第5話 カノンvsアリア


 優しい音がこの駐車場に響きだし、反響した魔力の光たちがカノンの周りに集まっていく。

 綺麗な粒子がカノンを包み込み、イルミネーションが出来ていくような錯覚に陥った。


 対するアリアは、ヴァイオリンから赤い糸が沢山出ている!

 あれが血線の正体と言うのか?!

 何重にも重なったのか、その糸はとても太いものになっていて、糸先がアンカーのように鋭く尖っているのがわかった。


「さぁ、行きますわよ、カノン!!」


「えぇ! そっちも覚悟しなさい!!」


 そして、アリアはヴァイオリンからボウを離し、思い切り俺らの方に血線を飛ばしてきやがった!!


 その数は約10本、四方八方に飛び交う血線がこの狭い空間を紡ぐように繋がり、忽ち風景をルビー色に染めていった!


「っ! 危ない!!」


「うおあっ!!」


 俺の目の前にカノンが飛び出してきて、純銀サーベルを振り回す!

 すると、今までの血線とは全く違う音を立てながら空へと弾かれていくのだ!!


「ちょっとアリア! リュートに血線が当たったらどうするつもりよ!!」


「大丈夫ですわ! リュート様に当たっても私が治して差し上げられますから!!」


「冗談じゃないわよ! リュートに迷惑をかけるなって私に注意したのはあなたでしょ?! 間違えて即死させちゃったらどうすんのよ!!」


「即死しない程度に投げますわよ、そしたら! 本当、文句が多い女ですわね!」


 とか言ってアリアはヴァイオリンから新しいアンカー付きの血線をたくさん取り出すが、そういう問題じゃないだろ?!


「か、カノン! アリアって本当は俺を殺すつもりなんじゃないのか?!」


「っな訳無いでしょ! ほら、また来るわよ!!」


 カノンはヴァイオリンを構え、再びアリアから飛んでくる血線から俺を守るために前に立ち塞がる!

 ……カノンっ!!

 なんていい奴なんだ!!


「さぁ、第二波!! 受け止められるかしら?!」


 そして、アリアは血栓を飛ばす!

 見る感じ、前回の量の2倍はあるぞ!


「ったく、そんなに血を飛ばしたら貧血で倒れちゃうんじゃない?!」


「その前にカタをつけますわ! さぁ、そろそろ終止符を打ちましょうか?!」


 アリアはそう叫び、金髪を揺らしながら何度も回転し始める!


「おいカノン! アリアの様子がおかしいぞ!!」


「わかってる! まずは血線の処理からよ! ってかリュートは黙ってて!」


 カノンは蜘蛛の巣のように結ばれた大量の血線をサーベルで弾き返しながら俺を守ってくれるものの、彼女は今なにが起こっているかを把握できてないみたいだ!


「カノン! アリアが消えたぞ! どこにいったんだよ?!」


「もうっ! 集中が切れるでしょうが! 演奏続けるのも結構大変なのよ?!」


 でも、アリアが血線の中に潜り込んで行ったんだって! という言葉を発そうとした、その瞬間だった!!







「かかりましたわね、カノン!!」


「「?!?!」」


 ぐるぐると真っ赤な血液が吹き飛びながら血線から現れたのは、金髪の少女、アリアだった!


『G線上のアリア』!!!!!!


 そう叫んだ瞬間、アリアの奏でていたヴァイオリンの音は止まり、カノンの首元へと彼女のボウが振り下ろされた!


 しかしながら、そのボウはカノンの純銀サーベルによって弾き返され、二つの剣がつばぜり合いをする様に二本のボウが火花を散らした!!


「っ! アリア! そんなこともできたのね! でも、もう少し早くしないと手の内がバレちゃうわよ!」


 そしてカノンはアリアのボウを上へと弾き、血線をサーベルでぶった切った!

