!


「あだっ!」


 俺のテルを担ぐ体がよろけ、痛いけど摩れない頰を真っ赤にする。


「痛っ!! なにすんだよ!!」


「サイテー、キモい。死ねば?!」


 カノンは、急にご機嫌斜めになる。

 胸の前に二本の腕を持っていくと、頑丈に体をガードする。

 さっきまでのあのエロい顔はどこにやら。


 てか、そんなにニヤけちゃダメかよ?!

 テルは背丈は小ちゃいけど、ちゃんと胸があるからか?!

 背中に当たるこの胸が気に食わないのか?!


 てか、急にカノン、えらくストレートだな!


 ◆◆◆◆◆◆カノン目線


 私はリュートの前に出ると、ツンと唇を尖らせ、上を向きながらドスドスと歩く。


「……なんで、私怒ってんだろ。馬鹿みたい」


 呟いても、リュートには聞こえない。

 わかっているから、声が出てしまう。


 私は彼を拒絶をしているわけではない。

 恥ずかしくもないし、増して自分からリュートにキスをしたのだ。

 なのに、この感情はなんなのか、説明はできなかった。

 胸の前にあるこの二本の腕は、ガードなんかに使いたいわけじゃない。


 何かを挟みたいのだ、自分の胸元に寄せるために。


 ◆◆◆◆◆◆リュート目線


 ……えーたぁ……。


「んっ?」


 俺は急に謎の言葉を聞く。

 エータ?

 今、そう聞こえた。


 後ろにいるのは、カノン。

 そして、俺が担いでいるテル。


 テルが今、何か言ったのか?


 赤髪ツインテールのテルはムニャムニャと口を揺する。

 唇は、何かを咥えたかのようにプルプルと震える。

 ふふっ、とテルは少しだけ笑って俺の背中に顔を埋めるのだ。

 可愛いは、やはり正義だ。


 もぐもぐもぐもぐ、テルはペロリと舌を出す。

 何か、美味しいものでも食べたかな。

 天使だよ、テルは。


「おい! リュート!!」


「おっ」


「な、なぜだリュート! 俺は、その背中に担いでる天使を知っているぞ! なぜお前はその子をおんぶしているんだ!」


 噂をすれば、前からエータが現れた。


 彼が着ているのは、高校の時からずっと着ているオレンジ色のパーカーだ。

 こいつと長く接しすぎて、エータといえばオレンジ、オレンジといえばパーカーと思ってしまうほど俺は洗脳されてしまった。

 これ以外の服装を着たエータを俺は見たことがない。


 オレンジ色が好きなのは分かるがそればっかり学校に着て来てたら、「エータって人、また同じ服きてるわ。洗ってないんじゃない?」って周りから不潔がられるぞ?


「おう、エータ。なんか、久しぶりに会う気がするな」


「おう、そうだなリュート。じゃなくて、どうしたんだよ!!」


 後ろを指差して、テルを見ながらワナワナする。

 ってか、エータのその反応は当然かもな、大学内で女の子を担ぐなんて行為、普通なら視線だけで殺される。


「いや、これには深いワケがあるんだ。頼むから騒ぐなよ、めんどくさいから」


 そういうと、俺は重そうにテルをもう一度肩に背負い直す。

 よいしょ、と。


「おまえ……江夏さんを抱きながら、テルさんまで抱いたのか?!」


「だ、抱く!? リュート、あの人に変な事言ったの?!」


「い、言ってねぇよ! エータ、勝手に決めつけんなよエロ猿!」


 来た来た、こいつの妄想!

 女って単語を聞けばすぐにセックスやらラブホテルやら連想する猿だ。

 大学入ってから、こいつはセックスのことしか考えてないな。

 ……待てよ? エータのやつ、さっき『テルさん』って言ったか今。


「おい、エータ。この女の子知ってんのか?」


「ん? あぁ、知ってるもなにも、俺、この子のおっぱい揉んじゃったもん」


 ……は?

 は?

 ちょ、はぁ?!

 そんなこと言ったら、後ろにいる方が怒り……。


「ちょ、今の話は何?」


 あ、前どうぞ。


 カノンは腕を組んでいたが、急にフリーハンズの体勢をとる。


「……ねぇ、エータ君だったっけ? どういうことか説明して欲しいんだけど……?」


 黙ってエータをやり過ごそうとしていたカノンは、急に俺の前に出てにこりと笑う。


 俺には分かるぞ、カノン。

 頼むから、魔法で脳みそになんかすることだけはやめてあげてくれよ?


「あぁ、江夏さん。いいけど、テルさんは大丈夫なのか?」


「ううん、それよりも、なんで胸を触ったの?」


 これは、結構ヤバめだな。

 カノン、かなりご立腹。

 紛いなりにも知り合いのおっぱいを触ったという事実は、他国の王女だとしても許していいことではないのだろう。

 そろそろ、カノンは王女モードに切り替わりまーす。


 と、思った時、エータはこんなことを口にする。


「いや、テルさんから揉まれに来たんだぜ?」


 エータは頰をポリポリと掻くと、少しだけ空気が凍る。


 え?


 は?


 どういうこと?!


 つづく。

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