第2話 彼女 (仮)と喧嘩?!


 ◆◆◆◆◆◆


「はぁ、はぁ」


「何よリュート。男の子だってのに体力は無いの? これくらいの距離を走っただけでゼーゼー言って、だらしないったら無いわ」


「う、久しぶりに走ったんだよ! て言うかお前! 急にその剣振り回しながら走ってどうしたんだよ!」


「仕方ないでしょ、アリアが血線をそこら中に張り巡らせたから、切りながらじゃ無いと逃げられないでしょ!」


「は? 何を張り巡らせたって?」


 俺はカノンから繋がれた手を無理矢理離し、彼女の持つ凶器を睨みつける。

 ここは大学の屋上、始めて来た。

 大学の一階あたりでは生徒たちが騒いでいて、頻りに俺たちの名前を呼んでる。

 ……くそ、これじゃまるで俺たちはお尋ね者じゃねぇか。


「そっか、どうやらリュートには血線は見えてなかったみたいね。血線ってのはね、アリアが血液で作り出した謂わばワイヤーみたいなものよ。毛細血管ほど細い糸だから、リュートみたいな一般人には見えないかもね。血線はね、あの子の種族特有の魔力なのよ。ほら、リュートの左足に巻き付いてるのもアリアの血線よ」


 そう言って、カノンは俺の左足を指差す。

 俺はしゃがんで目を凝らして見るものの、それでも俺には見える事はなかった。


「何も無くね? そんなに細いもので足を引っ張られてたって事か?」


「そうよ。アリアの種族であるヴァンパイア種は血を固めて糸を作って発射できるのよ。他にも、血線で造形物やお城を作ったりもしてるらしいわ。まぁ、血線を作り出せるのは極一部の人だけらしいんだけどね」


「へぇ。じゃ、アリアって子は選ばれし者的な奴か?」


「んー、知らない。私もアリアが血線を作り出せる事は初めて知ったし」


「そ、そうなのか。まぁ、いいや。とりあえず足に絡みついた血線はどうやって取ればいい?」


 俺はカノンに向けて左足を出すと、彼女はサーベルを片手で振って俺の左足にゆっくりと添えた。


「血線はね、どんな金属よりも頑丈に出来てるの。鉄はもちろん、ダイヤモンドや合成金属でも切れない。だけど、純銀だけは刃を通すのよ、ヴァンパイア種は純銀が弱点だからね」


 そう言って、カノンは俺の足を見えない糸で吊り上げた後、サーベルを横に振って切ってくれた。

 証拠に『プチ』って音が聞こえた、がしかし何も変わった事は無かった。


「はい、取ったわよ」


「おう、ありがとう」


 俺は立ち上がって軽く足踏みをしてみると、さっきまで何かに縛り付けられていたような感触は脹脛から無くなり、少しだけ解放感を得ることができた。


「……なんかすまない。俺が不甲斐ないばっかりに手、怪我してるだろ?」


「いいわよ、別に。あの子が血線を大学のそこら中に張り巡らせてるなんて思わなかったから。ヴァンパイア種の血線は、ピンと張るとかなり鋭利だからね」


 そう言って、カノンは右手に負った無数の切り傷を左手で覆った。

 出血を顧みずに血線を断ち切るためにサーベルを振り回したからだろう、それが引っかかって夥しい流血を彼女にさせたのだ。


「待ってろ、ハンカチと絆創膏取り出すから!」


 俺は彼女の痛々しい傷を見兼ねてポケットに入れていた二つの応急処置品を取り出そうとしたが、どうもハンカチだけしか無いようだった。

 絆創膏、そう言えば今日の朝に深爪しちまって爪に貼ったんだっけ……?


「だ、大丈夫だからリュート! こんくらいの傷なら私でも治せるわよ!」


 カノンはそう言って俺の助けを拒むと、左手で右手を覆ってギュッと力を込めた!

 すると左手は急に光り始め、眩い閃光が俺の目を眩ませた!!



「っ!」


 そして数秒間瞬きを繰り返して彼女を視界に入れると、そこにはもう傷だらけだった手を持つ少女は居なかった。


「はぁ、血だらけじゃない。女の子に向かって血線を飛ばす吸血鬼が何処にいるってのよ」


 と呟きながら右手から溢れ出す水で血を洗っていた。

 な、なんて自由なんだ、魔法って……。


「カノン、それって魔法だよな?」


「そうよ。見てて分からないの? 逆にこれが魔法じゃなければなんだと思ったのか、説明してみなさいよ」


「べ、別にそれ以外はないけど……」


「ふん、だったら無駄な質問はしない事ね。お母さんに『答えが決まってる事を聞くのは頭が悪い証拠』って言われなかったの?」


「っ! てめぇ!!」


 俺は目を細めて優越感に浸るかのような顔を見せるカノンに向けて拳を1発かましたくなったが、『暴力で解決しようとするのは頭が悪い証拠』とかなんとか言われるとムカつくから辞めることにした。


 しかしながら、一体何が起こっているのだろうか?

