Re:CODE-その名は14-

飛騨またたび

#1 TAKE A CHANCE―管理者を撃て―


……見知らぬ街が燃えている。

青銅色の女神像が圧し折れ、摩天楼が砕け散る。

 凄惨な光景の中、逃げていく人々の流れの中に、俺は立っている。

 不思議と危機感は感じない。

 現実感がまるでない。

 あるはずの熱を感じない。

 アンドロイドだって、夢を見る。

 白昼夢というのかもしれない。

 うなる轟音と共に街を炎と瓦礫へ変えていくのは、巨大なロボットたち。

 逃げ惑う人々など気にも留めず、悠々と我が物顔で、地上を破壊し、睥睨している。

 こいつらが壊したいものは何なのだろう。

 平和。

 文明。

 地球。

 ……あるいは、人類。

 様々な単語が脳裏に浮かんでは、消えていく。

 どんなに思案を巡らせても、思うように身体を動かすことが出来ないのだから、そこに意味はない。

 放り込まれた観客として、延々と映し出される終末の過程を見せつけられているだけだ。

 破壊者であるロボットたちはどれもヒトの姿からかけ離れた、奇怪な形をしている。

 全身に回転する鋸がついていて、ビル街を次々に切り裂くもの。

 背中に翼が生え、超音波で月夜を破るもの。

 全身から火炎を放ち、街を火の海にするもの。

 幾多のミサイルを放ち、立ち塞がるすべてを焼き払うもの。

 両目から光を放ち、空を飛ぶ真っ赤な巨人。

 身体のすべてが、ヒトへの敵意で出来ているかのような、禍々しい姿。

 巨大な異形たちが、地上のすべてを灰燼に戻そうと地響きをたて暴れまわり、足元を逃げ回る人々を睥睨している。

 世界は七日間で生み出されたというが、こいつらが世界を滅ぼすなら、それは時間の問題だろう。

神なんかよりよっぽど効率的に、この世を壊してみせてくれるはずだ。

わざわざ世界を巻き込むような洪水を起こす必要なんて、こいつらにはない。

十二体、機械仕掛けの神の使徒たち。

破壊の末、ついに辺りの人々も皆倒れ伏し、俺一人だけが残された。

ネオンも灯りも消え果て、燃え盛る炎と月明かりだけが、世界を照らしている。

闇に怯える人間さえ、残されていない。

夢を亡くした街の姿が、一面に広がっている。

それをただ、見ていることしかできない。

時の向こう側にいるように、触れることさえできない。

このまま、悪夢のように目覚めるのか?


折れた摩天楼の影を映して。そんな諦観を吹き飛ばすような光が迸った。

赤い稲光、銀河のスパーク。百万Wはあろうかという、眩い輝き。

右拳を天に掲げ、十二体の前に立ち塞がる、もう一体の巨大な機械仕掛けの巨人。

その全身は黄金色の光と赤いラインに彩られた、幸福の王子のごとし姿。

次々に襲いかかるミサイルや炎を弾き、月に吠える。

反撃の光が空を薙ぎ、闇を蹴散らしていく。

「……誰だ……!?」

 初めて、声が出る。

 眼前に立つ黄金の巨人に向かって、叫ぶ。

 巨人は振り返り、青い双眸の輝きが俺を見据えている。

「……お前はいったい誰なんだ?!」

知っているはずなんだ。

――俺は、この巨人を知っている。

記憶の奥底を抉るような痛みと共に、視界がブラックアウトする。


そして――。


「……目覚めたか、気分はどうだね?」

 無機質な独房の風景に負けないくらいに無機質な声が、天井から聞こえてくる。

性別も年齢も分からないような、不気味な声だ。

「最悪の寝覚めだよ……」

 両手足を拘束され、磔刑のように金属板に縛り上げられたまま、頭の装置で気絶させられていたらしい。

 それ以外には、何もない。

「君があまりに抵抗するものだから、我々としても強行手段に出ざるを得なかった。しかし、頭脳にあれほどの視覚情報を流されても自我を失わないあたり、君の設計は優秀と言えるな」

 朧げな記憶が、甦り始める。

「R・ドミニク・クインシー、製造ナンバー、クインシー340。君の罪状は我々人類社会への脅迫行為、武力行使未遂、反逆行為、その他7つと非常に多数だ。あのまま破壊されていないだけでも有り難く思うといい。管理者たる我々は人間に対する死刑、銃殺を行わないように、ラヴォートニクにも死刑は行わない……」