 しかしアリアはすでに血線の中に隠れてしまっていて、彼女を捉えることはできなかった。


「ちょこまか逃げてんじゃないわよ、アリア! 正々堂々戦いなさい!」


「馬鹿ですわね、これが私の戦い方ですの! カノンこそずっとヴァイオリンを弾き続けるだけで攻撃しないなんて、演奏者シンフォニカの恥ですわ!」


「ったく、アリアは昔からせっかちなのは変わらないのね! あなたのように計画性に欠ける魔法とは違うのよ! ほら、次はどこから攻撃してくるつもり?」


 カノンはそう言って純銀サーベルをティレジアルの弦につけて再び演奏を始める!

 魔法の粒子がカノンの周りを包み込むにつれ、彼女は神々しく輝いていくのだ!


「か、カノン! 体が光り輝いてんぞ! これも魔法か?!」


「そう! これが私が持つ魔法の真骨頂よ! よく見ててなさい、リュート!!」


 カノンは嬉しそうに、楽しそうにヴァイオリンを弾き鳴らす!

 しかしながら、アリアもカノンに魔法を打たせまいと血線をこちらに飛ばしては突撃を繰り返す!


「さぁ、カノン! これ以上演奏し続けるのは魔力の無駄遣いでは無くて? そんなんでリュート様を守り続けることはできるのかしら?!」


「あなたに言われずとも、私の魔法を見せつけてやるわよ!」


 カノンが奏でるのは、パッフェルベル作曲の有名な曲である『カノン』だ。

 中学校の卒業式とかで聞き覚えがあるこの曲は、最初は寂しげなフレーズだが、時間が経つにつれて主題を追いかけて行くように同じようなフレーズが流れ出す。

 詳しく言えば、この曲は『輪唱』と呼ばれる曲で、まるで人の人生の流れのようなクラシックだという印象を受けて式典などでは好まれている。

 そんな『カノン』を弾くカノンは徐々に光りだすティレジアルを眺めながら、俺に向けてこう叫ぶ!!


「リュート、そろそろフィナーレよ! 目をかっ開いて見てなさい!!」


 カノンがそう叫んだ瞬間、彼女はサーベルを目の前で一回転させ、目の前に大きな砲台を召喚してみせた!!


 ドカン!! と音を立ててコンクリートにめり込みながら落ち、アリアの張った血線をグラグラと揺らした。


「な、なんだそれ! めちゃくちゃでっけぇ大砲だな!」


「そうよ、これが私の魔力を放出する装置、名付けて『カノン砲』よ!! どうかしら、この重厚感!」


 カノンはそう叫びながら、アリアが飛び交う血線を眺める!

 と、アリアは血線から飛び出してきて、露わになった胸元を血線で隠した!!


「ちょ、カノン! それは流石にやりすぎですわ! 結界の内側全てを焼き払うつもりですの?!」


「はぁ?! おいカノン! それはどういうことだよ!」


「うっさいわね! ラチがあかないのよ! これが最後の忠告よ、アリア! あなたがここで手を引くのであればカノン砲は撃たないわ! 引かないなら、アリアの体ごと全て撃ち壊しちゃうわよ! どうせあなたは死なないんだからいいでしょ!」


「で、でも少なからずあなた達にも影響が出るでしょう?! こんなに狭いんですのよ?!」


「それがどうしたっての?! で、手を引くの引かないの、どっちなのよアリア!!」


「ひ、引くわけないでしょ! ここまで来ておいて逃げるなんて選択肢はあるわけありませんわ!」


「……そう、だったら遠慮なく一発お見舞いしてやるわよ、覚悟しなさい!!」


 カノンはそう言うと、もう一度ティレジアルの弦の上にサーベルを乗せた!!


「ちょ、おいカノン! そこまでにしとけって! 俺はもう抵抗しない! 二人で俺を分け合えばいい! 殺し合いなんて俺みたいな奴のためにするのはやめてくれよ!」


 俺はカノンにそう叫んで思いを伝えるものの、もう彼女はアリアの心臓に照準を合わせているようだった!

 カノンのヴァイオリンは光り輝き、弾く度にティレジアルから流れ出る五線譜が飛び交ってカノン砲へと充填されていく!!


