あなたへの思いも、三年生

第1話 あなたへの思いも、三年生

「結婚してください!!」

 人気の無くなった教室。羽鳥 はとり先生は「またか」と面倒くさそうに溜息を漏らしながら、こう言った。


 ……。


 先生を好きになったのは、高校一年の時だった。入学式中、貧血を起こしてふらふらの私。それでも、皆に迷惑かけないように、もう少しの辛抱だと必死に耐えていた時だった。

「おい、雛森 ひなもり。体調悪いのか?あんまり無理するな」

 先生はそう言っておんぶして保健室まで連れて行ってくれた。大人の男の人の背中って、こんなにあったかいんだな。誰も気づかない中、先生だけが私の変化に気づいてくれた。


「あんな仏頂面のどこがいいの?」

「クールなの!素敵でしょ?」

 休み時間。お決まりのガールズトーク。若干噛み合わない会話も、楽しい。初めは「クールで格好良い」と評判だった先生も、次第に「冷たい。無愛想」とみんなの気持ちも冷めていった。

「あんたが良いんなら、良いけどさ」

と友人は言った。


「おい、ちょっと来い」

 先生から呼び出し。ずっと担任は変わらず先生だった。呼び出されるようなこと、した覚えないけど。

「そこに座れ」

 大人しく縮こまって座る。

「あ~。いや、別に叱るとかじゃないから、そんなに畏まらなくて良いから」

「え?」

 じゃあ、なんの話だろう。

「お前な、いっっつも笑顔なのは凄いと思うし。偉いとは思う。けどな、そんなに頑張って『良い子』しなくて良いんだよ」

 最近バイトも入れすぎだ。顔色悪いぞと言いながら。先生は頭をぽんぽんと撫でてくれる。

 うちは母子家庭だ。父親の話はしたがらないので、あえて聞こうとしなかった。一生懸命働いてくれるお母さんに、迷惑をかけたくなかった。「良い子でいなきゃ」それは私に呪いのようについてまわり、いつしか上手く弱音が吐けないようになっていた。

 どうして先生は、私が笑顔の下に隠した「苦しい」「辛い」に気づいてしまうのだろう。「雛森さんはいつも笑顔で幸せそうで良いね」「なんも辛いことなんてないでしょ?」なんて言われたりもするのに。そんなことないのに。私だって、辛いし、しんどいんだよ。

 涙がぽろぽろ零れてくる。

「ほら、とりあえず鼻かめ」

って言いながらタオルを顔に押し付けてくる先生。先生の、そういうぶっきらぼうな優しさが好きだ。生徒を見てないようで、ちゃんと見ててくれる所も。

「好きです」

 口から零れ落ちるように、出てしまった言葉。誤魔化しようもない、私の気持ち。心臓がうるさくて、息が苦しい。無言の空間がまるで酸素を奪い取ってしまったようだ。先生は言った。

「ガキは趣味じゃない」

 胸がぐっと締め付けられる。やっぱり、この思いは叶わないんだ。

「まぁ……。卒業までに同じ気持ちだったら、考えてやってもいい」

 ゴツゴツした手が、頭をぽんぽんと撫でる。

「それより先に、お前が俺に愛想尽かすと思うけどな」

 にっと笑って、場を和ませようとしてるのが分かる。けど

「……ぷっ。先生、笑顔下手だね」

 いつもの仏頂面が無理やり笑わされてるみたいに引きつっていて、不自然だ。

 わざと突き放した言い方も「先生と生徒の恋愛なんて辛いだろう」って、きっと私の為を思って言ってくれたんだろうなって思うから。ますます好きになってしまう。

「卒業まで、ですね。忘れないでくださいよ?先生!」

 そう言って、極上スマイルをおみまいしてやった。


「……缶珈琲うま」

 明日の授業の準備が一段落したので、ちょっと休憩をとる。

 雛森。最初は「危なっかしいやつ」という印象だった。何も無い所で転ぶ。書類運ばせたら、廊下にぶちまける。見張ってなきゃ、という義務感から自然と目で追うようになった。それがいつの間にか「いつでも笑ってるな。しかも何事も一生懸命なんだな」って気づいて。

 特定の生徒を贔屓 ひいきしたなんて言われないように、一定の距離を保つのに精一杯で、しまいには「鉄仮面の羽鳥」なんて言われるようになって。そんな俺と正反対で、笑顔で皆平等に接してて凄いなって思った。

「あ、またコケた」「でも、めっちゃ痛そうなのに笑ってやがる」ってずっと見てたら飽きなくて、そのうち見てると楽しくなってつい目で追うようになってしまった。

 これが「恋」なのかは分からないが、ドラマや漫画みたいに「先生と生徒」が上手くいくはずもない。雛森を傷つけるかもしれない。なら「ガキは趣味じゃない」って突き放して、俺が悪役になれば良い話だ。



 そして……卒業式の日。

「結婚してください!!」

 人気の無くなった教室。羽鳥先生は「またか」と面倒くさそうに溜息を漏らす。あれから、ことある事に「好き」と伝えてきた。私が「生徒」であるうちは絶対に応えてもらえない。分かってるけど、毎日気持ちが溢れて堪らなかったから。

 今日断られたら、身を引こう。そう思って。お気に入りのシャンプー、念入りにセットした髪。香り付きのリップで気合を入れて。震える自分の手をぎゅっと握って、先生を見つめる。

 先生は、ちょっと目を逸らしたあと

「……結婚って。早まりすぎだろうが」

 先生が、珍しく笑う。最初に告白した時みたいな、無理矢理の笑顔じゃなく。仕方ないやつだなぁって、愛しい人へ向けるような柔らかな笑み。

「まずは友達、からだな」

 なんて言って茶化すけど、いつも表情に出にくい先生の耳は真っ赤だ。


 今日、私は卒業する。高校三年の卒業の日。私の先生への気持ちも三年目のこの日に、私は先生にやっと一歩近づけた気がする。


 動物も微睡 まどろむような暖かい日だった。校庭にある桜の木は、今にも花開こうとしていた。






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