第31話 校庭の対峙

 華凛達の通っている小学校。そこの朝の校庭に壮平は忽然と姿を現した。

 日曜日でも普段なら人間が数人ぐらいはいたかもしれないが、今は誰もいない。 それは今日が休日だからというのもあるが、壮平が目的を邪魔されないように念のために昨夜のうちに人払いの結界を施したからでもあった。

 これぐらいの事はある程度のレベルの悪魔なら朝飯前に出来る。そんなわけで今のこの場所は彼以外に誰もいないもぬけの空の状態だった。


「静かで結構な事ですね。これで心置きなくぶちかませるというものだ」


 準備運動がてらに悪魔化させた腕を振る。

 彼の目的はあくまでも華凛に一泡吹かせる事であって、余計な被害を起こして面倒事を増やす事ではない。

 無関係な他人に出しゃばられても邪魔になるだけなので、考え無しの破壊をして過剰な罪まで背負うつもりは今の壮平には無かった。


「さあ、始めさせてもらいますよ」


 彼は人の姿から悪魔の姿に変身し、手に爆裂の炎を燃やす。

 昨夜のうちにこの辺りの地理も調べさせてもらった。隠れる場所も逃げる通路も確認済み。眺めの良い場所も見つけておいた。

 後はこの学校を破壊して見晴らしの良い特等席からここに来て騒ぐ奴らの顔を拝ませてもらうだけだ。特に華凛、あの少女の顔が楽しみだ。

 

「やってやるぞ。せいぜい良い顔を見せてくれよな!」


 壮平は手に巻き起こした炎弾を放つ。それは校舎に命中し、粉々に粉砕するはずだった。この校庭の真ん中からは横に伸びる校舎がよく見える。片っ端から全部破壊してやってもいいがまずは小手調べだ。

 だが、壮平の放った炎弾は校舎に届く手前で止められた。それは他ならない身内の悪魔によって。

 受け止めたのは少女の悪魔。だが、華凛ではない。


「亜矢、お前が何をしに来た」

「お兄ちゃん、やっぱり朝に現れたね」


 亜矢の実力は壮平よりもずっと下だったが、殺す気もない小手調べの一発だったので彼女の力でも止められた。それでもきつかったが。

 たかが妹を相手に壮平は取り乱したりはしない。内心の怒りを押し殺しつつ目上としての立場を見せて訊ねた。


「外が明るくないと奴の驚く顔がはっきりと見えないからな。来るなと言ったはずだぞ、亜矢。何のつもりだ?」

「お兄ちゃんを止めに来たのよ」

「お前に止められると思うのか?」


 気迫だけで亜矢は飛ばされそうになる。平和な環境で暮らしてきた亜矢と悪魔として様々な事件に関わってきた壮平とでは勝負にならない。

 この兄を止めるのは無理だと亜矢自身にも分かっている。だが、やるしかなかった。最初は穏やかだった壮平だが次第に怒りを上げてくる。

 それでも言葉で退けようとするのは目的外の事で力を使うのを嫌ったからに他ならない。それは亜矢にも分かっている。


「僕がなぜ悪魔の力を持ちながら人間達を先導し、裏方に徹してきたか分かるか? それは愚かなあいつらを見るのが好きだからだ。決して僕が臆病だからなんかじゃない」

「お兄ちゃんは臆病でもいいよ。家にいてくれた方があたしは嬉しかった」

「やれやれ、お前は駄目だな。すっかり平和ボケしていやがる。あまり僕を舐めるんじゃないぞ、亜矢! 僕に出来ない事は無いんだ! この悪魔の力を思いしれ!」

 

 壮平はもう怒りを抑えることが出来なかった。さらに激しい炎を起こす。彼にも余裕が無いのだ。なんでもいいからやってあの悪魔の影を払拭しなければ気が済まなかった。

 それは部屋に閉じこもって震えているだけよりは何かをして前に進んだ方が褒められた態度だったかもしれなかったが、亜矢はやらせるわけにはいかなかった。

 ここは友達の大切な場所で、身内の暴挙を止めるのは身内の役目だから。

 だが、亜矢の実力ではどう頑張っても兄の壮平には勝てないだろう。それは今のあの炎の強さを見てもよく分かる。

 今の壮平は本気だ。


「亜矢、よけろよ。よけなかったらただでは済まない」

「!!」


 低い声で壮平が告げる。最後の忠告。

 だが、亜矢にはよけるつもりはない。壮平は目を細めて慎重に妹の出方を伺った。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る