第32話 華凛の決断、怒りの所長
太陽の乗るロボットは目的地へ向かって町の上空を飛行していく。
壮平と亜矢が戦闘態勢に入って悪魔の力を高めたことによってレーダーに映る悪魔の反応も強くなった。モニターを地図から映像に切り替える。
そこに映るのは校庭で睨み合う二人の悪魔だ。一人は男で一人は少女だ。争っているようだが、相手の事情がどうあれ悪魔がいるのならばやる事は変わらない。
悪魔はこの町で悪さをする。何度も煮え湯を飲まされた光景だ。太陽の顔にあるのはそんな悪魔に対する怒りだけだ。
「悪魔め、また我々の町で何かを始めるつもりなのだろうがな。だが、もうお前達の好きにはさせんぞ!」
スピードを上げて一気に目的地の上空まで到着する。見下ろすその学校は彼もよく知る学校だった。彼は憎しみを増大させて吐き捨てた。
「まさか娘の通う学校に現れるとはな。この悪魔どもめ、もう許さん! この町から徹底的に全て排除してやっても構う物か!」
そして、太陽は怒りと力のままに操縦桿を押し倒し、悪魔を倒すために作り上げた新兵器の巨大ロボット、平和の守護者ピースキーパーを学校の校庭へと着陸させていった。
太陽の捉えていた映像は通信回線を通して研究所のモニター画面にも映し出されていた。
「さて、いよいよジェルね。悪魔を排除する第一歩が始まるのジェル。太陽、お前の働きに期待しているジェルよ」
アマツ所長はこれから始まる期待に実に楽し気な様子だったが、悪魔研究会のメンバーの子供達はそう落ち着いてはいられなかった。
周りに聞こえないようにヒソヒソ声で話し合う。
「華凛ちゃん、あそこに映っているのは……」
「亜矢ちゃん!」
「と壮平」
華凛は雅に静かにするように注意されるが、友達がターゲットにされているのに落ち着いてなどいられなかった。気持ちは陽菜と雅も同じだ。
三人を代表して陽菜は覚悟を決めると、すぐさま装置の傍に立つアマツ所長へと詰め寄った。
「エンジェルさん! 父に戦いを止めるように言ってください!」
「どうしてジェルか? やっと悪魔を倒せるのに。やはり悪魔研究会としては悪魔が大事なのジェルか?」
「なぜ悪魔研究会のことを!?」
「フッ、我々が何も知らないと思っているのはあなただけなのジェルよ」
顔の眼鏡をクイッと上げて不敵に笑う所長。陽菜は悪魔の事は家には秘密にしていた。どこまで知られているのだろうか。
華凛にはこの家の状況は分からなかったが、陽菜は反撃の手段が見つけられないかのようにうろたえていた。下手な事を言っても邪魔になるだけだ。
動けない華凛の代わりに、雅が陽菜の助けに入った。
「悪魔でもこの町で暮らすことは認められている。悪魔だからといって勝手に排除することは認められないはず」
悪魔は嫌われてはいてもこの町に住む事を認められていないわけではない。雅の意見は正しいが所長の態度は変わらなかった。
「あの悪魔はこの前の事件で指名手配されていた悪魔ジェル。もう一人の悪魔もわたしは知っているジェル。二人は共謀していたんジェルね。ここで捕らえて警察に突き出しても文句を言われる筋合いはないんだジェル。戦いは仕方ないジェル。相手は犯罪を犯すような凶暴な力を持っている悪魔なんジェルから」
「くっ……」
陽菜も雅も困っている。標的にされた相手に前の事件を起こした壮平が関わっているならしょうがなかった。二人もここに亜矢が関わっていなかったらもっと楽観的に今の状況を見られただろう。
だが、友達を見捨てる事は出来ない。短い間だけでも亜矢とは仲良くできたのだから。裏切ることは同じ悪魔である華凛に対する裏切りにも等しいと二人は思うだろう。
亜矢は友達だと言えれば良かったのかもしれないが、陽菜も雅も悪魔が好きな事をずっと外部には隠してきた。そのカミングアウトを今この場所で父のパートナーだというほどに近しい少女に言えるわけがなかった。
