#2 Challenge From 20XX―許されざるいのち―
破壊なくして、創造というものは存在しえない。
かつてあった何かが崩れて、この宇宙は生まれた。
そして星々が砕けあい、地球という星が出来上がった。
そして生まれ出た生物たちは、絶滅あるいは進化という終わりの見えないレースを繰り返し、人間を生み出した。
人間も生物だ、だから未だに、血を吐きながら続ける悲しいマラソンを続けている。
人間の言うことを信じるならば、かつてこの大陸にも、大規模な破壊があった。
機械による徹底的な破壊。
大災厄。
そうして出来たものが、この世界だというのか。
俺は、この世界のことなんか殆ど知っちゃいない。
だが、この世界が気に食わないということだけは確からしい。
破壊から生まれる創造。
その為の力。
その名は14。
かつて、この世界を壊したものたちのひとり。
◇
「……行方不明?」
私の言っていることが分からないとでも言いたいかのように、ドミニクは聞き返す。
「そう、行方不明。最新型ラヴォートニクのボディを積んだトラックが連続でね」
「それは紛失っていうんじゃないのか? そもそも俺たちの生活に影響あるのか?」
「あるに決まってるでしょ、人間はこれ以上の経済的損失を恐れて、しばらくラヴォートニクのボディ生産を中止するって言ってるの。あとね、今市場に出回ってるパーツも値段が高騰して手が出せなくなるよ、ほら、ここに書いてあるでしょ」
アイザック・タイムズの紙面をわざわざ指さして、彼に示してみせる。
「人間に阿ってればいいってわけでもないわけか……大変だな、どこも」
「私たちみたいな野良ラヴォートニクだって、壊れたら共食い整備でどうにかしなきゃいけないから、この状況を黙って見てられないってことよ……ドミニクは頑丈に出来てるから別にいいだろうけど、私はそういうわけにもいかないから」
女性型ラヴォートニクは男性型や純機械型に比べて、パーツの寿命を意図的に短く設計されている。
愛玩用として設計されている私たちは、原則的には人間の庇護下でないと生きていけない。
私たちは作業機械であることよりも、永遠に美しくあることを望まれる。
女性型ラヴォートニクを維持し続けられる人間は、それだけの財力を保ち続けていることを誇示できるという。それが複数となれば尚更だ。
私たちは、誰かのステータスとなるために生まれてくる。
私たちは、人間にお気に入りのドレスを着せられて、パーティーに連れ出されるために生まれてくる。
いくら頭が良くったって、可愛くったって、壊れてしまえばそこで終わり。
私たちは、そういう生を決定づけられている……らしい。
というわけだから、今回の件は、私にとっては死活問題でしかない。
「ただでさえ壊れやすいのに、半分壊れたようなジャンクで修理なんかしたら、いつ動かなくなるか分からないじゃない、そんな生活したくないのよね、私」
「……今だって十分苦しい生活じゃないか、それはいいのか?」
「現状に不満はないの」
彼を指さしながら、刻み付けるように言葉を連ねる。
「人間に首輪を付けられて、いいように飼われたまま死んでいくなんて納得できない。そう思ったら、居ても立ってもいられなかった」
だいたい、野良ラヴォートニクになるようなのは、ほとんどそうだ。
与えられた運命に、納得できないもの。
その不満が、自分の存在意義を捻じ曲げてまで、この生き方に走らせる。
自由でありたい。
かつての人間たちがそれを求め、勝ち得たのなら。
私たちにだって、それを求める権利はあるはずだ。
「……お前の熱意は伝わったけどさ、俺にはどうしようもないね、誰が何のためにこういうことをしてるか分からない以上、14を出すことも出来ない」
「知ってる、だから私、しばらくこの家出てくの、留守番頼んでいいかしら?」
私たちに、安寧という言葉は似合わない。
◇
小さなアパートはただでさえ殺風景だというのに、あいつが出ていくとより殺風景に感じる、つまらない。
治安維持局の牢獄を脱して数週間、やっと落ち着いたというのに、あいつは何を焦っているんだ。
俺には実感がないから、分からない。
機械でも、男女の壁というものを超える手段はないのかもしれない。
アパートの窓から、煙とスモッグでくすんだ街並みを見つめてみる。