 突然の美女の告白、吸血鬼から命を狙われて追いかけられて……。


「ほら、何してるのよリュート、早く渡しなさいよ」


「は? 何をだよ?」


「な、何をじゃないでしょ! ハンカチよハ・ン・カ・チ!! 血を洗ったんだから右手がビチョビチョなのよ! そもそも濡れてる女の子がいたらハンカチとかタオルとかを渡すのは常識でしょ!」


「っ〜! ほらよ、ハンカチだ! それで汚い手でも拭いてろよ!」


「私の手はもう綺麗になったわよ! なによ、この汚いハンカチ! 拭いてもらえるだけありがたいと思いなさい!」


 カノンは俺のハンカチを奪い取り、右手を満遍なく拭く。

 あんなに綺麗な手、今までに見たことがない。


 やっぱり顔が可愛い人は手とか足とかも全部綺麗なんだろうな、なんて少しだけウットリしてみるが、この生意気な女にはビックリするくらい好意は湧かなかった。


「あ、カノン。それでさっき鼻をかんだから」


「は?! 嘘でしょ!?」


「本当だよー、あと2週間洗ってない」


 俺はくだらない冗談を言って仕返しをしてやった。

 ざまあみろ、一瞬で顔色が青くなりやがって。

 なんだよ、結構反応はいいんだな。


「そそ、それってメチャクチャ汚くない……?」


「まぁ、雑菌だらけだわな」


「……!」


 カノンは俺のハンカチを人差し指と親指で摘んで出来るだけ遠くになるように構えた。

 ふふっ、馬鹿な奴め、それは俺が一番のお気に入りのブランド物のハンカチだ!

 バイトの初給料で買った物なんだ、汚く扱うわけないだろう!


 と、彼女が持っているのはブランド物のハンカチだと気付く頃かと腕を組んで待っていると、カノンは人差し指と親指のはさみをやめ、ヒラリヒラリと高級ハンカチを空へと舞わせた。








「えいっ!!」





 そして、ハンカチは音を立てて桜の花びらのように細かくなって空へと消えていった。

 宛ら花火、細かく燃えて、空を踊るようにして消えていった……。


 え?


「どぅぉぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!!」


「え、なによリュート」


 俺は散っていく白いハンカチを手で掻き集めてギュッと握ったが、手のひらの上には真っ黒に焦げてパラパラと砂になっていく粒子しか無かった。


「お! カノン! ハンカチをぶっ飛ばす奴があるかよ!」


「何よ、汚いハンカチを渡してきたリュートがいけないんでしょ、汚物は消毒よ、ったく」


「汚物は消毒って! これじゃ『消毒』じゃなくて『焼却』だろ!」


「同じような物よ、ていうか私に謝りなさいよ」


 カノンはそう言って再び右腕に魔力を込めたのか、大量の水が溢れ出してあたりが水浸しになって行く。


 こ、この女! 俺が何も言わないからって良い気になりやがって!


「おいカノン! なんでそんなに高飛車に接するんだよ! 言っとくけどな、俺はお前に死ぬほど迷惑かけられてるんだぞ?! 大学生活のスタートはお前からの告白で台無しにされて、今こんな状況だ! まともに大学生活送れなかったらどうするつもりだよ!」


「そんなの知らないわよ、私はあなたに会いに来たの。その後の展開なんて私には関係ないわ。第一、理由がなければあなたなんかに告白なんかしないっての!!」


 カノンはずぶ濡れになった右腕を振った後に腕を組んだ。

 かなり腹を立てているのか、口を歪ませて俺を睨みつけてきやがった!!


「どういう意味だよ!! 理由がないと告白なんかしないだと?! じゃあその理由を言ってみろよ!」


「そ、それは今はいいでしょ! とりあえずあなたは私の彼氏なの!」


「それがまず気に食わねぇ! 俺はお前の彼氏じゃない! そして俺はお前とは絶対に付き合わねぇ! お前みたいな腐った根性した女、誰が好きになるかよ!」


「はぁ?! あなたを助けたのは私なのよ?! 私が居なかったらアリアに連れ去られてるわよ! 私が居たから助かった、何か文句あるっての?!」


「あぁ、あるね! 俺はお前なんか大っ嫌いだ! こんなことだったら、俺はアリアって女の子と付き合う方がよっぽど幸せだね!!」


「……何よ、私じゃ満足できないっての? それ、本気で言ってる?」


「あぁ、本気だね! カノンが俺に近づいたせいで大学生活メチャクチャだ!! どうしてくれるんだよ!」


 俺はカノンを叩いてやろうと一歩足を出す!