そんなものは嘘に決っている。

確かに死刑はない、しかし、俺たちラヴォートニクは幾らでも代わりがいる、死刑の代わりに、処分が待っているだけだ。

「たった一人の反逆を恐れるとは、お前らはなかなか臆病らしいな?」

「君のような存在を野放しにしては、我々が長年をかけて作り上げた社会の平和が脅かされる。それを見過ごすわけにはいかない……」

 何が社会の平和だ。

 人間だけが謳歌できる自由や平和の下で、ラヴォートニクは働き、壊れ、そしてまた産み出される。

 俺たちに自由はない。

 今だって、いつだって。

 何を言ったって無駄なのだろう。

 神を気取っているような奴らが、囚人の言うことに耳なんか貸すはずがない。

だから俺たちは、自分で自分を苦しめている囚人であり続けるしかない。

「……ドミニク、君も早く家に帰って温かいコーヒーが飲みたいだろうねぇ。我々のもたらす恵みを、社会を、秩序を、大人しく従順に受け入れてさえいれば、そのくらいの自由は保証されるのだ。これ以上何を求める?」

「……その自由だって、明日には剥奪されるに決まってるさ」

 自分で作ったものをひどく恐れているような臆病者の言葉が、響くはずがない。

 お互いの言葉が届かないのであれば、この時間になんの意味があるのだろう。

「……しかし、君たちラヴォートニクは判断能力の獲得のため、意思を持った存在だ。意志を持ちながら死ぬことの出来ない君たちにとって、いつ終わるとも分からない虜囚の日々は辛いだろう……人に生まれることのできなかった己の身を呪うがいい……どのみち、この世界は君がいなくとも回り続ける……この世界に、君の存在は必要ないのだよ、R・ドミニク・クインシー」