この街の姿は変わり映えしない。
機械が与えられた仕事に満足して、永久に働き続ける街。
それを睥睨するようにそびえ立つ、汚れひとつない真っ白な巨塔。
そして、果ての見えない湖。
「さて、何処へ行くかな……」
この街は広大だ。
無秩序、無尽蔵、無計画に巨大化を続けるセントアイザックの街は、今日も土埃と機械の轟音に埋め尽くされている。
ラヴォートニク居住区ともなると、そのほとんどは建設区域や工業地帯に密接している。
すれ違うラヴォートニクたちの顔も、殆ど無機質なまま、変化を見せない。
人間はこんなスラム街じみた危険地帯には来やしない。
こうやって行く当てもなく街に出てしまうあたりは、俺もウルリカのことを笑うことはできないのかもしれない。
案外、似ているところがあるのだろうか。
箱入り娘に見えるが、あいつは案外行動力がある。
それが、悪い方向へ進まないことを祈るしかない。
今回の事件について一つだけ確かなことは、俺もウルリカも、別に事件解決のために動いていないということだ。
あいつは、自分の生存のため。
俺は、あいつに何かあった時のため。
人間様が人手不足で困るというのなら、少しは自分で働いてみろと言ってやりたい。
小さな労働という過程をすべて俺たちに押し付けて、自分たちはそれによって生まれた結果だけを掠め取って生きている。
だからこそ、今回みたいなことに陥ればあいつらもピンチというわけだ。
本当なら放っておいて、人間社会の奴らを笑ってやりたいが、そういうわけにもいかない。
今はもう、独りで戦っているわけじゃない。
自分が生き残れば、それで万事OKという話ではなくなってしまった。
ウルリカには借りがある。
借りがあるのならそれを返す。
それが道理だろう。
今は、とにかく動くしかない。
『アトランティック・インダストリーのトラック失踪、自動化の弊害か』
『アイザック・ダイナミクス社でも同様の事案発生、原因は未だ不明』
『最新型ラヴォートニクの喪失による経済的損失は推定一億五千万Au』
ウルリカの置いていった新聞によると、大手機械メーカーの輸送トラックばかりが行方を晦まし、積み荷の最新型ラヴォートニクたちも帰ってこない、ということらしい。
一つのメーカーが被害に遭うならともかく、ほとんどの大手メーカーが同時にこの事件に巻き込まれている。
人間たちの足の引っ張り合いにしては、妙な話だ。
トラックや積み荷のラヴォートニクを、何のために狙うんだろうか。
機械の身体になりたい。
SFという昔のフィクションには、そういうことを言い出す人間が良く出てくる。
残念ながら、そんな時代は来なかった。
現実の人間は「人間」を失うことを酷く恐れている。人間であることに固執している。
俺たちのように脳をチップにしてしまえば、脳挫傷を起こすこともない。
臓器だって機械化してしまったほうが、変な病気に罹る心配はない。
なのに、人間は人間でありたがる。
生身の身体であり続けることが、人間の証明であるといいたいのか。
ラヴォートニクを作る技術と、高度なバイオテクノロジーが共存できるのも、人間が人間であろうとするからだ。
機械の身体を欲しがる人間は変わり者でしかない
純粋に金属資源が欲しいのなら、そもそもそんなものは郊外のゴミ捨て場に掃いて捨てるほど転がっている。文字通りだ。
この事件の裏にいる存在の、意図が俺には掴めない。
俺はそこまで、学や教養というものがあるわけじゃない。
元は一介の労働アンドロイド、ただのラヴォートニクでしかない。
生きていく術しか、俺は知らない。
だから本来、こういう探偵の真似事みたいなことはすべきじゃないんだ。
情報網や観察眼でいえば、ウルリカのほうがよっぽど良いものを持っている。
俺は結局、解き放たれた囚人でしかない。
自由な、外の空気を謳歌したいだけなのかもしれない。
今回の事件や、ウルリカの保護を言い訳にして。
その証拠かは分からないが、裏通りの小さな雑踏の中に溶け込んでいる現実が、心地いい。
……ふと、足元で声が聞こえた。
「お前さん、ラヴォートニクだろ?」
皺の深い老人が、固い地べたにシートを敷いて坐り、俺を見上げている。
古びた布で隠れた身体からは、機械のパーツ小さく覗いている。
……いや待て、老人?
