三年ぶりの再会

戸松秋茄子

本編

 彰人が帰ってくる。


 その知らせを受け取ったのは、中学校の卒業式を控えた頃のことだった。


「手紙届いてるわよ」


 その日、わたしはいつも通り母から手紙を受け取った。彰人からの手紙だ。部屋に戻って封を開けると、そこには父親の仕事の都合でこの町に戻ってくることが書かれていた。手紙を読み終えると、わたしはしばし呆然としながらベッドに横たわった。


 彰人がいなくなって三年が経っていた。ちょうど、中学校に進学するタイミングで、彰人は引っ越していった。それ以来、わたしたちは文通を続けていた。この三年間、一度も顔を合せていない。その彰人が帰ってくる。わたしは何とも言えない気持ちになった。


 体を起こし、机に向かう。そして返事の手紙を書きはじめた。「彰人が帰ってくると聞いてとても驚いています」わたしはそれから学校生活のことを面白おかしく書き添えた。手紙を書き終えると、いつも通り母に手紙を渡した。


「これ出しといて」


「いいけど……」母は了承しつつも、何か言いたげだった。これもいつも通りの反応。


「よろしくね」


 わたしはそれだけ言って部屋に戻った。


 彰人がいなくなってから三年。わたしが家に引きこもりはじめてからもちょうど三年が経とうとしていた。



 きっかけはありふれたものだった。中学に入学してすぐいじめを受けるようになったのだ。


 当時のわたしは、彰人がいない学校に行く意義を見出せなかった。それでクラスで浮いてたんだと思う。そこを狙われた。上履きがなくなったり、トイレに呼び出されて暴行を受けたり、と月並みないじめが数週間続いて、わたしは学校に行かなくなった。それ以来、およそ三年間、家に引きこもっている。


 彰人への手紙には嘘を書き続けてきた。いじめや不登校のことなどおくびにも出さず、あたかも楽しい学校生活を送っているかのように偽装してきた。そして三年間が過ぎ、彰人が帰ってくることになった。



「どうしよう」


 わたしは頭を抱えた。彰人が帰ってくる。そうなればきっとわたしの嘘もばれてしまう。そう思った。手紙の中で、わたしは地元の公立高校を受験するつもりだと書いていた。もちろん大嘘だ。受験するには学力も内申点も足りていない。そもそも願書の提出期限だってとっくに過ぎているだろう。いまさら、どうあがいたところで嘘から出たまことにはならない。


「しょうがないでしょ」と姉は言う。「この際だから嘘をついてたことを認めるしかないわよ」


「いや。そんなのみじめすぎる」


「じゃあ、他にどうしようがあるのよ」


「それは……」わたしはうなだれた。


「正直に話しなさい」姉は言った。「彰人君ならきっとわかってくれる」


 そんなこんなで時は過ぎ、中学校が卒業式を迎えて、いよいよ彰人が帰ってくる日がやってきた。



「久しぶり」


 彰人は三年の間に、ずいぶんと大きくなっていた。縦に伸びただけでなくて体格ががっしりしている。顔にはニキビが目立ち、声も野太くなっていた。


「久しぶり」わたしは精一杯の笑顔を作りながら言った。


「上がっていいかな」


「ど、どうぞ」


 そうして、わたしは彰人を部屋に通した。


「あんまり変わってないな」彰人は部屋を見回しながら言った。「アイドルのポスターでも貼ってるかと思ったけど」


「あんまり興味ないから」


「そうか」


 沈黙が降りた。なにぶん、面と向かって話すのは久しぶりだ。わたしだけではなく、彰人も緊張しているのだろう。


「受験……」彰人は言った。


「え」


「どうだった? ほら、まだ手紙には書いてなかったから」


「ああ受験ね……」わたしは困惑した。「彰人はどうなの」


「合格したよ」


「そう。おめでとう」


「ありがとう」彰人は言った。「別々の学校だけどこれからはこうして直接会って話せるね」それから、改めて問うた。「それで、郁芽は……」


 わたしは考えた。きっといまが告白のチャンスなのだろう。三年間の嘘を清算するチャンス。しかし、わたしはこう答えた。


「あははは。受験ね。落ちちゃった」


「そうなの」彰人は驚いたようだった。「滑り止めは?」


「それが受けてなかったんだ。先生にも絶対受かるって言われてたから」


「なのにどうして」


「たぶん、体調を崩したせいだと思う。前日まで風邪を引いてて……」


「それは大変だったね。どうして手紙に書かなかったの」


「心配させたくなくて」


 彰人は納得しかねる様子で、


「それじゃあ、今年はどうするの」


「ん? ああ勉強をやり直して来年また受験かな」


「そうなんだ」


 再び沈黙。心にやましいことがあるせいだろうか、何だか今日はずっと気まずい。


「あの……」「あの……」


 二人の声が重なった。


「何?」彰人は言った。


「そっちこそ」


「じゃあ、僕の方から」彰人は言った。「三年前のこと覚えてる? 小学校の卒業式、校舎裏に呼び出したことがあったよね」


「ああ。あのときのこと。たしか、同級生たちが後ろから覗いてることに気づいて有耶無耶になったんだよね。あれってなんだったの」


 彰人はため息をついた。


「やっぱり気づいてなかったか」


「何。どういうこと」


「告白だよ。あの日、君に告白するつもりだった」


「え」


「あれから三年たったけど僕の気持ちは変わっていない」彰人は真剣なまなざしで言った。「好きだ。付き合ってほしい」


「ちょっと待って。そんなの困る」


「ダメかな」


「そうじゃなくて……」わたしは意を決して言った。「ごめんなさい。わたし、彰人に謝らなきゃならないことがあるの」



 あれからもう四か月が経った。わたしはいま彰人に勉強を教わりながら、来年の受験に備えている。失った三年間を取り戻すのは、予想以上に大変だった。小学校で習ったことすらおぼつかなくなっていたわたしに、彰人は根気強く教えてくれた。


「あー、疲れた」わたしは思わずペンを放り出す。


「まだ一時間も経ってないよ」彰人は意外とスパルタだ。「ほら、がんばって」


「あんまり厳しくすると、今度の夏祭り、一緒に行ってあげないんだから」


「そういうのは普通、教える側が言うんだけどな」


「だって、彰人から誘って来たんでしょ」


「そうだけど……そんなにいや?」


「別に、そうじゃないけど……」


「よかった」彰人は屈託なく笑った。


 外を出歩くのはまだ少し怖い。それでも、彰人が隣にいてくれるなら、がんばってみようと思う。

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