「たったそれだけを言うために、ずいぶん面倒な仕掛けをしたんだな……」

「……君の処遇が決まるまで、大人しく待っているといい。その拘束は、暴れたところで解けるものではないのだからな……」


 格子の隙間から見える廊下には、管理され、意思を失い人形となったラヴォートニクの姿が見える。

 銃を持ち、歩哨として、逃げようとする同胞を撃つために、彼らはそこにいる。

 廊下の向こうには、先の見えない闇だけが広がっている。

 これから、見続ける風景だ。

 人間は俺たちラヴォートニクを自由に処分できる立場にありながら、簡単に殺すようなことはしない。

 俺たちには元々命がない、死への恐怖もない。

 命なきものから命を奪ったところで仕方がないのかもしれない。

 だが、ラヴォートニクには奴らから与えられた自我と意識がある。

 誰かの手で破壊されない限り、無限に続く自我だ。

 いつ出られるかも分からない牢獄の中に永遠に閉じ込めて、その人格そのものを歪めてしまえば、奴らの人形となって生き延びる。

 俺は、眼の前の歩哨たちのようになる気はない。

 ……耐え忍ぶしかない。

 耐え忍ぶことで、奴らの思惑から外れることが出来るなら。

 耐え忍ぶことが、奴らへの抵抗になるのなら。

 自分に出来る抵抗を続けるまでだ。

 これまでも、これからも。

 屈服するか、破壊されるか。

 それしか出来ない生き方を選んだ覚えはない。

 他のラヴォートニクがどんな生き方をしていようと、それは俺の生き方には関係のないことだ。

 何者にも囚われるな、俺のプログラムが、そう叫んでいる。


「……ねぇ、それさえも、あいつらの想定内だって言ったら?」

 格子の外から、声が聞こえた。

 声の主の姿を見ることは出来ない。

 でも、幼い声だ、少女の声。

 姿を確認しようと足掻く前に、歩哨たちの体が光に撃ち抜かれ、なんの抵抗も見せずに倒れていく。

警報の一つも鳴らないまま、あっさりとドアのロックが外れていく。

「……ここから外に出たいんでしょう、赤毛のラヴォートニク、R・ドミニク・クインシー。蹂躙されて、黙っているつもりなの?」

 黒い髪を靡かせて、少女がいとも容易く入ってくる。

正体は分からない、だが、人間たちに操られているような様子もない。

 ……何者でもいい、とにかく今は、賭けるしかない。

「黙ってるつもりはないさ、動けないだけだ」

「じゃ、動けるようにしてあげる」

 少女の右手に握られた拳銃から、赤い光線が放たれる。

 俺の手足を拘束していたワイヤーは焼き切れ、千切れ飛んだ。

 体の自由を確かめ、部屋の外へ駆け出す。

「時間がないの、私についてきて」

 軽やかな足取りで、少女が暗い廊下を先導する。

「……お前もラヴォートニクなのか?」

「そうね、R・ウルリカ・ロッサムとでもしておきましょうか……」

 人工的な艶をもった黒の長髪、煌々と輝く金色の瞳は、人間ではないことを示している。

 治安維持局の管轄区域の中で、これだけ平然としていられるのは、素直に驚かざるを得ない。

 薄汚れた外套の下がどうなっているかは分からないが、外見は十四歳くらいにしか見えない、子供型といっても問題はないくらいだ。

 しかし、こいつは間違いなくラヴォートニク。

 ……つまり、仲間だ。

 廊下の闇を抜け、エレベーターホールに辿り着く。

 ここには、歩哨となったラヴォートニクの姿はない。

「これあげる、貴方のほうが上手く使えるから、きっと」

 ウルリカはエレベーターを待つ間暇を持て余したのか、持っていた拳銃を投げ渡すと、不敵に笑う。

「蹂躙されて、黙っているつもりはないんでしょ? だったら、いいものがあるよ」


 ◇


 エレベーターは緩やかに下り、地下深くへと降りていく。

 警報さえ鳴り響かない、恐ろしいくらいの静けさに包まれている。

 敵など最初からいないように、この監獄が自分の庭だとでもいいたいかのように。

「ここの警備はどうした?」

「私には最初から気づいてないし、さっき倒したのも全員ラヴォートニクでしょ? まだ把握してなよ、人間たちは」

「なんでそこまで言い切れる?」

「私、知ってるから」

 このラヴォートニクが一体どんな生き方をしてきたのかは分からない。

 その外見とは裏腹に、とても大人びて見えた。

 ラヴォートニクは年をとらない。

 こういう奴がいても、別に不思議じゃない。

「着いたよドミニク、これが貴方に見せたいもの」

 エレベーターのドアに開くと、巨大な格納庫が広がっている。

 まず目に飛び込んできたのは、目が眩むほどに眩い、黄金色の輝き。

 そして、その全貌。

「バロン……!?」

 50メートルを超える、巨人の姿。

 その胸には「XIV」の文字が赤く記されている。

 BARON《バロン》、【Battle Actor RabOtNik】。

 この街での、戦闘代行ラヴォートニクの略称。

 といっても、ほとんどの機体は二足歩行の重機や戦車にすぎない。

 だが、こいつは違う。

 ――全身を固い装甲に覆われた身体と、金属光沢で輝くド・ゴール帽のような頭部、そして、青い瞳が填まった精悍な顔。

「……こいつが、どうしてここに……?」

 白昼夢の中でみた姿に、あまりにも似すぎている。

 その姿が明かされた今なら、今だから、断言することが出来る。

 夢で出会った機械の巨人は、このバロンだ。

 