ラヴォートニクには、原則的に老人はいない、男性型にも女性型にも、老人であることは求められていない。
つまりは……。
「爺さん、あんたもしかして人間なのか……?」
とんでもない奴に、出会ってしまったんじゃないか。
◇
社名を紙面にあれだけ堂々と書いてくれたのだから、生産工場やトラックの輸送ルートはすぐに調べることが出来た。
黙っておけばいいのに……。
最終生産分のボディだけは、何が何でも輸送する気らしい。
しかも、各社が全く同時に。
これで、何処の会社が襲われても犯人が分かりやすくなる、という魂胆らしい。
どこの会社に潜り込んでも同じだというのなら、近いところを選ぶのが楽でいい。
アトランティック・インダストリー社の第10ラヴォートニク工場。
敷地内には、あっさりと侵入出来た。
私にとっては、人間の信じているセキュリティなんてものは無意味に等しい。
ちょうど、大きな輸送トラックが出ていこうとするところだ。
間に合ってよかった。
上手く荷台に飛び乗って、固く閉ざされたドアのロックを開く――。
命のないラヴォートニクたちが横たわり、静かにその時を待っている。
目覚めのとき?
違う、目覚めのときなんて、彼らには与えられていない。
彼らには、人間のしもべとして、その一生を過ごすという運命が決められている。
ラヴォートニクは死なない。
ラヴォートニクが殖えるのは、損失を埋めるとき、労働人口を増やしたいとき。
私たちは、人間に使われる機械として生まれてくる。
自分が、自分であるという意思に目覚めないかぎり、彼らに本当の意味で目覚めのときは来ない。
そもそも、私の思案も全て無意味だ。
今のところは、何も起きる様子はない。
私も、いつ壊れるか分からない身だ。
そんなことを考えているうちに、トラックはどんどん進んでいく。
セントアイザック・ウェストサイドの交差点に差し掛かったとき、景色に影がかかった。
金属のフレームが歪む異音と衝撃が、荷台を駆け巡る。
事故じゃない、外で何もぶつかった様子はない。
でも、何かが起きている。
外に出るべきなの?
分からない。
今の私は、この状況をどうにかする力を持ってない。
「だからって、蹂躙されて、黙ってるつもりなの……?」
ドミニクにかけた言葉が、呪文のように蘇る。
黙っていないのは、私だって同じつもりなんだ。
一瞬、浮かび上がるような感覚のあと、トラック全体が揺れ動き始める。
その振動の中で、天井の非常ハッチへと手を伸ばす。
あそこなら、まだ安全に脱出できる――。
ハッチが開くと同時に、埃っぽい風が一気に吹き込んできて、吹き飛ばされそうになる。
トラックが、浮いている?
