第35話 助けに来た

「華凛ちゃん!」

「立って!」


 くじけそうな意識の暗闇の中、華凛の耳に声が聞こえた。それはずっと自分を助けてくれた陽菜と雅の声。

 華凛は導かれるように手を伸ばす。少女の中に意識が戻ってきた。

 力を失ったあまり気を失っていたようだ。華凛は気が付くと校庭に倒れていて、陽菜と雅が心配そうな顔をして送ってもらったバイクから駆け降りてきていた。

 華凛が起き上がってそちらを見ると二人は足を止めて立ち止まった。

 戦場まで行く事が邪魔になる事ぐらい二人は弁えている。今までに何度も華凛と悪魔達との戦いを見てきたのだから。

 だが、今華凛を傷つけているのは陽菜の父親だ。陽菜は今どうするべきか決断を迫られていた。

 彼女の迷いは華凛には分かっている。秘めた思いを口にするのはどんな結果を招くのか分からない。

 陽菜ほどの人をしてまずは人間として好かれよう作戦を提案するほどに悪魔の問題は根深いのだ。

 華凛は陽菜が支えてくれたから思い切った行動が出来た。ならばその陽菜を支えてやれるのはいったい誰なのだろうか。

 決まっている。それは自分だ。

 華凛は友達の二人に大丈夫だと頷いた。二人はまだ心配そうにしながらもその表情を少し和らげた。

 予期せぬ娘達の行動に太陽は混乱していた。


「何故だ……? 何故陽菜があのろくでもない悪魔を労わるのだ!?」

「それはあの悪魔がこの学校で陽菜を誑かしたから元凶だからジェルよ!」

「なるほど、そういうことか!」


 アマツ所長の発言で太陽は全ての事情を理解した。

 ここに二人の悪魔が現れた理由も、さらにここまで強大な悪魔がここに来た理由も、なぜ奴らがこの学校を選んだのかも。太陽の中で線は繋がった。

 この悪魔達はこともあろうに陽菜を誑かそうとしているのだ。太陽の大切な娘である陽菜を。そして、この町を手に入れようとしている。


「お前だけは絶対に許さん!」


 それは甚だ的外れな結論であったが彼にとっては関係ない。どのみち悪魔を許せないことに変わりはないのだから。許せない理由が憎悪となって膨れ上がっただけだ。

 太陽は操縦席のボタンを押してロボットのミサイルを発射する。だが、華凛は黒い障壁を出して防いだ。

 それは封じたはずの悪魔の力。太陽は驚愕してうろたえた。


「どういうことだ! 悪魔の力は100パーセント封じたのでは無かったのかね、アマツ君!」

「そのはずジェル! 4つの装置は正常に作動して……」


 アマツ所長は空から町を見渡して気づいた。光の柱が三本しか無いことに。


「一つ起動していない!」


 それは彼女の失言だった。地上にいた陽菜と雅に今の状況を理解させたのだから。


「4つある物の1つが起動していない。つまり今の華凛ちゃんは……」

「ほぼ25パーセントの力が使えるってことだね」


 それでも大変な事には変わりない。それはただ純粋な数値その物よりもバランスを欠いた数値の制御が難しいのだ。

 いきなり力を25パーセントに制限されれば恐竜だってつまづくだろう。それは力の無い蟻が100パーセントの力で歩くよりも難しいかもしれない。

 だから、華凛も自分の体をどう動かしていいのか分からずにパニックを起こして倒れたのだ。でも、今では息を切らしながらも少し慣れてきた。

 少女達の納得の言葉にアマツ所長が空から睨み下ろしてくるが関係ない。陽菜はまだ足を震わせて苦労している様子の華凛に話しかけた。


「華凛ちゃん! あの装置はすぐにわたくし達が対処します! 今は25パーセントの力でも戦えますか?」

「うん! 大丈夫!」


 華凛は元気に答える。慣れない制限を課された力は制御するのが難しかったが、それでも動けないほどではない。自分の力だ。

 それに最初よりは慣れてきて動かせるようになってきた。

 華凛は自信を取り戻して自分達に害を為そうとするロボットを睨みつける。アマツ所長は今の状況が良くない事を感じていた。

 あの悪魔の力は強大だ。一刻も早く100パーセントを封じ込めないと安心できない。


「くっ、発動していない装置は……あそこか!」


 所長の目が向けられたのは学校の屋上だった。近くにありすぎたが故に逆に見落としていた。

 そして、屋上と言えば彼女には思い当たる事があった。誰も立ち入らないあの場所の鍵を陽菜が借りていた事だ。

 あの時は軽く見過ごしていたが失敗だった。陽菜は悪魔と関わっていたのだからもっと警戒するべきだったのだ。

 彼女の怒りの視線が空から陽菜に向けられた。


「陽菜! あなたの仕業ですか! どこまでも忌々しい!」


 アマツ所長はすぐに天使の翼をはばたかせて学校の屋上へと向かって飛んだ。聡い陽菜にはすぐに彼女の行動の意味が分かった。

 起動していない装置を動かして今度こそ華凛の力を100パーセント封じるつもりなのだ。やらせるわけにはいかなかった。


「雅ちゃん! 後を!」

「うん! あっちの三本は任せて!」


 親友同士、すぐに意見が通じ合う。陽菜は校内から屋上へと走り、雅は走れる仲間達へ向かう場所の指示を出しに行った。




 友達の行動は彼女達自身に任せ、華凛は目の前に立ちはだかる敵と向かい合う。

 校庭ではなおも敵意を向けてくる巨大ロボットが立っている。

 華凛の中にもうくじける気持ちは無かった。体はまだよろけるが25パーセントの力でも立ち上がれる。立ち向かう敵を睨みつける。

 その態度に太陽は不満を持った。


「何だその目は。悪魔の分際で私に歯向かうな! 怒っているのは私なのだよ!」


 ロケットランチャーを発射する。放物線を描いて降り注ぐミサイルの嵐が華凛を直撃した。


「これを受けてはただでは済むまい」


 吹き上がる爆風。校庭を破壊するのは気が進まなかったが悪魔が強すぎたので仕方がなかった。弁償の費用は出してやろう。

 太陽はこれからの事を考えるが、その目が驚きに見開かれた。悪魔は立っていた。

 いかに華凛と言えど慣れない力を制限された今の状況でこれを防ぎきることは難しかっただろう。

 だが、壮平が助けてくれた。攻撃を防ぎ切った事を確認すると彼はゆっくりと手を下ろして華凛を睨んだ。


「お前、強い癖にあんまり無様な姿を見せるなよな! あんな奴に好きにやられる玉じゃないだろう!?」

「ありがとう」

「ふん」


 壮平は踵を返す。いかに彼と言えど悪魔であるからには力を封じられている事に変わりはない。

 だが、今の全力を出せば華凛を狙った攻撃の一発ぐらいは防ぐ事が出来た。

 力を出し切った壮平は不満を顔にして亜矢の傍に座った。亜矢はそんな彼を笑顔で出迎えた。

 彼女は昔の事を思いだす。


『なぜ悪魔の力を使わない』

『だって』

『ふん、お前が弱いからそうなるんだ』


 子供の頃に公園でいじめられていた自分を助けてくれた兄が帰ってきたような気持ちだった。


「お帰り、お兄ちゃん」

「もう少し休んだら家に帰るからな」

「うん、家に帰ろう」


 二人戦いを見やる。

 華凛が戦っていた。恐るべき自分達を脅かすはずの強大な悪魔が敵と戦っている。

 それを見る彼らの瞳にもう怯えや迷いは無かった。

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