【KAC8】じいさんからの挑戦状

流々(るる)

誘拐!?

 みなさん、はじめまして。

 私がこの話の主役である、名探偵・武者小路むしゃのこうじ公麿きみまろです。

 まず最初に大切なことをお話しなければなりません。

 このお話は絶対に横組みでお読みください。

 縦組みのあなた、すぐに横組みへ替えましょう。そう、今すぐです。

 えっ!? こんな説明は要らないだろ? いや、そう言われてもタグを気にしない方は多いんですよ、意外と。

 決して字数稼ぎなどではありません。


 では早速、私の華麗なる謎解きをご覧いただきましょう。

 武者小路公麿でした。



      *



 ここは歴史と菜の花の街、百済菜くだらな市。

 中心部を南北に走る大通りから一本入った道を右に曲がり、しばらく行った十字路を左へ三ブロック進み、角の煙草屋のおしゃべり好きおばちゃんに見つからないようこっそり通り抜けた辺り、つまり街の外れに我が武者小路探偵事務所がある。

 平穏な日々が続くこの街では、私も心穏やかに過ごしている。


「今日も暇ですね」

 助手の鈴木くんは退屈そうだ。

「何も起きないに越したことはないのだよ」

 私の言葉がフラグとなってしまったのか、突然、扉をノックする音が事務所に響いた。

「先生、お願いです! 力を貸してください!」

 立派な身なりをした初老の男性が、取り乱した様子で入ってきた。

「分かりました、お引き受けしましょう」

「えぇっ! 所長、まだ何も聞いていないじゃないですか」

「よく見たまえ鈴木くん。この方は非常に焦っていらっしゃる。一刻を争う重大事件と言う訳だ。私が引き受けずに誰がやるのだ」

「流石、噂通りの名探偵だ。ありがとうございます」

 男性が深々とお辞儀をした。

「で、ご用件は」


 彼はエムケー商事の専務をしている宮下と名乗った。

 エムケー商事と言えば全国的な展開をしている企業で、この街も多くの恩恵にあずかっている。

「実は……。当社の会長が誘拐されました」

「誘拐ですか! それじゃ、すぐ警察に――」

「落ち着き給え、鈴木くん。ここに来たということは、犯人から警察への通報を止められているのだろう」

「おっしゃる通りです。警察へ通報したら会長の命はないと」

「それで、なぜ私の所へ」

「社長の指示です。この探偵は優秀なはずだ、と」

 その答えを聞き、嫌な予感がした。が、それを顔には出さず、話を続けてもらう。

「犯人からは、こんなものが届きました」

 そう言うと、宮下は二通の封筒を差し出した。


 鈴木くんが受け取り、中身を取り出した。

「何か暗号というか、変な文章が書いてあります」

 広げた紙にはこのような文字が記されていた。


   月の小道さ

   廻り運転

   駱駝絵は無し

   何年美酒

   居合の向こう

   寝床家屋根

   狸消印


「ほう。それじゃ、もう一つにも何かあるだろう」

「えぇ、こっちはクイズみたいです。音楽ジャンルみたいだな」

「そうなんです。もう何が何だかわからなくて」

 宮下は本当に何も知らないのだろう。

 実直そうな男だからこそ、ここへの使いに選ばれたはずだ。


「鈴木くん、その問題を読んでくれ給え」

「分かりました。では、第一問」

「ジャジャン!」

「所長。効果音は要りませんから」

「あった方が気分が出るだろう」

 若いくせにノリの悪い奴だなぁ。

「一九七九年に発売、当初は売り上げが伸びなかったものの、四年後に放映されたテレビドラマの――」

「いとしのエリー!」

 自信満々で答えてやったが、鈴木くんは真顔で続ける。

「主題歌としてヒットした『いとしのエリー』ですが、歌っているのは?」

「はぁ? そんな簡単なの? サザンじゃないか」

「僕でもわかります」

「はい、次」


「第二問」

「ジャジャン!」

 その冷たい目は止めて欲しい。

「二〇〇二年に放送され韓流ブームのきっかけとなった『冬のソナタ』と言えば?」

「どれも簡単だなぁ。ヨン様だろ」