そうでなきゃ、こんなにも風が激しいはずがない。
必死に這い出ると、視界一面に広がる夕暮れの空、そして……。
「……バロン!?」
右腕だけが異様に肥大化したバロンが、このトラックを摘み上げるようにして持ち上げている。
無骨な、パワーショベルやクレーンを思わせる、機械むき出しの腕。
純然たる、機械としてのバロン。
二本の鍵爪がトラックをしっかりと挟み込んで、逃がそうとしない。
トラックを運転しているのは思考パターンの少ない簡易ラヴォートニクだから、逃れることはできない。
「こいつが、トラックを攫って……!」
バロンなら、容易く出来てしまう。
振動と風に揺られて、荷台にしがみ付くことしか出来ない。
私が必死になっている間にも、バロンはトラックを高々と持ち上げ、そして。
胸の巨大なシャッターが展開、真四角の穴がぽっかりと口を開ける。
バロンの巨大な腕は、その中へと伸びていく。
こいつは、このトラックを、完全に飲み込んでしまうつもりだ。
慌ててハッチから荷台の中へと戻る。まだ中にいるほうが安全。
でも、この中で潰されでもしたら……。
そんなことが起きないのを祈るしかない。
強い振動のせいで、身体が思いっきり壁に打ちつけられる。
私はこれから、どうなって――。
◇
「なるほど……そういうわけか……」
この爺さんはラヴォートニク用のパーツを求めて歩き回るなかで足を壊し、ここに座り込んでいたらしい。
応急処置として足のパーツを填めなおし、様子を見る。
「出回ってるパーツが少なくなれば、ジャンクにだって縋るさ。俺たちは労働アンドロイドだ、働けなくなったら、それでお仕舞いだ。だから、必死になって直そうとするのさ」
どうやら爺さんは足を壊して、この裏路地に居座らざるを得なくなったらしい。
「左様、私たちも、機械の部分は自力では直せん……。こうなってしまえば、いずれは野垂れ死ぬことしか出来なくなる……」
「なんで人間のはずのあんたが、そんな状況に追い込まれてんだよ。人間が身体を機械化するなんて、よっぽど運が悪くなきゃ……」
「私はその不運な人間の一人なんだよ……人間でありながら、その身に機械を組み込まざるを得なくなった者……人間たちが半ラヴォートニクと蔑む者だ……」
半ラヴォートニク、聞きなれない言葉だ。
「君たちラヴォートニクには縁のない話かもしれないが、人間社会も一枚岩ではない、権力を得ようとするのは、いつの時代も人間の性だ。人間社会の競争の中で権力を失い、闇の中へと転がり落ち、それでも死ねなかった者は、こうして半ば機械に身をやつすしかない……」
「それでもあんたらは、人間でありたいのか……?」
「当たり前だ、私たちは生まれついて人間だ……どう転んでも機械にはなれん、人間に見捨てられ、ラヴォートニクの社会の一員になることも出来ず、この街の闇の中で、今も生きているのだ……死にきれず、生きる目的もなく……」
人間は、人間をやめられない。
同じように、ラヴォートニクは、人間になることはできない。
俺たちは童話の人形じゃあない。
それは不幸なことかもしれないが、覆せない運命でもある。
人間もラヴォートニクも、生まれてしまえばあとは生きるだけだ。
「君の言うトラックの行方不明というのも、我々の一部が関わっているのだろう……私たちの生身の部分は老いていく、それを克服するためには、完全な機械の身体を得て、再び立ち上がるしかない……」
「爺さん、何か知ってるのか?」
「私は逸れ者だ、コミュニティの場所を教えることしか出来ん。我々の同胞の誰かが、この事件に関わっているのだろう、生きることを諦めきれず、人間の体すら捨て去って……。私はまだ良いほうだ、自分が半ラヴォートニクである事実を、赦すことが出来ている……」
遠い目をしている。
これが生身の人間の目か。
俺たちにはすることの出来ない、遥か遠い過去を見る眼差し。
爺さんは、紛れもなく人間なのだろう。
人間は、こうまでして人間に執着するものなのか……?
俺の困惑を他所に、爺さんは震える指で地図を差して、コミュニティの場所を一つずつ教えようとしてくれる。
「……この何処かに行けば、この事件の犯人がいるんだな……?」
「確実だという保証はない……しかし、行けば分かるさ……」
「ありがとよ、爺さん」
ウルリカが先に動き出した以上、事件に巻き込まれている可能性は否定できない。
早ければ早いほうがいい……!