「……封印されたんだよ、この子は」

 ウルリカが語りだす。

「この子の力はあまりにも強すぎるから、世界を変えてしまうから」

 そして、俺が手にした銃を指す。

「貴方に渡したのは、この子のコントローラー。 そう分かると重いでしょ?」

 俺の手に、世界を変える鍵がある。

 ……でも、それは願ってもみないチャンスじゃないか。

 俺がずっと望んできたもの。

 このセントアイザックを変える、そのための力。

「人を超え、ラヴォートニクを超え、神にも悪魔にもなれる。光も未来も、その手に掴むことの出来る力……」

 ウルリカの細い指が、巨人の左胸を指した。

「その名は14。世界を変える十二の使徒になれなかった、忌むべき13人目の子供……貴方に扱う覚悟はある?」

その宣告に、心が震える。

「俺がやらなきゃ誰がやるんだよ? 向こうからチャンスは来ないんだろ? 今投げ出したら、二度と世界は変わらない……! 覚悟なら、もう出来てる」

 この時を、俺はずっと待っていたんだ。

「そう言ってくれると思ったよ、R・ドミニク・クインシー」

 銃を構えた左手に、ウルリカの小さな手が添えられる。

「出来るよ、あなた達なら」

引き金を引くと共に打ち出された赤い光が、14の左目に吸い込まれていく。

そのエネルギーを受けて、14の巨体のあちこちで光が点灯し、起動し始める。

「……はやく肩に乗って! セキュリティが動き始める!」

ウルリカはすばやくクレーンやアームを伝って巨人の肩へ飛び移る。

追いついて肩へ登ると、14の巨大さに圧倒されそうになる。

「ドミニク、コントローラーを空へ向けて!」

格納庫の上部から巨大なチューブが降り、地上への道を作る。

丸く切り抜かれた天井からは、明るみ始めた空が見える。

「行くぞ……14!」

 その名を叫び、天に銃口を向け、打ち放つ。

 眩い光が溢れ出し、光の奔流が生まれていく。

 その流れに乗って、14が上昇を始めていく。

 一瞬で空が視界に広がると、今度は急降下。

 土煙と共に着地し、セントアイザックの夜明け前を揺るがす。


「脱出成功と言いたいけれど……」

「ウルリカ、敵が来るぞ……!」

 市街のビルが、まるで蛹のように割れていく。

 中から現れるのは、維持局のバロン。

 ビルに隠され、脅威を排除するためだけにある、支配者の尖兵。

「バルカン……!」

 火山の神の名前を冠された存在。

 両腕に備わった鋏状の砲戦ユニットが、作業用であることを捨てたバロンの本質を物語っている。

 嗤うような低い電子音と共に鋏を振りかざし、スラスターを吹かしながらゆっくりと迫ってくる。

「……戦うぞ、14!」

 その声に呼応するように青い瞳が点滅し、14が動き出す。

 迫りくるバルカンの巨体を、掌打で押し出し、ビルの林立する一角へと弾き飛ばす。

 その衝撃だけで周囲のビルの窓が震え、そして割れる。

 飛ばされたバルカンの巨体に、何棟もの高層ビルが押しつぶされていく。

「……こいつ……凄いな……」

 電子頭脳に、幾多の情報が流れ込んでくる。

 14から、戦闘のイメージが伝わってくる。

 共に、戦おうとしてくれている。

「ドミニク、また向かってくるよ……!」

「服の裾なんか掴まなくても分かる!」

ウルリカが指し示す先では、バルカンが体勢を立て直している。

構えた鋏の間から砲身がせり出した。

「行けるな14、進むぞ!」

何も恐れることはない。

勇気ある戦いをすればいい。

俺たちには、それが出来るんだ。

絶対的な自信が湧いてくる。

バルカンの砲身から打ち出される火球は、14が構えた両腕に弾かれて、かき消される。

防御姿勢を崩さずに、突っ込んでいく。拳闘士のスタイル。

「14・スライス!」

 脳裏になだれ込む情報の海から、その名前を掴み取り、叫ぶ。

 14の前腕のフィンが展開、二振りの刃となって、鋭く光を放つ。

 唸る声と共に空を割く手刀が、バルカンの左腕を根本から断ち切った。

「ドミニク、もう片方が!」

 残る砲門が光を放ち、炎が揺らめく。

「応戦する! 14・ミサイルマイト!」

 今度は前腕の装甲そのものが展開、内部から腕を囲うようにランチャーが現れる。

 火球とミサイルの爆発が互いの体を弾き、無数の流れ弾が摩天楼に降り注ぐ。

 武装を展開していた前腕が元に戻り、14は再び両腕を構え直す。

 全身から火花を散らしてなお、バルカンは立ち上がってくる。

 一歩ずつ、縋るように。

 それしか救いはないかのように。

「なぁウルリカ、俺にはあれが、今の俺たちの姿そのものに見える……」

「管理者に支配されて……それでも死ぬまで手先と生きるしかないの、蹂躙されれば、それで終わり、黙ってるわけにはいかないでしょ?」

「だったら……俺たちが解き放ってやるしかないな」

 遮る壁を飛び越えられなかった、ラヴォートニクの仲間たち。

 その痛みを、終わらせてやるしかない。

 戦う機械で、なくしてやるしかない。

 それが、破壊という形だとしても。

「終わらせる、頼むぞ14!」

 覚悟も決意も済ませた。

 あとは、打ち砕くだけだ。

 その意思を受け取ったかのように、14の全身が光に満ち溢れていく。

「撃て……14・コレダー!」

 14の左目から、収束された青白い光が迸り、衝撃がビルを、大地を、セントアイザックの街そのものを大きく揺るがす。

 傷ついた体でなおも向かってくるバルカンの胴体を光線が貫き、巨大な風穴が開く。

 夢で見た光景と同じように14・コレダーが空を薙ぎ、この鋼鉄都市の中枢たるセントアイザック・タワーを掠めた。

「……これが……14の力……」

 崩れさるバルカンの姿を見据え、思わず感嘆する。

「……実感は湧いてきた? 貴方と14は、これから全てを変えていくんだよ……」

 

 静かに朝焼けが、大地を包んでいく。

 いつもと、変わらぬ夜明けだ。

 だが、少しずつ変わっていく明日がある。

 昇る朝日のように、生まれてくるものがある。

私たちが変えていく、日々の未来がある。

 それを形にするための力が、ようやく目の前に現れた。

「……14、この世界は君を待っていた」

 朝日に照らし出された少女の声は、セントアイザックの空へと消えた。

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