「さぁて、そろそろ撃つわよ! 耐えられるかしら?!」


「っ!! もう、昔からそういう強引なところが嫌いですわ!」


「なんとでも言いなさい! リュート以外から嫌いって言われることなんて何とも感じないんだから!」


 そして、カノンはティレジアルからサーベルボウを離し、爆発しそうなほど膨れ上がったカノン砲の導火線に摩擦で火をつけた!!


「私の主題を聞きなさい! これが私が誇る最強魔法! 輪唱に混ざって消えなさい!!!!!!」


「っ! カノンのバカっ!!」


 そう叫び、アリアは各地に張り巡らせていた血線を全てヴァイオリンに戻していった!!


「威力に震えなさい! うりゃぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!! カノン砲、発射ぁぁぁぁぁあ!!!!!!」





『カノン』!!!!!!





 カノンが腕を振り下ろした瞬間、目の前の空気が張り裂ける音と共にアリアは閃光の中に消えていったのだ!!!!!!


「うわぁぁっ!!」


 俺は余りにも明るい光線と雷鳴のような爆音に目と耳をやられ、暫しの時を過ごした。

 肌に触れるのは焼けて焦げたコンクリートの熱、そして鼻に突き刺さるのはグツグツと煮えたぎる匂い。


 俺は目の前に広がる地獄のような光景をただただ眺めることしかできなかった。


「あらぁ……気合い入れすぎちゃったわね」


「気合い入れすぎた、じゃないぞカノン! どうすんだよこの駐車場!!」


「大丈夫よ! なんか適当に言っときゃ大丈夫よ! えっと、魔法を間違えて撃っちゃった、とか!」


「バカ言え! 一般人は魔法は使えないっての!」


「じゃ、じゃあどうすればいいってのよ、リュート!!」


「知るか、そんな事! 修繕する魔法使えよ!」


「嫌よ、本当に魔力が無くなっちゃうじゃない!」


 と、カノンと言い争っていると、煙の向こうから血線が飛んできたのだ!

 俺の体の周りをぐるぐると回ると、俺を縛ってギュッと引っ張ってきやがった!


「っリュート様! 逃しはしませんわ!」


 そこにいたのは、全身ボロボロになったアリアだった!

 アリアの周りを覆うように真っ赤な壁が出来ているのを見る限り、きっとアリアは血線を紡いで防御壁を作ったんだ!


「ほんと、諦めが悪いのよアリア! リュートはもう私の彼氏なの!」


 いや、まだ俺はカノンを彼女だと認めてないんだけど。


「そんなの関係ありません! 私はリュート様と子供を作る! 作りますわぁっ!!」


 アリアは血線を杖のようにしてこちらへと向かってくるが、胸を覆っていた血のブラジャーはぽとぽとと崩れ落ち、杖もアイスの様に溶けていくのだ。


「……まだ、まだ私はやれますわ、どうか、リュート様……」


 そしてアリアはその場に倒れ、血でできた壁や結界は全て崩れ落ちていった。

 俺を縛っていた血線も取れたようで、気づけば自由に動けるようになっていた。


「だ、大丈夫かよ? アリア」


「大丈夫よ。私は忠告したのになぁ。アリア、血線を飛ばして戦うでしょ? あまりにそれを使い続けちゃうと貧血で倒れんのよヴァンパイア種って。私と初めて会った時は血線を飛ばさなくても貧血で倒れてたのに、アリアにしてはよく頑張った方なんじゃない?」