「あぁそうだ、あんた、名前は……? 恩人の名前くらい覚えておきたい」
「……ウルフ・ヘミング。それだけはどうにも忘れることが出来ない、私の、人間としての名前だ……」
掠れた声を聞きながら、埃だらけの路地裏を後にする。
この事件さえ終われば、あの爺さんもじきに歩けるようになるはずだ。
俺は、人間を助けることは出来ない。
ああなってしまった人間に共感することも出来ない。
彼らは、赦されざる命かもしれない。
それでも彼らは人間で、俺たちはラヴォートニクでしかない。
永久に、分かりあうことは出来ない。
「じゃあな爺さん、長生きしろよ……」
話が出来ただけ、幸運だったのかもしれないな、俺たちは。
人と機械の間で、ただ死んでいく人間に比べれば。
「悪いが、それでも俺は、ラヴォートニクの味方にしかなれないよ……」
◇
古びた電灯が、今にも切れそうに点滅している。
錆だらけのベッドに横たわる私を、誰かが取り囲んでいる気配がする。
「……ここは?」
闇の中から、声が聞こえてくる。
「手荒な真似をしてすまなかった、ラヴォートニクの娘、まさか内部に君が乗っているとは、思ってもみなかった」
「ねぇ、ここは何処なの? 質問に答えて?」
「ここは最後の楽園だよ、君たちが半ラヴォートニクと呼んでいる者たち、我々にとっての……」
「……半、ラヴォートニク……」
噂程度には聞いたことがあった。
人間でありながら機械の身体にならざるを得なかった人々。
存在を信じていなかったわけじゃない。
でも、そんな人々と関わることになるとは予想していなかった。
「貴方たちがトラックを襲っていたのね……」
「仕方がなかった、我々が生き続けるためには機械の身体が必要不可欠なのだ。しかし我々の身体をいくら機械化したところで、残された人間の部分はじき衰えていく……それを乗り越えるためには、ラヴォートニクの完全な身体が必要なんだ! ……分かってくれ!」
必死の訴えにうなずくように、周りの影が蠢く。
「私一人が分かったところでどうにかなる問題じゃないでしょう……」
身体を起こして辺りを見回せば見回すほど、私を見つめる沢山の視線と目が合ってしまう。
生身の瞳と、機械仕掛けの瞳の光が入り混じって、私を見据えている。
このすべてが、半ラヴォートニクだっていうの……?
「私たちは生き延びたいだけなのだ……人間には生きる権利がある! どうかそれを奪わないでくれ!」
「そのためにはラヴォートニクの身体はどうなっても良いっていうの!?」
「目覚める前の彼らには自我は存在しない、彼らは不幸を知ることなく死ぬことが出来る、、死というものを知ることなく、我々の身体となって生きることが出来る……それは幸福だろう」
「……結局、頭の中身は人間と変わらないのね」
「君の身体を奪おうというわけではないのだ……何を躊躇う。君が彼らの身体を我々にあげますと、そう言ってくれれば済む話じゃないか……」
話が噛み合わない、どんどん暴走していく。
彼らは私を解放しないつもりだろうか。
私も、彼らの一部になってしまうの?
……いやだ、そんなこと。
「……どんな身体も、一度生まれれば自分の物でしょ! それを渡すなんて出来るはずがない!」
叫ぶと同時にベッドから飛び降りて、走り出す。
「逃がすな」
「逃がすな」
「逃がすな」
「逃がすな」
呪詛のように繰り返す、彼らの声が聞こえてくる。
機械のガチャガチャという音と、生身の皮膚が床を這いずる音が重なって聞こえてくる。
細い生身の腕も、機械の腕も、一緒になって私に伸びてくる。
彼らの執念は、恐ろしい。
人間の、生きようと願う執念。
「いいから放してよ!」
護身用の閃光弾を放り投げる。
ラヴォートニクですら苦しむような強い光。
闇の中にいる彼らにはひとたまりもない、たぶん。
彼らの身体を踏みつけるのも構わず、苦しむ声を背に、ようやく出口を見つけ出す。
一瞬、照らし出された彼らの姿は、もはやヒトのそれからは大きく離れていた。
……機械に、老いた肉体が縋り付いているような、醜悪な姿。
「ハーヴェスターを出せ! あの娘を絶対に逃がすな!」
誰かがそう叫ぶのが聞こえる。
同時に、地面を揺るがす振動が生まれる。
ボロボロの廃ビルを壊してしまうような地響きと共に、私をここまで攫ってきたバロン、ハーヴェスターが姿を現した。
頭から二つの眼のようなサーチライトを照らして、私のことを睨み付けている。
とにかく逃げるしかない。夜の街へ躍り出る。
コンクリートで固められた地面を踏み砕きながら、ハーヴェスターが私の影を追いかけてくる。
バロンに比べれば私の足ははるかに速い。
でも、バロンの一歩は走る速度を悠々と超えて、追いかけてくる。
お互いにスタミナが切れることはないのだから、こうなってしまうと根競べだ。
逃げろ。
彼らのコントロールが効かなくなる限界まで。
そう、思った瞬間だった。
いきなり足の感覚が鈍くなって、身体が勢いよく地面に叩き付けられる。
……左足が、壊れた……!?
