お誕生日会に主役を呼び忘れる奴があるか

@hatomugi_x

なんで忘れるんだよ

「「タカハシ君、お誕生日おめでと〜!」」

「タカハシ君誕生日おめでとう!今度は海に行こうぜ!」

「タカハシ君いつもありがとう。これからも仲良くしてね。」

「中学に行っても高校に行っても俺たちはずっと友達だぜタカハシ君!!」


「せーのっ」

「「「「タカハシ君、大好き!!」」」」


「…おおー!」

 アキラの拍手を皮切りに、一瞬静まり返ったリビングには歓声が響き渡った。

「いいじゃんいいじゃん!やっぱりツヨシに動画頼んで正解だったな!」

「流石ツヨシ君!リテラシーの申し子!」

「ナオちゃん、それ意味分かって言ってる?」

「ちょっと、プロジェクター用意したの僕なんだから少しは感謝してよね。」

「そうそう!こうやってパーティーが開けるのも、マサムネ君の家を使わせて貰ってるからでしょ!ありがとう、マサムネ君!」

「いやべ…別に…」

 不意に女子に褒められたせいか、マサムネの顔が赤くなる。それを誤魔化すようにそっぽを向くのをアキラは見逃さなかった。

「あ!マサムネお前照れてんのか〜?カオルに褒められて!」

「なっ…なにおう!変な事言うなら帰らせるぞ!ここは僕の家なんだからな!」

「ど、どうかご勘弁を〜!」

 ははははは、と暖かい笑い声がこだまする。何と言っても今日はめでたい日だ。子供達の心も躍っているのだろう。


 11月7日、時刻は午後7時。アキラ、ツヨシ、マサムネ、ナオ、カオルの仲良し5人組は親友であるタカハシ君の誕生日を祝うため、マサムネの家に集まっていた。ケーキ、プレゼント、バースデーメッセージ、全ての準備を整え、後は主役の到着を待つばかりである。今日は少年少女たちにとってきっと素敵な日になるに違いない。心なしかマサムネ宅から漏れる明かりには、ポワポワしたエフェクトが漂っているように見えたとか見えなかったとか。




 ——そうしている内に、2時間が経った。


「「「………」」」

 夢と希望に溢れた少年少女たちの目はすっかり淀み、今や皿の上に盛られたさきいかを貪るだけの生き物と化していた。窓から漏れる明かりも心なしか薄暗くなっていたとかいないとか。

「…あのさあ」

 沈黙に耐えきれず、遂にアキラが口を開く。その声は、1日で10人の女子に振られたかのような覇気の無さだったと言う。

「1時間ぐらい前から、もしかしたら…って思っててずっと言うの我慢してたんだけど、もう言うわ。」

 4人の視線がアキラに集まる。それにプレッシャーを感じてか、アキラは逃げるように俯くと、そのまま続けた。


「誰か、今日の事タカハシ君に伝えた?」


 数秒の沈黙と共に、輪の中で視線が乱反射する。「目は口ほどに物を言う」という言葉の意味を、彼らはこの時初めて理解した。

「……えっ待って?本当に誰も呼んでないの?」

「俺は…プレゼントとかお菓子の買い出し担当だから違うかなって…。」

 自分は無実だと主張し始めたアキラを皮切りに、言い訳プレゼン大会の火蓋が切って落とされた。


「俺は動画の撮影と編集。正直この中だと一番頑張ってるんじゃないかな。」

「僕は会場準備とその他諸々の道具の貸し出し。そもそも僕が居なければこのパーティーは成り立ってないよ。」

「私とナオちゃんはケーキ作ってたよ。材料も自分たちで買ってきて。ねー。」

「…つまりだ。みんな『他の奴がやるだろ』って思って何もしなかったと。」

 全員の証言が出揃った所で、徐ろにアキラが口を開いた。全員が誰とも目を合わせようとしない。猿でも分かるレベルで最悪の空気が渦巻いている。


「…いや、なんでだよ!!」

 数秒の沈黙の後、何かが弾けたようにアキラが叫んだ。

「落ち着けアキラ君、君にも責任がない訳じゃない。」

「だってよぉツヨシ…だってこんな…タカハシ君に申し訳ないと思わねぇのかよ!!」

 アキラはこのお誕生日会に人一倍熱を入れていた。かつて数十匹の野良犬の群れから自分を守ってくれたタカハシ君、彼に少しでも恩を返したいという思いがアキラを駆り立てていたのだ。

