第19話 ディープ・ディープキス


 こんなことして、いいのか?

 いいんだよな?

 だって、カノンが舌を出せって。

 舐めてあげるって。

 合法……だよな?


「ほら、早く出しなさいよ!」


 急かすカノン。

 カノンの化粧がより一層綺麗に見える。


 待ち時間、ずっと化粧を直してたのか?

 カノンはすでにここまで美しいのに、いったいどこまで可愛くなれば気がすむのやら。


 しかしながら、俺はある事実に気付く。

 それは、口紅が付いていないこと。

 いつもなら薄い桃色の口紅をつけてるはずなのに、拭き取ってきたのか。

 それって、つまり最初から……!


 俺は、ゆっくりと舌を出す。

 真っ赤な俺の舌には、毒針のように無数に刺さった飴が見える。


「……いいわね?」


「……おう」


「……目を瞑りなさいよ、恥ずかしいでしょ」


「……おう」


 俺は瞼のシャッターを確実にロックして、カノンに感帯を晒す。


「……行くね?」


 暖かい息が顔に吹きかかる。

 鼻の先に何かが当たる。


「ふんっ……ふんっ……」


 カノンの鼻息が舌にかかる。

 そして、ゆっくりと舌先に湿った唾液が乗せられる。

 ゆっくりと表面を撫でながら、奥へ、奥へとカノンの舌が入ってくる。


「……!!!!」


 苦い!!

 不味い!!

 辛い!!


 俺は少しだけビクつくと、カノンはすぐに俺の肩を抑える。


「わはってる!! へんなあひがふるんでほ!! これがのろいほ!!」


 カノンが喋ると、口の中に息が入って、とても変な気分になった。


 カノンという超絶美少女がキスの相手であるはずなのに、なんだかすごい不快で、今すぐにでも突き飛ばしたくなる。

 早く、アイネを追いかけて瓶の中に思いっきりぶっかけてやりたい!!

 だが、これはアイネがかけた洗脳魔法だ、持って行かれるんじゃない俺!


 これが……呪いなのか……!


「あと、もうふこひ。もうふこひ……」


 カノンはふごふごと俺の口の中を弄り回す。

 カノンの舌はとても繊細で、とても柔らかいし、暖かくて気持ちがいい、はずだ。


 しかし、呪いはそれを拒み、書き消して、吐き出すために、胃液を喉から出させようとする。


 俺はただただカノンから中身を舐められるのが嫌で嫌で仕方がなかった。


 そして、カノンはゆっくりと蓋をした。

 舌の奥の、奥。

 最深部まで舌を出して舐め始める。

 喉の奥に引っかかった最後の飴玉。

 それを取り出すために、カノンは俺の奥へ奥へと舌を伸ばす。


「……うふうっ……」


 嫌だ! これ以上カノンとこんなことできない!


 耐えきれなくなった俺は突き飛ばそうと肘を曲げた、瞬間。


 ◆◆◆◆◆◆


 ふと、俺は我に帰った。


「ほへた!!」


 カノンは奥からゆっくり、ゆっくりと俺の舌を舐め上げる。


 俺たちの口から糸が出て、春風に靡かれて橋が揺れる。

 長い時間お互いの舌を舐めあっていたのか、変な味がする。


 とても、甘くて、切ない味だ。


 俺は抑えられない気持ちになって、ゆっくりと胃液とともに何か大切な感情を飲み込んだ。

 カノンへの思いがドロッと自分の中に入ってくる。

 そして、喉に引っかかり、胃に入り、そして降りていき、膀胱に入って、溜まって、共に飛び出すのだ、俺の子供汁と。


「……これね、アイネの呪いは」


 カノンはベッと手の上に吐き出す。

 糸を弾きながら現れたのは、緑色で正方形に近い飴玉だった。

 まさに、アイネが俺とキスをする前に持っていたそれだ。


「……ありがとう、カノン」


「いいわよ、別に」


「……」


「……」


 お互い、唇についた唾液を拭き取る。


 俺は拭くフリをしながら、少しだけ舌で舐めてみる。

 味はしないが、なんだか卑猥だ。


「……勘違いしないで、私だってこんなことしたくなかったわ!」


「……。ありがとう」


「な、なによ! 調子狂うわね! いつものリュートなら飛んで喜ぶでしょう! 『女の子にキスされたヤッタァ!』って! 気持ち悪いったらないわ!」


「あは、は! はぁ」


 なんだか、マジになってしまう。

 これだから、男っていう単純な生き物として生きていくのは嫌なんだ。

 勘違いしちまう事が多いし、女の子に見られるだけで俺は惚れられてるなんて思っちまう。


 カノンが俺の事を好きなわけないのに、期待しちまうよ、バカだな俺は。

 カノンだって本当は、自分の国に帰って、別の国の王子様と結婚して、どこかのイケメンとエッチして、たくさん子供を産んで、煌びやかな毎日を過ごしたいだろうに。

 こんな貧相で良識のないデタラメな俺とエッチするために異世界から来ただなんて。


 初めから、期待する気は無かったのに。


 なんで、こんな女を気になっちまったのか。


 ◆◆◆◆◆◆カノン目線


 私は顔に手を当てる。


「……本当、私って馬鹿ね」


 リュートは私に利用されようとしてくれてる、馬鹿真面目で優しいヤツ。

 みんなを悲しませないために常に笑顔で。

 本当は、私たちみたいな日常を破壊するような分子なんて帰ってしまえばいいと思ってるのに、口に出さない。


 呪いを解く方法だって他にたくさんあるのに、なんで古典的な方法を選んだんだろ。

 口紅まで拭き取って、まるでキスする気満々だって言ってるようなものじゃない。

 さすがに、リュートも違和感に気づいたかな?


 この頃、リュートの顔を見ると身体が熱くなる気がする。

 やっぱり、そうなの? 私の心。



 今、私はリュートが好きなの?


 つづく。

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