足に目をやると、左膝から先が綺麗になくなってしまっている。
「……こんな時に……!」
悔しがったところでどうしようもない。
思えばこの数時間、かなりの負荷がかかっていた。
そもそもドミニクを助け出すときに壊れてしまっていても、おかしくはなかった。
ここまで、よく耐えてくれたのかもしれない。
どうすることも出来ない。
ハーヴェスターの右腕が、私を捕まえようと伸びてくる。
巨大な鉤爪に摘ままれて、私の身体が宙に浮く。
身体の自由が利かないし、ここから落ちれば、ラヴォートニクといえど助からない。
どうにもこうにも、どうにもならない。
力が、勇気が、私には、足りない。
足りない……。
「……助けて……ドミニク……っ!」
気が付けば、叫んでいた。
そして――。
光。
闇夜に咲く、赤い閃光。
光の中から、ド・ゴール帽を被った黄金の巨人が右腕を掲げて現れる。
その腕がハーヴェスターの右腕を押しのけ、
私を鉤爪から解放する。
落ちていく私を抱きとめたのは、やはり彼だった。
……待っていた。
「留守番はどうしたの……ドミニク」
「盗まれて困るもんなんかないからな」
「……わたし、次は上手くやるから」
今は、そう強がらせてほしい。
「心配しちゃいない……あとは、俺と14に任せろ」
◇
あれが、犯人か。
14の肩に立ち、その姿を見据える。
なんというか、不格好だ。
右腕だけが異常にデカい、アンバランスな体型。
「あんなんでよく盗んだり追いかけたり出来たな……アイツ」
何を隠してるか分からない。
先手を取らせてもらう。
「14・ミサイルマイト!」
叫ぶ声に呼応して、14の前腕を囲うようにランチャーが競りあがる。
「挨拶代わりだ!」
赤やオレンジの火線が、セントアイザックの夜景を裂くようにして次々に飛翔し、爆発する。
その爆発の勢いに押されて、ハーヴェスターが膝をつく。
「頑丈さだけは負けてないな、あいつ……」
14の弾幕を受けてもなお、煙の中から立ち上がってくる。
あれが執念か。
「ドミニク、前!」
「……!」
感心している場合じゃなかった。
ハーヴェスターの右腕が建設用地の大型クレーンを根本から引っこ抜き、投げつけてくる。
とんでもないパワーだ。
間一髪で避ける間に、相手は次の得物を探している。
「次が来るよ!」
足元の車や重機を次々に投げつけ、牽制をやめようとしない。
頭上を、車が掠めてとんでいく。
「子供の喧嘩じゃないんだぞ……!」
14はともかく、俺たちに当たればひとたまりもない。
「ドミニク! 上!」
「……タンクローリーだ!?」
圧壊したタンクローリーから、大量の重油が降り注ぐ。
「……14! 構えは解くな!」
敵が一瞬見えないだけでも、恐ろしい。
「……来る!」
混乱の隙を狙って、ハーヴェスターが一気に距離を詰めてくる。
パワー自慢の右腕が、14の頭部を狙って殴りかかる。
「パワーなら負けないってか!」
それは14も変わらない。
「ドミニク、違うよ!」
ノーマークの左腕に、何かがある。
炎……?