  カノンはティレジアルとサーベルを空間の中に直し、倒れこんでしまったアリアを仰向けにした。


「うわっ、バカノン! アリアはおっぱい丸出しなんだから起こすなよ!」


「バカノンって言わないでよ! とりあえず彼女に服を着せましょうか。こんな血塗れだけどどうしよう……」


「アリアの脱いだ服が全部焼け焦げてる……。仕方ない、俺のジャケットを着せてやるか。ほら、アリアに着せてやれよ」


「もう、仕方ないわね」


 カノンは俺のジャケットを血塗れになったアリアに着せてあげ、胸元がギリギリ隠れるまでチャックをあげた。

 あのジャケットも初給料で買った良いジャケットではあったが、アリアが裸のまま街を歩いて連れて帰るよりかはマシかと思ったのだ。


「なぁカノン。アリアを連れて帰るにしても、これからどうするんだ? ぶっ壊れた駐車場も直さなきゃだし...」


「うぅん。流石にこの壊れ方はまずいわよね……。でも、直すだけの魔力なんて残ってないし」


 なんて会話をしていると、何処かしらかサイレンの音が聞こえてきた。

 この音は間違いない、パトカーの音だ!


「カノン! やべぇぞ警察が来た! お前らが暴れ回るから結界外の場所も壊れたんじゃないのか?!」


「うっ! たしかに警察に捕まるのはまずいわね! リュート、逃げるわよ!」


「お、おい待てカノン! アリアを置いて逃げるつもりかよ?!」


「当たり前でしょ! アリアを連れて逃げるのはもう無理よ! ほら、リュートも捕まりたくないなら私の手を取って!」


 カノンは俺の手を差し出すように告げると、俺は仕方なくアリアを置いて彼女の手を取ることにした。


「じゃ、行くわよ! ちゃんと捕まってなさいよ!」


 そしてカノンは俺の手をぎゅっと握った。

 瞬間、俺たちは空を飛んでいたのだ!

 この月明かりが明るい夜、まるで映画のワンシーンにいるかのような錯覚を覚えながら真夜中の街のビルの上を跳ねていた!


「すげぇ! カノン! お前こんなこともできんのかよ!」


「うん! 魔法があればなんでもできるのよ! 良いでしょ、魔法って!」


「あぁ! 最高の気分だぜ! ひゃっほぉぉぉ!!」


 俺たちは気付かぬうちに手を握り合っていたんだ。

 それが擦れるのに抵抗も無く、お互いの距離はどんどんと近くなっていった。

 はぁ、なんだよ。

 カノンって結構いい奴じゃねぇかよ。


 俺はカノンの握った手をさらにギュッと握り締め、心を許したことを暗に伝えてやった。

 まぁ、どうせカノンは気づいてないんだろうけどな。


 ◆◆◆◆◆◆


 それにしても、カノンは俺をどこまで引っ張り続けるつもりだろうか?

 もうアリアや警察は追ってこないだろ?

 あたりが月明かりでこんなに明るいのに、どうして路地裏を行こうとするんだよ。


「ふぅ。ここまでくれば安心よ。良かったわね、追ってこなくて」


 汗を流しながら走っていたカノンの綺麗なファンデーションは、今はもうドロドロに剝げ落ちてしまった。


「ねぇ、リュート。お話があるんだけど、いい? とりあえず、あなたの家に行きたい」


「は? あ、あぁ。別に良いが、なんで俺の家なんだ?」


「なんでって、そっちの方が色々と都合がいいからよ」


「ん? まぁいいぜ」


「じゃ、行きましょう。今日が一番、絶好のタイミングなんだから。急がないと終わっちゃうわ」


 カノンはポツリとなんか変なことを言う。

 俺は聞き逃さずにそのことについて聞いてみた。


「何のタイミングがいいんだ?」


「え? 何のって、その……」


 そして、カノンは少しだけ赤くなる。

 うーん、と悩んだような顔をしてパッと俺の方を見る。

 柔らかそうな唇がゆっくり開き、彼女は目をウロウロさせた。


「な、何って……。今からヤるのよ、セックス。今日が一番最高の日なの」


「あ、セックスね、なるほどはいはい」


 ……はぁ?


 ピクリと動いたのは俺ではなく、俺のバベルだった。

 決して俺の意思で動いたのではない。

 ただ、セックスというパワーワードが俺のバベルの感度を大幅に上げやがった!


 てかこの女、俺とセックスするだと?!

 え、な、なんなノォ?!


「お、お前もアリアと同じかよ!!」


 つづく。

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