第34話 天使の来訪、追い詰められる華凛

 研究所を出て陽菜はすぐに屋敷の敷地の外に出る門の方へと向かっていく。こんな時でも取り乱したりせずに堂々としているのはさすがの育ちの良さ故か。雅はそんな変わらない親友の後をついていく。

 門に着いてスイッチを入れて開けると陽菜の呼んだ傭兵達はすでにバイクを吹かして待っていた。彼らのリーダーであるみーくんと呼ばれているがたいのいい男が陽菜に声を掛ける。


「お嬢、今度はどこへ行くんだ?」

「わたくし達の学校へ。大至急頼みますわ」


 彼らは陽菜が金で雇った傭兵だが、関係がそれだけではないことを雅は知っている。

 陽菜にはこの人に付いて行きたいと思わせるだけのカリスマがあるのだ。金は仕事に対する当然の報酬と労いの気持ちとして陽菜が渡し、彼らが受け取っているだけに過ぎない。

 陽菜と雅はいつかと同じようにバイクの後ろに乗せてもらう。一人足りない事に彼らは気づいたようだ。あの日華凛を乗せたツンツン髪の男が訊ねてきた。


「今日はあのおとなしめの子はいないんですね」

「ええ、彼女は先に行ってしまいました。ですから、わたくし達も急がねばなりませんのよ」

「何やら大変そうだな。そういうことなら飛ばしていくぜ」

「「「ひゃっはーーーー!!」」」


 安全運転で頼むなどと野暮な事を陽菜は言わない。プロの仕事はプロに任せておけば良いのだ。

 自分達は自分達の為すべき事を考えて、友のいる場所へ。

 陽菜の屋敷の前からバイクの集団は猛スピードで出発し、目的地の学校へと向かっていった。




 強大な悪魔の出現に太陽は慎重に距離を測りながら相手の正体を見定める。あの悪魔がただ者でないのはすぐに分かった。

 対悪魔戦用にアマツ所長の開発した天の光エネルギーを物ともせずにロボットの拳を受け止めた。この悪魔はさっきまで相手にしていた悪魔とは明らかにレベルの違う異質な存在だ。


「おのれ、新手の悪魔が! だが、私はお前などを恐れはせんぞ!」


 己を鼓舞するように言い、太陽は勇敢さを胸にさらにロボットを前進させて鋼鉄のパンチを繰り出す。だが、止められる。たった少女の片手一本で。

 光の噴出にも少女は全く眉を顰めることすらしない。この力が効かないのだろうか。あるいはレベルが違うのか。


「これを使う気は無かったのだがな」


 場所が娘の通う学校という事もあって太陽はあまり派手な武器を使う気は無かった。だが、この悪魔を仕留める為ならば仕方がないと結論付ける。


「これを受けても平気でいられるか!?」


 このロボットにはあらゆる悪魔に対処する為に様々な武器が内蔵されている。太陽はそれを解放する。

 ロボットのボディの各所に設置している様々な多彩な武器を展開して攻撃モードへと移行する。太陽はその武器で次々に攻撃を発動するが、この悪魔の前には全て止められてしまった。

 バルカンやミサイルやビームを撃ちこんでも黒いオーラに阻まれて全て無傷。パイルバンカーも弾かれて逆に押し返されたこっちが壊され、回転するノコギリも届く前に断ち切られてしまった。

 太陽は驚きを禁じえなかった。この町にこれほどの悪魔がいたことに。

 悪魔が強いのは分かっていた。だが、ここまで強いとは全く彼の想定の限界を超えていた。


「おのれ、何なのだ。この悪魔は!」


 力任せにロボットのアームをハンマーにして振り下ろしても悪魔の少女はただ手を軽く上げただけで受け止めてしまう。出力を高めても軋みを上げるのはこちらの腕の方だけで悪魔の少女の方は全く動じる素振りも見せない。