「何となく覚えてます。六年生の頃、にっこり微笑むって言うのがクラスで流行りました」

 小学生だったのか、彼は。今さらながら、ジェネレーションギャップを感じる。


「次は、星野源の歌で、朝起きてから着替える様子で始まるPVは?」

 うぬぅ、ジャジャン防止策として第何問なのか言わない作戦に出たな。

 我が助手ながら見事な対応だ。

「えーっと、あのぉ。部屋から部屋に移動していくやつだよな」

「SUNですよ、所長」

 はい、次。


「最後は、BLACK BABYMETALの作詞、作曲した衝撃的なメッセージソングと言えば?」

「BABYMETALは知ってるが、何だ、そのBLACK――」

「知らないんですか、所長!」

 被せ気味に鈴木くんが声を張り上げる。

「MOAMETALとYUIMETAL、二人がBLACK BABYMETALです。YUIMETALが脱退しちゃったから、もう『4の歌』をステージで観ることはなくなってしまいました……」

 そ、そうなのか。どうして急に意気消沈しちゃったんだ。

 まぁいい。

「これで四つの問題は解けたね」


「順番にサザン、ヨン様、SUN、4の歌、ですね。これは明らかに数字ですよね」

「そのようだね」

 宮下は黙って私たちのやり取りを聞いている。

「四、三、四はそのままだけど、サザンは……。あっ、三×三さざんで九ですねっ」

「おそらくね。この九、四、三、四が暗号を解く鍵なのだろう」

 テーブルの上にある、不思議な文章が書かれた紙を取り上げる。

「鈴木くん、紙とペンを取ってくれ給え」


 新しい紙に、あの文章を平仮名に直して書き写す。

 その文章を見て、謎が解けた。


  つ き の こ み ち さ

  ま わ り う ん て ん

  ら く だ え は な し

  な ん ね ん び し ゅ

  い あ い の む こ う

  ね ど こ い え や ね

  た ぬ き け し い ん



「どうだね、鈴木くん。謎は解けたかな」

「私には全く分かりません」

 代わりに宮下が首をかしげながら答える。

 しばらく黙っていた鈴木くんが、急に顔を上げた。

「分かりました」

 すがすがしさを感じる表情だ。


「まず鍵となる数字、九、四、三、四は語呂合わせで、九四三四くしざし。暗号文の真ん中を串刺しして読むと、『こうえんのいけ』となります」

「公園の池と言えば?」

百済菜くだらな池公園ですね!」

 宮下も顔を輝かせて声をあげた。



 すぐに車で公園へ駆けつけると、こじんまりした池にガチャガチャの赤いカプセルが違和感たっぷりに浮かんでいる。

 トランクに積んであった釣竿を取り出し、カプセルを岸まで手繰り寄せた。

 中を開けると――『三周年おめでとう』と書かれたメモが入っていた。


「きみちゃん、三周年おめでとう!」

 そこへ一人の老人が現れた。

「会長! ご無事だったのですか!?」

 何も知らない宮下が驚いた顔を見せる。

 鈴木くんも訳が分からないといった感じだ。

「おじいさま、廻りを巻き込んでの悪戯は控えてください」

「なんだ、気づいてたのか」

 エムケー商事の会長であり、私の祖父である武者Musyano小路Kouji善之助は筋金入りのミステリーマニアだ。

 私が探偵業を始めたのも、祖父の願いによるところが大きい。

 このを私へ、と社長が薦めたと聞いた時に祖父の企みだと感じた。


「せっかく探偵事務所の開業三周年を祝って、驚かそうと思ったのになぁ」

 心の底から残念そうな顔をしている祖父を見て、少し申し訳なく感じた。

「でも、謎解きはとても楽しかったですよ。お気遣いいただき、ありがとうございました」

「なかなか仕事もないだろうからな」

「いいんです。我が事務所の仕事が少ないということは、この街が平穏だということですから」

「僕はちょっとだけ退屈です」

 肩をすくめながら、鈴木くんがペロッと舌を出した。

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