第38話 悪魔の暮らす町

 次の日の朝、世界は何事も無く平穏だった……ということもなく、テレビのニュースは朝から昨日起きた事件を大々的に扱って騒いでいた。

 学校に行く前の朝の時間、華凛は家族と一緒に朝食を取りながらそのニュースを見ていた。

 テレビの画面の中では太陽が昨日起きた事件について説明と謝罪を行って、その隣では金髪眼鏡の所長モードの美風も頭を下げていた。


「全ては私の責任です。二度とこのような事を起こさぬよう製品の開発には万全を期し、誠心誠意尽くして参ります。この度は誠に申し訳ありませんでした」

「申し訳ありませんでした」


 二人が謝っているその事件とは、昨日空を光が覆うとともにこの町の悪魔達の気分が一斉に悪くなって空から光が降り注いだというあの事件だった。

 その原因を太陽は新しく開発した光のエネルギーを利用した新マシンの試運転中の事故だったと説明した。

 昨日華凛と戦ったことを太陽は覚えていない。華凛がその時の記憶を消したから。

 事情を知る責任者である美風が太陽にそのように事件のあらましを説明したようだった。

 美風は彼に信頼される右腕としてずっと一緒に研究を行ってきたので、太陽が彼女の説明を疑う理由は何も無かった。

 華凛は陽菜や自分達に迷惑を掛けまいとする美風の気持ちは嬉しかったのだが、


「全く、人間にも困ったものだな」

「大きな事件を起こすのは悪魔だけじゃないって分かって欲しいわね」


 両親の勝手な良い分を聞くと何だか可哀想に思えて来るのだった。




 暖かい朝は隣の町にも訪れる。ボロアパートの玄関をスーツを着て身なりを整えた青年が出ようとしていた。


「それじゃあ、亜矢。僕は仕事に行ってくるからな」

「ちょっと待ってよ、お兄ちゃん。あたしも学校に行くから途中まで一緒に行こ」


 妹は急いで兄の後を追いかける。

 二人で朝の明るい道を歩いていく。人の目を気にしながら亜矢は小声で壮平に話しかけた。


「お兄ちゃん、指名手配されてるのにそんなに堂々と外を歩いて大丈夫なの?」

「お前はやっぱり真面目だな。人の意識なんて悪魔の力でどうとでも誤魔化せるんだぞ」

「お兄ちゃん……」


 兄は今もまだ悪事に手を染めているようだ。でも、それは以前までのような刺々しい嫌な物ではなくて……

 亜矢は明るい元気に弾む足取りで彼の隣を歩く事が出来ていた。

 幼い頃にも兄妹で一緒に歩いた近所の道を、今日は久しぶりに一緒に歩いている。


「お兄ちゃん、今日は家に帰ってきてよ」

「ああ、帰るよ」


 最近は一人で歩き慣れていたこの道が、今日は何だか違って見えた。

 



 キーンコーンカーンコーン!


 学校にいつもの平凡なチャイムが鳴る。この平凡な日を華凛が昨日守ったのだと知る者はこの学校に何人いることだろう。

 知らなくても良かった。今日も落ち着いて授業を受けていこう。

 時間は変わらずに流れていく。いつもと同じ平穏な一時だった。




 授業が終わって放課後になれば、友達の二人はいつものように華凛の席にやってきた。

 明るいお日様のような真白陽菜と魔術や占いが好きな黒いマニアの星崎雅だ。


「では、華凛ちゃん。一緒に参りましょうか」

「昨日はいろいろあったからね。調べる事はいろいろあるよ」

「うん、行こう」


 華凛はいつものように友達の二人と一緒に部室へ向かおうとする。

 だが、廊下に出たところでそこにいつもはいない人が待っていて、その足を止めようとするのだが、陽菜が変わらずに歩いていこうとするので慌てて追いかけた。


「あの……陽菜……さん!」


 背後から呼びかける声に陽菜の足が止まった。華凛と雅は振り返る。

 所長の時とは打って変わって内気な印象を与えるその少女、天津美風はもじもじと迷っている様子だったが、思い切ったように顔を上げて発言した。


「わたしもあなた達の仲間に……入れてください!」


 その言葉を聞いて陽菜の口元に笑みが浮かぶ。そして、お日様のような彼女は笑顔で緊張する彼女に手を差し出した。


「ようこそ、悪魔研究会へ」

「陽菜……はい!」


 答える彼女は以前のような暗さを払拭するような笑顔で。

 華凛は人に好かれる人とはこういう人なんだなと思うのだった。




 一緒に部室へ向かって歩き出す。

 美風は華凛の手に入れられなかった太陽に好かれる立場を手に入れている。

 華凛は考えた。自分が好かれる為にはどうすればいいのだろうかと思いを巡らした。

 自分も所長モードの時の美風のように語尾に「デビル」とか付けて明るい自分を演じた方がいいのだろうかと華凛は考えるのだが。


「華凛ちゃんは今のままでも十分に魅力的ですわ。ありのままの自分を好きになってもらってくださいませ」


 陽菜に小声で囁かれ、続いて雅に肘で突かれた。


「華凛ちゃんもうかうかしてられないね」

「え? 何が?」

「後輩が入ったんだ。華凛ちゃんもこれからは教える立場だよ」

「う、これは頑張らないと」


 華凛はまた別の意味で気を引き締めようと思うのだった。




 いつものメンバーに美風を加え、今日も悪魔研究会の活動は続いていく。

 悪魔の事をより深く知り、いつか人間に好かれる為に。

 華凛の活動も続いていくのだった。


 悪魔の暮らすこの町で。

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華凛の力は悪魔のパワー けろよん @keroyon

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