 太陽は仕方なく腕を引く。ここで考え無しに攻めて武器を失うわけにはいかない。攻め方を考える必要がある。彼は理性的な大人だった。

 敵の姿を観察する。幸いにも相手は積極的には攻めてこなかったので状況を見る時間があった。

 あの悪魔は黒いオーラを纏った少女の姿をしている。これほど強いなら有名でもおかしくないはずだが、彼の見た事が無い悪魔だった。

 だが、どこかで見た記憶があった。思いだす前にその悪魔が呟いた。


「陽菜ちゃん、太陽さん、ごめんなさい」

「なぜお前が娘と私の名前を呼ぶ! この、町に害を為す汚らわしい悪魔の分際で! ぐおあ!」


 言い終わる前に衝撃が襲う。待つ時間は終わった。悪魔が動いたのだ。

 悪魔の少女がただその小さな拳を振るっただけで無敵のはずの巨大ロボットが大きく弾き飛ばされる。太陽は驚きながらも持ちこたえた。


「まさかこの町にここまで強大な悪魔がいたとは! もう許せぬ! 娘と私の暮らすこの町から出て行ってもらうぞ!」


 太陽にはこの町を綺麗にしなければならない使命があった。そうするのが力のある大人の役目だと信じていた。

 可愛い娘の為にもこの町で騒ぎを起こす危険な悪魔を根絶しなければならない。歯噛みして敵の姿を睨みつける。

 悪魔は何かを待っているのかまた動きを止めてしまった。こちらを舐めているのか様子を伺っているのか、あるいは次の攻撃の力を溜めているのか。

 人間に悪魔の考えなど分かるはずがない。太陽は拒絶する。


「構う事はない。悪魔は叩き潰すだけだ!」


 彼は再び戦う構えを見せた。諦める事をしない人間に華凛は深く悲し気なため息を吐いた。


「やっぱりあれを壊すしかないか」


 彼が喜んであれを紹介してくれた時の事を思いだす。あの研究所で働いていた人達の事も。

 彼らが苦心して造り上げたであろうあのロボットを破壊するのは可哀想だと思った。出来ればここで退いて欲しかった。

 でも、この戦いを終わらせるにはやるしかないと華凛は本格的な行動に出ることを決める。

 数秒後にはここにスクラップと悲しむ人間が現れることになるだろう。だが、仕方なかった。終わらせる為なのだから。

 お互いに行動に出ようとする。二人とも踏み出そうとした時だった。空から声が降ってきて、二人はともに行動することを止めて空を見上げた。


「苦戦しているようジェルね、太陽。加勢が必要ジェルか?」

「おお、アマツ君。来てくれたのか!」

「何あれ」


 華凛が声を失って驚いたのは無理もない。空に天使が飛んでいたのだから。

 華凛はその実物は見た事がなかったが、空で金色の髪を靡かせて白い翼を広げたその姿は物語の中で見るそれとしか思えなかった。

 この町に悪魔がいることは今では誰でも知っている常識だが、天使がいるなんて華凛は全く知らなかった。

 学校も友達も親も教えてはくれなかったその存在。

 初めて悪魔を見た時の陽菜と雅も今の華凛と同じ気持ちだったのだろうか。分からないが、驚く華凛に対して太陽はさほど驚いていない様子だった。


「驚いたかね、この悪魔が! ならば冥土の土産に教えてやろう。あのアマツ・エンジェル君こそがこの町から悪魔を根絶する為に私の元に遣わされた天使なのだよ」

「ええ!?」


 華凛には驚くことしか出来なかった。

 この町に天使がいたことにも驚いたし、それ以上に自分の求めていた人間に好かれる立場を手に入れていた別の存在がいることにショックを受けていた。


「わたしは……人間に好かれる為に……まずは人として……」


 華凛は悲しくて涙が出そうになってしまう。

 太陽はくじけようとする悪魔の少女の事など何も気にせず、空に浮かぶ協力者へと呼びかけた。


「だが、どうするね。あの悪魔には我々の攻撃が何も通用しないのだ」

「では、これを使うことにするジェル」


 そう言って天使のアマツ所長が白衣のポケットから取り出したのはリモコンのスイッチだった。彼女はそのボタンを迷うことなくすぐに押した。

 すると途端に華凛の体から力が抜けた。立っていることも出来ず、地面に膝を付いてしまう。


「何これ……わけが分からない……」


 見上げると町の遠くの方で光の柱が昇り、そこから広がった光が町を包み込むドームを形成して、そこから無数の光の粒子が舞い落ちてくるのが見えた。

 華凛が体に感じるのは途轍もない虚脱感だ。体が全く動かせなくなってしまう。空で金髪の天使は高らかに笑った。


「これは悪魔の力を封じる光の檻ジェル。町の四つのポイントに設置した装置で光のエネルギーを増幅して噴き上げ、散布することでこの檻の中にいる悪魔の力を100パーセント封じるのジェル」

「ほう、そんな物をいつの間に用意していたのかね?」

「太陽がわたしの与えた力で実験を行っていたように、こちらでも太陽に与えてもらった設備で実験を行っていたのジェル。黙っていたことは詫びるジェル。これは試運転が終わってこの町の全ての悪魔を掃討する時までとっておくつもりだったのジェル」

「いや、いい。あの悪魔を倒さんことにはこの町の悪魔の掃討も敵わんからな。今はともにあの悪魔を打ち倒そうではないか」

「了解ジェル」


 勢いを取り戻したロボットが腕を打ち鳴らす。

 華凛は力の入らない足を震わせながら何とか立ち上がろうとするが無理だった。

 悪魔の力を100パーセント封じるということは、今は全く力が使えないということだろうか。


「わたしは……なんで……こうなって……」


 華凛はもうどうすることも出来ず、ただその意識は暗闇の中へと沈んでいった。

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