第18話 テルの本気


 山が消えてから数秒後。

 風圧に押し負けた俺は、後ろに吹き飛ばされる。

 紙吹雪のように散っていく校舎。

 その先には一人の少女。


「……やってくれてわね、テル」


「うるさい、痴女が!! 死ねぇぇぇぇ!!!!」


 テルの口から繰り出されるビームは止まらずに、いたるところに熱を与えてドロドロに溶かしていく。


 熱の中に滞留するアイネはまもなく服が破けて皮膚が剥がれ始める。

 その光景を永遠に見つめるしかない俺は、魔法の恐ろしさを目の当たりにする。


 女の子だからといって、可愛い魔法だけを所有するなんてのは嘘だ。

 ちゃんと相手を殺す魔法も持ち合わせているに決まってる。

 その証拠が、これだ。


「……無理。リュート君……!!」


 そして、テルは最後の締めくくりとして、口をさらに大きく開ける。


「死ねぇぇぇぇぇぇ!!!!!!」


「う……っ!!」


 ぼふっ。


 赤く、黒くなって消えたアイネを確認すると、テルはゆっくりと口を閉じる。


 ビームが消え失せると、あたりは急に真っ白になる。

 そして、空は次第に白から赤に変わり、光がどんどん膨らんでいってるように見えるんだが……?


 あれ、太陽じゃね?


 え! 太陽じゃね?!


「ベルちゃん、もう融合解いていいよ」


「あぁ分かってるよボケ!」


 すると、テルの体に纏っていた黒々とした塊がグチャっと音を立てて口を開く。


「ありゃー、こりゃやっちまったな、テル。どーする? こいつだけでも連れて帰って、精液いただいたらいいんじゃね? ボケ!」


「だめだよ、ベルちゃん。精液だけじゃ物足りないよ。だって、私のリュート君なんだよ? 体ごと貰うしかないでしょ?」


 黒い塊が二つに分裂すると、そこには赤髪の可愛らしいテルと、黒い塊のベルが現れた。


 あたりは焼け野原になり、まもなく地震が起き始める。

 太陽が暴発して、あたりに高速で発射されたフレアが地球に向かってきているのが肉眼でもわかる。


 おい! 嘘だろ!!


「なぁ! テル! どうすりゃいいんだ! まだ死にたくない!!」


 俺は、燃え尽きていく校舎を眺めながら後ずさりをする。

 すると、テルはニヤリと笑ってベルの方を向いて頷く。


「じゃぁさ、リュート君? 行こっか、私たちの国へ!」


 テルはゆっくりと俺に手を差し伸べて、にこりと笑う。


 美少女の最高の笑顔……だというのに、自分の吐き出した熱波を放つビームで歯が焦げて、真っ黒になっていた。


「はっ、はっ! あぁっ!」


 俺は叫びだしたくなるほどに狂っていた。


 あたりから聞こえる悲鳴。

 誰かの亡骸。

 熱で灼き焦げる森。

 溶けていく校舎。


 それは、全て、俺の責任なのかよ。

 なんで、こんなことになるんだよ。

 なんなんだよ、本当に!!


 テルの手がゆっくりと俺の目の前まで近づいていく。

 その手のひらには、赤い、赤いアイネの骨が付いていた。


 俺の、俺のせいで、みんな死んだんだ。

 嫌だ、俺がこの世界にいたから生物全てが死んだなんて!

 なんで、俺が勇者なんか産まなきゃならないんだよ。

 なんで、俺が破滅の原因になるんだよ!


 嫌だ嫌だ嫌だ、死にたくない!

 死にたくない、誰か助けてくれ!


 俺はプルプルと震えながら、テルの優しい手を取るために手を伸ばす。

 一層の事、この世界を捨てて俺だけ生き残ろうか?

 誰も文句言わないよな?

 だって、俺は勇者の産みの親なんだから。






「はい、しゅーりょー」


 突如としてテルの背後に現れた胸の大きい美少女は、赤髪の頭をコンと叩く。

 すると、テルは石になってボロボロに崩れていった。


「ったく、本当に強引な女ねテルって。目を離していられないわ」


「え、カノン?」


 そこにいきなり現れたのは、カノンだった。

 瞬間移動なのか、初めからそこにいたのか。


「ほんと、リュートは馬鹿ね。魔法ってのはそもそも幻覚に近い類の現象なの。しかも、こんな低スペックな幻覚に騙されるなんて、目も当てられないわ」


 カノンは辺りをキョロキョロとうろつき始めて、アイネだったモノを拾い始める。


「……は? どういうことだよ」


「前にも言ったでしょ。ここは『結界』の中よ? 外から影響を受けない、濃厚な魔力が作り出す空間なの。でもね、その結界の内側の風景にも魔法が当たる仕組みになってるのよ。ほら、太陽が爆発してるじゃない? でも、実際は熱くないでしょ? 結界外の仮想空間だから、これを解けば外は普通に平和よ」


