第37話 最後の戦い

 太陽はロボットの操縦席のスクリーン画面から外の状況を見ていた。

 アマツ所長が泣いている。優しく抱きしめているのは愛する娘である陽菜だ。そして、今自分の目の前ではあのおぞましい悪魔の少女が立ちはだかってこちらを怖い顔で睨みあげている。


「おのれ、アマツ君まで泣かせるなんて、この悪魔め!」


 彼の中で憎しみは募るがこの悪魔を倒す手段が見つからない。25パーセントの力でも互角だったのに今の彼女は100パーセント。アマツ所長の助力まで失った今では勝ち目が無いことぐらい太陽は弁えていた。

 だが、この悪魔だけは許せない。悪魔は全て許せないがこの悪魔だけは格別だ。

 その強い思いが彼に撤退を選ばせない。モニター画面を通して睨みつけているうちに太陽はふと気が付いた。


「そうか、お前だったのか」


 不気味な声で呟いた。天啓とは突然に降りてくるものだ。彼は今までこの悪魔の少女をどこかで見たことがあると思っていた。だが、気が付かなかった。

 それはその少女の印象が以前に屋敷で会った時とは全く違っていたこともあったし、まさか陽菜が悪魔なんかを家に連れて来るとは思わなかったからでもある。

 そのいずれの理由にしても実はあまり関係がないのかもしれない。

 これは結局のところは目の前の事が現実として受け入れられなかったから拒んでいたという理由に帰結するのかもしれない。

 だが、太陽は今、目の前にある事を現実として受け入れた。

 あの時の少女こそが全ての元凶である悪魔であったと確信した。


「お前だったのだな、黒野華凛!!」

「!!」


 そうと知った時、太陽は狂ったように笑った。その狂った笑い声に彼をよく知る陽菜も美風もただポカンと見ていることしか出来なかった。

 華凛は身構える。ロボットがいつかかってきても対処できるように。だが、太陽は操縦桿から手を離し、空を見上げた。


「天よ、力を! 私にはお前達の声が聞こえているぞ! 今も悪魔を倒せと囁いているその声が! 望みを叶える者はここにいる!」


 その正気ではない姿に陽菜と美風はお互いに心配そうに顔を見合わせた。


「美風さん、父は何をしていますの?」

「分からない……」


 賢い身内の二人が何も分からずにただ見ていることしか出来ない。相手が大切な陽菜の父親だけに華凛もうかつには攻められなかった。

 状況の変化はすぐに訪れた。太陽が笑いを止めて、空気が止まったかと思った瞬間。

 柱の消滅とともに空の大気の中に消えようとしていた光の粒が輝きを取り戻し、太陽の乗るロボットの元へと急速に集まってきた。

 ピースキーパーはすぐに光の輝きの奔流の中に飲み込まれ、光はより一層に強まった。やがて、光が収まった時。玉子が砕け散るように散ったその球体の中から現れたのは人間だった。

 真白太陽。だが、その姿が違っていた。今の彼は機械で出来た壮麗な黄金の鎧を身に纏い、その顔の表情は今までのような人間らしさがまるで無く、神のような威厳と無慈悲さを纏っていた。

 彼が呟く。まるで人間としての感情を失ったような声で。


「私はゴールド・サン。この町の全ての悪魔を駆逐するべく天より力を承りし光の戦士。我、この町の全ての魔を滅せん!」


 彼は空へと上昇し、そこで機械で出来た翼と光輪を出現させると、振り上げたその手の上に巨大な魔法陣を展開させた。

 見上げる者はすぐに理解した。これから凄まじい攻撃が来ることを。陽菜は悲痛な思いで叫んだ。


「華凛ちゃん! 父をあの誤った道から解放してください!」

「分かった!!」


 友の願いを受け、華凛は飛び立つ。今の華凛は100パーセントの力を扱える。

 だが、その華凛のスピードを持ってしても、天の戦士ゴールド・サンと化した太陽の術式の完成の方が早かった。


「悪魔は全て殺処分だ。味方する者も全て同罪だ!」


 天の魔法陣から光の嵐が降り注ぐ。それは悪魔だけでなくこの町の全てを破壊するような攻撃だった。


「この町はすでに汚染されている。全てをやり直そう」

「やらせない!」


 華凛は接近を止めて光の嵐を全て打ち消そうと悪魔の攻撃を放つがとても追いつけなかった。

 光が町を滅ぼす。覚悟を決めようとしたその時。


「あれは……?」


 町から昇った闇の障壁が光を受け止めていた。華凛には分かった。悪魔の力によって高めた視力で町の様子が見えていた。

 悪魔達だ。この町の悪魔達が光の攻撃を受け止めていた。

 学校の方へ向かった光は壮平と亜矢が止めてくれていた。学校を破壊しに来たはずの壮平が今では学校を守っている。

 その事は彼にとっても可笑しいようで、彼は笑って言った。


「あいつも思ったほどたいしたことないな。僕の手を二度も焼かせるなんて!」

「あたし達の力で助けてやらないとね!」


 町の悪魔達が頑張っている。頑張って天の光の力に対抗している。

 華凛は気づいていなかったが、光の柱が出現した時、この町にいる悪魔達みんなが苦しんでいた。

 その時、彼らの介抱をすぐに行ったのが人間達だ。そして、100パーセントの力が戻った今、今度は悪魔達が無差別な天の攻撃から人間達を助けた。

 この町で悪魔と聞いて良い顔をする人間は少ないが、決して住む事が認められていないわけではない。

 自分達の手で変えていける。華凛は確信と勇気を胸に拳を固めた。


「おのれ、悪魔と結託した人間ども! お前達も殺処分対象だ!」

「やらせない!」


 華凛は体当たりで相手の再びの攻撃を防いだ。


「おのれ、悪魔め。まずはお前に滅びを与えよう。これが祝福の火だ!」


 ゴールド・サンが攻撃を放ってくるが、それはもう今の華凛には通用しない。次々と避けて当たりそうな物は弾いていく。

 ここにはみんなからもらった気持ちがあるから。だから華凛は勇気が持てた。


「悪魔が認められないのは悲しいこと。でも!!」


 華凛は一瞬にして相手に接近。少女の拳を振り上げる。


「わたし達で! 変えていく!」

「ぐべあっ!!」


 全力の拳を叩きこむ。


「変えていくんだ!!」


 何度も何度も。太陽の荘厳な鎧は砕け散り、二人は黄金の流星となって町の空地へと墜落した。

 



 誰もいない休日の建設予定地で、華凛は静かに立ち尽くし、倒れながら今もなお恨みの籠った視線をぶつけてくる太陽を見下ろした。


「この……悪魔め! お前達さえいなければ……娘に綺麗な町を……!」


 華凛は悲しい思いで首を振る。

 彼の言いたいことは分かっている。悪魔はこの町で人の困るような事件を起こすのだから。

 でも、悪魔だって生きている。華凛もこの町で暮らしている。だから退くわけにはいかない。


「悪魔が認められないのは悲しいこと。でも、いつかきっと認めてもらえるように頑張るから。だから、今はわたしの事は忘れて、良い夢を」


 華凛が黒い息を吹きかけると、太陽は気を失った。彼が再び目覚めた時、もう華凛の事は忘れているだろう。

 今はそれでしょうがなかった。いつか認めてもらえることを信じて。華凛は静かにその場を立ち去った。

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