第30話 朝の出撃
華凛はまた太陽の書斎にあった隠し通路から研究室に行くのかと思っていたが、先導する陽菜の足は一旦屋敷の外に出て、そこから研究所の方に向かっていた。
朝の日差しの暖かい外の道を歩く華凛達の横目には昨日歩いた渡り廊下が見えている。華凛は小走りで陽菜の横に並んで訊ねた。
「陽菜ちゃん、今日はあの通路からは行かないの?」
「ええ、今朝はお父様が一緒ではありませんし、所長が用があって呼んでいるのならここは正面から堂々と行けばよろしいでしょう」
「正面から乗りこむのか。いよいよ」
「こっちからも行けたんだね」
「はい、もっともこの前までは近づく事を禁じられていたのですけどね」
何故禁じていたのか。それは邪魔になるからか邪魔をさせないためか、単に子供を近づかせない為か。華凛が考えても分かるわけもないが、陽菜が真っすぐに歩いていくので雅と一緒についていく。
やがて陽菜の言った通り、昨日入った入口とは違う、研究所の正面玄関が見えてきた。
だが、そのドアの前に立っても自動では開かなかった。陽菜がインターホンで用件を伝えると、玄関のドアは自動で開いた。
「おお、勝手に開いた」
「華凛ちゃんはこういうの見るの初めて?」
「うん、初めて。うちには無いね」
雅と一緒に話し合う。
「さて、これから何が出てくるのか。油断せずに参りましょう」
そして、頼りになる部長の後に続いて一同は覚悟を決めて中へと入っていった。
無人の玄関ホールを横切って奥のエレベーターに乗り、上階に移動する。
人の姿が無いのは休日の朝だからだろうか。一般の職員は今日は家で休んでいるのかもしれない。
やがて間もなく陽菜の押したボタンの階に到着する。エレベーターが着いて降りてみれば、そこは昨日来た機械やコンピューターの並んだフロアだった。朝の休日なのにここでは働いている人達がいた。
華凛は仕事の邪魔にならないように小声で話すことにした。
「玄関からここに繋がってるんだ」
「ええ、みんなが秘密の通路から来るわけではありませんわ」
となるとあれは太陽さんなりの近道だったのだろうか。ぼんやり考えている時間は無かった。
「行きますわよ」
先導する陽菜の後に続いて華凛と雅は機械の間に伸びる通路を歩き、昨日来た地点まで辿り着いた。
アマツ所長は昨日と同じ場所で待っていた。来た事に気が付くと、彼女はこちらが挨拶をする間もなく振り向いた。
「来たジェルね。陽菜とその一行。昨日はよく休めたジェルか?」
「ええ、今日はあなただけですの? お父様は?」
そう言えば太陽の姿が無い。今日の彼の予定は聞いていないが、いないと彼に好かれよう作戦が進められないのだが……
それでも華凛が今日は友達と過ごすだけでも悪くないけどと思っていると、アマツ所長が陽菜の質問に答えた。
「太陽はもう準備を終えて待っているジェル。だから、朝からあなた達を呼んだのジェル」
「え?」
彼はどこにいるのだろう。好かれるようにしっかりしないとと華凛が今更ながらに改めて身だしなみを気にしていると、アマツ所長が端末のボタンを操作した。
するとモニター画面に彼の姿が映し出された。太陽は今、パイロットのようなスーツに身を包み、計器類に囲まれた狭い場所にいるようだった。
映像は双方に繋がっているようで、気づいた彼が柔和な笑みを浮かべた。
「おお、陽菜。どうやら間に合ったようだな」
「お父様、今どこにいますの?」
「ここだよ」
返答は合図とともに来た。大きなガラス窓の向こうの格納庫で鎮座していた巨大ロボットの腕が持ち上がり、体のランプが数回点灯した。
それでみんな察することが出来た。陽菜が驚いて訊ねる。
「まさかそのロボットの中に?」
「その通り。今日は記念すべき日になるぞ。悪魔は現れていないのでまずは試運転をするだけだがな。このロボットの力を見せてやるぞ。悪魔を倒せるパワーをな。よーくお父さん達の力を見ておくんだぞ」
「え……ええ。拝見させていただきます」
悪魔を倒せるパワーと言われても陽菜は戸惑ってしまうだけだった。その悪魔が身近にいて友達であってここにいるのだから。
陽菜の戸惑いは父からは自分を心配する娘の姿のように映ったようだ。彼は戸惑う陽菜を安心させるように優しく言った。
「大丈夫さ。お前の心配するようにはならない。父さん達の研究は完璧だ。では、行ってくる。アマツ君、やってくれ」
「出撃ジェル」
父が出撃の指示を出して、アマツ所長が答えてキーボードに指を走らせてからレバーを引いて、腕を振り上げて出撃のボタンを叩こうとする。
だが、突然に建物内にけたたましい警報の音が鳴って、その手の動きを取りやめた。父もすぐに状況を確認した。
「何が起こった」
「今調べるジェル」
アマツ所長がコンピューターを操作して原因を調べる。モニター画面に映像が映し出された。それは空から見た町の映像だ。
アマツ所長が何かに気づいたのか、嬉しそうに微笑んで言った。
「これはおあつらえ向きに現れたようジェルな」
「いきなり実戦か。これは願ってもない」
「何が現れたんですの?」
陽菜の質問の答えは薄々みんなも想像が付く物だった。だが、それでも告げられて華凛は驚いた。太陽は力強く緊張と興奮の混じった声で言った。
「悪魔が現れたのだよ!」
「地点を絞り込むジェル」
アマツ所長がボタンを操作すると、モニター画面の映像が拡大されていって、悪魔がいると思われる地点が表示される。
その場所は真上からの表示だったし、学校なんてどこにでもあるので華凛には自信を持って断言出来なかったが、陽菜の言葉で確信した。
「あそこはわたくし達の学校ですわ」
「あの場所に悪魔が来るなんて」
「前も、もぐもぐ」
言いかけた口を雅の手に封じられた。鋭い視線で黙らされる。
亜矢が悪魔で学校に来た事をこの場で言っていいはずがない。華凛が理解して頷くと雅は手を離してくれた。
再び画面を注視する。悪魔が現れたのならば彼らの行動は一つだった。太陽は改めて伝える。
「アマツ君、出撃する」
「了解、出撃ジェル!」
アマツ所長が拳を固めて今度こそボタンを叩くと、カタパルトが作動して父の乗る巨大ロボットは開いた出口から飛び出して大空高くへと飛んでいった。
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