 カノンはアイネの肉片を拾い集めると、リュートに差し出す。


「ほら、これよくみてみなさい。飴玉の破片よ。多分だけど、アイネお得意の砂糖菓子を使った魔法ね。ほんと、私の周りにはガキばっかりしかいないのかしら?」


 リュートは手のひらを覗き込むと、確かにアイネが持ち歩いていた飴玉の瓶の中身とそっくりだった。


「結界張ったまま外に逃げたから、外界の風景が動きだしたのね。まったく、路上駐車してるのと一緒よ。解いて出ないと一生残り続けるのよ結界は」


 そういうと、カノンは右手を振り上げてぐるぐると回転させる。


「ウィネル・スティルベル・カネリサンドリネ!!」


 詠唱を完了すると、ゆっくりと緑色の空間が剥げ落ちて、元の空間に戻ってきた。


 山はちゃんと残っていて、校舎も溶けてない。

 そして、石になって砕け散ったはずの女の子が横になっている。


 テルとベルだ!


 魔力を使い果たしたのか、二人はコンクリートと砂の上ですやすやと眠っている。


「本当に、ありがとうカノン。てか、テルは嘘をついてたんだな? 世界が壊れたから異世界に逃げようって言ってた。あのままだったら、テルの口車に乗せられて本当に異世界へ飛んでしまうところだったよ……」


 俺は緊張した肩をゆっくりと下ろすとへなへなと腰を下ろす。

 よかったぁ……。

 俺が世界滅亡のトリガーにならなくて。


「ほんと。間に合ってよかったわよ。向こう側に帰っちゃったら、一貫の終わりよ。私たちの次元の空間ね、この地球って場所よりもプラス重力30倍くらい違うからね。なんの魔法もかかってないリュートがそっちに行ったら内臓が一瞬で潰れて死んでたわね」


 カノンは俺の目の前でパンと手を叩く。

 その音が俺の鼓膜にビリビリ伝わってくる。


 おそらくはどっちかの手が地面、もう片方の手は俺なんだろう。

 そして、ものすごい強い力で彼女の手が鳴った。

 それが俺なんだとしたら、ものすごい量の血しぶき上がるんだろうなぁ。

 カノンの手のひらが赤く変色してるし。

 本気だ、カノンは。


「……やべ、テルって重力のこと知らなかったのか」


「知ってたら、リュートを連れて帰らないわよ。あなたが横でペチャンコになるの分かって連れて帰るなら、サイコパスよ。あの子は身体が丈夫だから、こっちとあっちの重力の影響なんて関係ないのよ。だから、リュートが向こうの世界になんの魔法をかけずに行っても大丈夫だと思ってたんでしょうね」


「つまり、テル以外のアイネやアリア、そしてカノン達は……魔法とかで重力操作してここにいるんだよな、分かる分かる」


「そ。マイナス30倍の圧を体の内側からかけてるわ。じゃないと、体が膨張して破裂しちゃうからね」


 その話を聞きながら、俺は横たわるテルを担いで、旧焼却場を後にする。


 先の戦いでわかったこと。


 テルは強いこと。

 そして、この赤髪は案外頭がキレること。

 まぁ、結局は知識不足のバカだったが。


 ギャップが凄すぎて頭がついていかない。

 この可愛い見た目で、太陽すらもぶっ壊すレーザー砲を口から発射するんだぜ?

 いっそのこと、テル単体で魔王軍と戦った方が効率がいいんじゃないか?

 勇者なんて必要ないだろ。


「テルって……怖いな」


「そうね。多分私たちの中で攻撃力と破壊力だけは圧倒的に高いだからね」


「……テルの国に逆らったら、地球って終わるんかな」


「……んん」


 答えてくれよ。


 あと、ちょっとだけ出ちまった。

 股間が暖かい。

 仕方なく履いていたカノンのパンティーを汚してしまった、すまない……。


「あ、忘れてたわ、止まって。今からあなたにかかった魔法薬を解くわ。アイネが居なくなったから効力は薄まってるけど、また彼女があなたの前に現れたらまた『アイネちゃ〜ん、俺とエッチしよ〜』状態になるから。それだけは許せない」


「あ、ん?」


 あ、アイネから無理矢理食わされた飴玉のことか。

 キスされた時に飲み込んだアレのせいで、一時的に操られたようになってたもんな。

 洗脳じゃんか、アイネは嘘をつきやがった。


「で、どうすりゃいいんだ? カノン」


「そうね。し、舌……出して」


 は?


「ベロを出して、べぇーって! ほら早く!」


 カノンはなんだか焦ったような素振りを見せる。

 普段こんな表情を見せることはないのに、珍しい。


「え、なんで?」


 カノンに向けて飛ばしたいつもの言葉。

 しかし彼女は、ジッと俺を見つめたのちに何も答えずに下を向く。


「……私が舐めとってあげるわ。テルはそこの木陰に置いてきなさい。早く!」


 カノンは顔を赤くしながら、斜め方向や靴を確認し始める。


 マジかよ、舐める……のか。


 それって……。


 ディープ……キス……だよな?


 つづく。

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