「僕だって悔しいさ…!けど起こってしまった事は仕方ないだろ。」

 ツヨシはどこまでも冷静に打開策を提案する。

「タカハシ君はいつも20時半に就寝する。今から呼んで彼の眠りを妨げるのなんて論外だ。だから、明日改めてパーティーを開こう、アキラ君。」

 かつて自分が叩き割った学校の窓ガラスを、何事も無かったかのように目の前で修復してみせたタカハシ君。それ以来、彼を支える事がツヨシの生きがいとなった。一番大事なのは思いを伝える事だと理解しているツヨシにとって、多少のズレは許容範囲なのだ。


「明日、だぁ…?ツヨシてめぇ…タカハシ君の誕生日を1日遅れで祝おうってのかよ!!そんなの、この俺が許さねぇぞ!!!!!」

「君に許してもらう必要がどこにある!大切なのは思いを伝える事だろ!?」

 立ち上がり、睨み合いを始めるアキラとツヨシ。それを見て、ここまで一言も発さなかったナオとカオルの口から言葉が漏れ出した。

「みんな!もうやめて…!」

「タカハシ君の為に争わないで…!こんな事、彼も望んでいない筈よ…。」

 声が震えている。目の前で火花を散らす男子を止めようと、彼女たちは一体どれだけの勇気を振り絞っただろう。それも全てはタカハシ君の為…!かつて自分たちの前に現れた変質者を跡形もなく消滅させてみせたタカハシ君。その時から、ナオとカオルにとって彼は憧れの存在になっていた。彼女たちは愛故に行動しているのだ。


 目を潤ませながら懇願する2人の姿を見て、一触即発の状態だったアキラとツヨシは冷静さを取り戻した。

「済まねぇ…取り乱した。」

「こっちこそ、大声出してごめん。」

「さて、仲直りも済んだ所で…お誕生日会をどうするのか決めようか。」

 1人だけ沈黙を貫いていたマサムネがようやく口を開く。決して険悪な空気が怖くて口を挟めなかった訳ではない。

「マサムネ君、何か考えがあるの?」

「あっ、るよ。カオルちゃん。」

 マサムネはカオルの事が好きだった。

「タカハシ君はいつも朝5時に起きて10kmのランニングに出かける…そこを狙おう。僕たちの誠意を見せるんだ。」

 マサムネはこの中で最もタカハシ君を崇拝していると自負している。かつて破壊神アークに囚われた自分の魂を救い出してくれたタカハシ君に、小学6年生にして一生の忠誠を誓ったマサムネ。弛まぬ努力の果て、この男はタカハシ君の1日の行動パターンを全て把握していた。


「よしそれで行こう。みんなで協力して、ちゃんとした誕生日パーティーを開くんだ。」

 夜の街並みに『頑張るぞー!おー!』という元気な声が響く。互いを思い遣る友情のなんと美しい事であろうか。



 後日、ランニングを終えて帰宅するタカハシ君を家の前で待ち伏せしていた5人は見事、パーティーに誘う事に成功。お誕生日会は滞りなく行われる事となった。1日遅れになった事をタカハシ君は全く気にせず、むしろ1日遅れになってまで祝ってくれた事が嬉しいと漏らしていたそうな。

 ツヨシが作ったサプライズビデオ。タカハシ君は涙をこらえていた。

 ナオとカオルが作ったケーキ。タカハシ君は少しだけ頬を赤らめていた。

 アキラが買ってきた『腹を押すとけたたましい声で叫ぶ鳥の人形』。タカハシ君は僅かに顔を強張らせていた。

 それから5人は色々な事を話した。タカハシ君がドッジボール大会で7人ぐらい同時にアウトにした事、去年の卒業式にタカハシ君が遅刻したのは炎龍ムスペルヘイムと闘っていたからという事、常に世界中を飛び回っているタカハシ君の両親はフリーランスの伝説の傭兵だという事…といった、他愛のない話を。

 そして最後にタカハシ君は1日の感謝を込めて、『ありがとう』と口にした。ただそれだけの事が、5人にとっては何よりも嬉しかった。


 友情というのは難しいものだ。結びやすくも解けやすい。ちょっとした事で雁字搦めになってしまうのも珍しい事ではない。しかし、ああでもないこうでもないを繰り返して綺麗に結ばれた友情は、紛れも無い一生の宝になる。それを5人はこの日、知ったのであった。


 タカハシ君。

 5023回目の誕生日、おめでとう。

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