 俺は昔から男と女に格差があることが何よりも気に食わなかった。


 男同士で殴りあうのは良しとして、なぜ男が女に手を上げるとみんなから吊し上げられるのか?

 なぜだ、それで何故俺は高校生活を台無しにしてしまったのか。

 なぜ、俺の元カノは浮気をしたのか。

 なぜ、俺は元カノの今カレに殴られたのか。

 なぜ、俺はイジメられなければならなかったのか。


 それは人間、人間だからだ。

 物の良し悪しを決めるのは自分じゃない、俺以外の他人だからだ。

 結局、人間は多数派が勝利するように世界がプログラミングされているんだ。

 俺はいつでも少数派の意見だった。

 だから、俺は多数派に踏みつけられながら生活してきたのだ。

 人生、やはり何事も無難に生きるのが一番なのだろう。


「お前みたいな自分の価値観を押し付けてくる女なんて大っ嫌いだ!!!!」


 俺はカノンに向けて拳を振り上げた。

 嫌いなものは全て叩き潰せば良い。

 親から何も教わることなく育ってきた俺には一切教養なんてものはなかった。

 胸の傷が開き、内臓がボロボロと流れ出るような感覚が俺を襲い、心が闇に染まって行くのを感じた。

 所詮、価値観を決めるのは俺以外、そして意見を受け入れて流されるのは少数派。

 俺は、またも流れるように殴るのだ。

 可愛い彼女をまた殴るのだ。











「ご、ごめんなさい……リュート……」









 俺は右足を踏み出した、その瞬間に全てが拭い去られたような気分に陥った。


 動かない足、そしてポツリと水滴が落ちる。

 これは右手が水でびちゃびちゃだからではない、それよりも心臓奥深くが土砂降りだったのだ。


 カノンは泣いていた。


「お、おまえ……」


 俺は振り上げた拳を下ろし、進まなくなった足を揃えた。


 女を泣かせた、例えカノンが横暴だったとしても、俺はそれを受け入れて流す必要があった。

 いつもそうだ、俺は相手の価値観を受け入れずに自分の価値観を押し付ける。

 そして殴られた後に気付くんだ、俺は最低な人間なんだって。


 妥協だ、俺にはそれが足りない。

 優しい言葉をかけてやれば良いのに、『大嫌い』なんて言葉を使ってしまった。


「な、なぁカノン。今のは撤回する。大嫌いはいけないよな? 反省するよ」


「……そんな、今更言ったって無駄なんだから」


「で、でもカノンも悪いところはあったぜ? 俺のハンカチを消し飛ばしたし」


「そ、それはごめん……」


「……ま、まぁ仕方ないさ。カノン、もう喧嘩はやめよう。俺もおまえに助けてもらったのは感謝してるわけだし……」


 なんて、心無いことを適当に連ねてみる。

 どちらにしても俺は女を泣かせたことには変わりはない、ならば泣き止ませてあげるのは泣かせた側の最低限の配慮だろ?


 俺はカノンの所へ行ってどうにかして泣き止ませてあげようと右足を浮かせるが、どうも気分が乗らないようで全く前に進まないのだ。


 ……。


 あれ、体が前に進まないぞ?






「あらあら、カノン。やっぱり私の方がリュート様は幸せになれるんじゃないですの?!」


「「?!?!」」


 俺は左足の体重移動で後ろを振り向こうとしたが、すでに両足は全く動かない状態だ!

 俺には見えなかったが、完全に足に血線が絡まってる!!


「あ、アリア! いつからここに来てたの?!」


「私の体は変幻自在、全身を血線にする事も出来ますのよ? 壁を伝ってきた、って言ったら驚きます?」


 そう言って、俺の後ろにビュルビュルと赤い塊が浮かび上がってきて、いつか見た金髪の女の子・アリアが現れたのだ!!


「おいカノン! 俺はどうしたら良いんだ!」


「ちょ、私だってなんの用意もしてないわよ! まさか屋上の入り口から来ないなんて思わないもの!」


 そう言ってカノンはあたふたとベンチに置いていた純銀のサーベルを取りに行くが、それではもう間に合うはずもなく!!


「それでは振られちゃったカノンちゃん、サヨナラですわぁ〜!!」


「ちょ、アリアここから飛び降りる気かよちょっと、ぐわぁぁぁぁ!!!!!!」


 アリアは俺を血線でグルグル巻きにしたのか、彼女の動きに合わせて俺も屋上から飛び降りる!


「リュートぉぉぉ!!」


 カノンの声は遠く、徐々に消えていった。


 そして、地面へと向かうにつれ、俺は吐き出すような恐怖と脱力感に襲われ、スッと目を閉じた。


 こんなの、初めて。


 俺は、人生で初めて気絶をすることになった。


 はぁ……なんなんだよ、もう。


 つづく。

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