そうするぐらいなら父に直接言う方がマシだ。だが、もうその時間が無い。戦いは今すぐにも始まろうとしている。
陽菜は口を噤んで立ち尽くしてしまう。アマツ所長の嫌らしい笑みは少女達に協力する気は全くないことを伺わせた。
決断する時だった。華凛の悪魔の力で。
人として好かれるまでは出すなと言われていたこの悪魔の力を解放すれば。自分さえ正体を明かして戦えば。この状況を打破することは出来る。
そして、この期に及んで隠す事は華凛にはもう出来なかった。友達が困っている。助けなければいけない。たったそれだけの簡単な決断。
「大丈夫。わたしが行くから!」
華凛は悪魔の力を解放して背に漆黒の翼を広げた。その変身した姿にみんながそれぞれに驚いた顔をした。
傍にいた陽菜と雅は華凛の取った思い切った行動に。他の研究員の人達はここに悪魔がいたという事実に。
華凛は優しい目を友達の二人に向けて言った。
「人間として好かれるはずだったのに作戦を台無しにして御免。でも、見捨てられないから」
「構いませんわ。わたくしもそう指示するつもりでしたから」
「またみんなで考えよう。あの場所で。今は気にせず行ってきて」
「うん! ありがとう、陽菜ちゃん、雅ちゃん! それじゃあ、わたし行ってくる!」
華凛が翼を振るとともに強烈に黒い風が舞い上がる。そうして凄まじいスピードで空へと飛びあがった華凛は、そこから学校の方角へと向かって高速で飛び去っていった。
ここから学校まで。車ならそこそこ時間が掛かるが、あの速度ならすぐに着くだろう。
沈黙に包まれる研究所で、今度は我に返ったアマツ所長の方から陽菜に向かって詰め寄っていた。
その顔にはさっきまでの落ち着きが全くなく、まるで年相応の少女の様だった。
「どういうことジェル、陽菜! お前に悪魔の知り合いはいなかったはず!」
「そうですわね。わたくしに悪魔の知り合いはいなかった。そう思わせた認識を改める時が来たのかもしれません。でも、それはあなたにではなくお父様にですので! どうぞあなたは何も勘違いなされませんように!」
胸を掴む手を払いのける。陽菜はもうアマツ所長には構わなかった。立ち去りながらポケットから電話を取って、使える私的な知り合いに連絡を取った。
「みーくん、すぐ屋敷の前まで来てください。連れていって欲しい場所がありますの。ええ、すぐ来てください大至急」
この家にはヘリも車もあるが、どちらも運転手は父の雇った者しかいない。
今のこの状況で父の息が掛かった者が使えるはずがなかった。現場に連れていっても混乱を増やすだけだ。父の命令で奴らは簡単に敵に回るだろう。
なので陽菜は私的に使える傭兵に連絡を取った。雅もそんな部長の後についていった。
後に取り残されたアマツ所長はポカンとして立ち去る二人を見送った。すぐにその顔に怒りが燃えて彼女は顔に付けた眼鏡を外して子供がわめくように叫んだ。
「何なのですか、あの態度! 陽菜もくだらない人間でした! くだらない悪魔を大事にするくだらない人間ども!」
そして、彼女は力任せにマイクを取ると猛獣の雄たけびのように叫んだ。
「太陽! その悪魔達を必ず倒すのジェルよ! わたしもすぐに行きますからね!」
「ああ、分かっているとも! 任せておけ!」
太陽はその言葉を研究をともにしたパートナーからのエールとして受け取ったが、アマツ所長にとってはそうでは無かった。彼女の顔にはこれ以上ないほどの怒りが燃えていた。
「おのれ、陽菜。わたしを騙すなんて許せませんよ! 悪魔と関わった事、必ず後悔させてあげますからね!」
切ったマイクを乱暴に叩きつけて歩き去る彼女を、その場にいた人間は誰も止めることは出来なかった。
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