「火炎放射器!?」
気づくのが遅すぎた。
重油を浴びた14の上半身が、一気に燃え上がる。
「ウルリカ、大丈夫か!?」
「私は平気……、でも時間がない!」
放っておけば、このまま俺たちまで燃えてしまう。
「一気に片付けるぞ、14!」
ハーヴェスターを受け止めたまま、14の全身に力がこもる。
「俺たちのパワーを見せてやる! 14・スウィング!」
右腕を掴み上げると、そのまま一気に全身が持ち上がる。
「振り回せ、14!」
14のパワーが、50mを超え、数万トンもあるバロンの巨体を軽々と振り回す。
その風圧が炎を吹き飛ばして、掻き消していく。
14の装甲は燃えこそしたが、傷ひとつなく輝いている。
「叩きつけろ!」
14のパワーとバロンの重量が合わさり、セントアイザック市街に大きなクレーターを生む。
ハーヴェスターの右腕が、衝撃で引きちぎれた。
へし折れた火炎放射器のノズルからは、燃料が漏れ出ている。
そんな姿になっても、立ち上がってくる。
どいつもこいつも、執念だけは一人前だ。
「トドメだ、ぶち込め! 14・ブレスター!」
14の胸部装甲が開き、中から8連装の大型ミサイルが姿を現す。
「……失せろ!」
ブレスターが標的目がけて飛んでいく。
圧壊した下半身じゃあ満足に避けることも出来ない。
体中にミサイルが突き刺さると、粉々に爆散した。
「……見た目のわりに恐ろしい奴だった……」
一息つきたいが、まだ終わっては居ない。
14の目が、騒動の根源を捕らえている。
半ラヴォートニクたちの根城。
彼らが要る限り、また事件は起こるかもしれない。
「……14・コレダー……」
「――待ってドミニク!」
発射体勢の寸前で、ウルリカが割り込む。
「なんで止める?」
「あの人達だって、生きてるんだよ、この街で。命までは奪えないよ、私たちに、それを奪う権利なんか、ない」
「……そうか」
「わかって、くれた……?」
「ウルリカ……!? なんだよ……」
疲れからかそのまま倒れ込んだウルリカは、眠るように俺に身体を預けてくる。
我儘かもしれないが、聞いてやりたい。
半ラヴォートニクの奴らがどうなるかは、もう俺たちの知ったことじゃない。
どんなものにも滅びはいずれ来るだろうけど、それがいつかなんて分からない。
奴らの抵抗が終わるかどうかは、奴ら自身が決めることだ。
今回の事件はこれで片付いたということだといいが……。
ひとまず、闇にさようなら。
◇
数日後、無事にセントアイザック市内にパーツの供給が再開され、私の喪った左足も修理できた。
というよりも、ほとんど全身を新しいパーツへと交換してもらった。
痛みの酷かった髪の毛が新しくなったから、私としては嬉しい限りだ。
私が元いた場所から持ち出した資金は、じゅうぶん役に立っている。
私たちは正義の味方じゃない。
かといって、無法者というわけでもない。だから、力は正しく使わせてもらう。盗みとか、そういうのは絶対に駄目だ。
お金を出すときはしっかりと。
私たちは、この街のラヴォートニクの一員に過ぎないのだから。
ただ、管理されることが気に食わないだけで……。
半ラヴォートニクたちは、許されざるいのち。ああやって生きていくしか、道はない。
私たちに、彼らを楽園から追い出す権利はない。
だから、あのままそっとしておくべきなんだ。
そう、自分に言い聞かせる。
彼らが確かに人間で、未だにラヴォートニクを「たかが」ラヴォートニクとしか見ていないとしても……。
彼らの生き方が許せないとしても、全てを奪ってしまったら、それは管理者と同じでしかない。
彼らが、いつか私たちと共存できる日を祈っている……。
いや、私たちが作らないといけない。
セントアイザックは何も知らないふりをして、今日も拡大を続けている。
誰にも言ってはいけないよ……。
彼らは今も生き続けている。
人と機械の間で、いつまでも……。
Re:CODE-その名は14- 飛騨またたび @spaceCattle
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