第27話 静寂の夜
陽菜の父、真白太陽に案内されての研究所の視察と自慢を終えられたところで華凛達は来た面々で屋敷の方まで戻り、食事をしながらいろいろ話をした。
太陽は気さくに華凛とも話をしてくれたが、人間として良い印象は持ってもらえたのだろうか。華凛にはよく分からなかったが彼は機嫌よく笑っていたので悪い印象は与えなかったと思う。
ここから叩き出されることもなく、ゆっくりして行ってくれとまで優しく言ってもらえた。
この分ならまずは人して好かれてもらおう作戦は成功と言えるかもしれない。陽菜も上手く行っているといった感じに楽し気なウインクを送ってくれた。
さて、次の悪魔として好かれる作戦はどうするのだろうか。この屋敷には他人の耳があるし慣れない場所でもあるので相談には適さないと思う。また部室に戻った時に話し合うことになるのだろうか。
雅の方に目を向けると、ジュースを飲んでいた彼女は慌てる事は無いと言った感じに目線を送った。
なので、華凛は今日はいろいろあったがもう気にする事はせずに、人としてお泊り会を楽しむ事に決めた。
せっかく来たのだから良い思い出を作って帰りたい。子供ながらにそう思った。
そして、食事を済ませた華凛はいつもの友達メンバーで行動。陽菜と雅と一緒にお風呂に入り(とても豪華で広くて眺めの良いお風呂でびっくりしてしまった)、その日はパジャマに着替えて寝る事にした。
さて、寝ると言ってもお泊り会と言えば、みんなで同じ部屋で夜遅くまで騒いで遊ぶのかなと思っていたら、寝室は個別に用意されているようだった。そうメイドさんに案内された。
その事は陽菜にとっても意外な様だった。
「わたくしは一緒にいるつもりだったのですが、お父様が余計なおせっかいを回したようですわね」
「あいつの差し金か」
「寝る前に遅くまで一緒に遊ぶ?」
せっかくのお泊り会なので華凛はそう提案するが、雅に却下されてしまった。
「それはあいつに警戒されると思う。ここはおとなしく従う振りをしておこう」
「そうですわね。ここは良い子ちゃん作戦で行きましょう」
二人には何か考えがあるようだ。この場所に詳しいのは二人の方だし、下手な意見は言わない方が良いだろう。華凛は信頼して従うことにした。
陽菜の部屋の前で今日は解散することに。華凛は寂しかったが陽菜の顔は明るかった。それはまた明日になれば会えるからかもしれない。
「では、また後で。決行なら合図を。駄目なようでしたらまた明日改めて考える事に致しましょう」
陽菜は手でリズムを取ったノックのしぐさを見せてから自分の部屋に入っていった。用があるならその合図で伝えるということだろう。
取り残された廊下で華凛と雅は見つめ合う。不安な思いが伝わったのか雅が心強く励ますように言ってきた。
「陽菜ちゃんに任せておけば大丈夫だよ。この屋敷の事は誰よりも詳しいから。行けそうなら今夜にも決行。駄目そうなら明日にアタックだ。今は自分の部屋に行こう」
「うん」
行けそうならお泊り会を決行するのだろうか。
頷いて華凛は雅と一緒に廊下を歩いていった。客室は別の階にある。階段を降りていく。
華凛と雅に割り当てられた客室は陽菜の部屋からは結構離れていた。これも子供達に余計な騒ぎは起こさせまいとする太陽の作戦なのだろうか。
単に私室と客室が離れているのはこの広い屋敷では普通の事なのかもしれないが。
歩かなくても華凛の悪魔の力なら壁でも天井でもすり抜けてすぐに友達に会いに飛んでいけるが、それで悪魔だと知られて叩き出されては元も子もない。
せっかく人として好かれる作戦が上手く進んでいるのにここで下手を打つ必要は無い。悪魔として好かれる作戦はまた後だ。
今は良い子ちゃん作戦を実行する時だ。陽菜と雅の言ったように行動する。
やがて雅と一緒に歩いて考えている間にそれぞれの客室に辿り着いた。
華凛と雅の部屋は隣同士だ。ここは友達として大人も気を利かせてくれたのかもしれない。
自分の部屋のドアの取っ手を握って雅が声を掛けてきた。
「おやすみ、華凛ちゃん」
「おやすみ、雅ちゃん」
「心配しなくても大丈夫だよ。陽菜ちゃんなら上手くやってくれるから」
「うん」
「今は休もう、それぞれの塒に。決戦の時はいずれ訪れるから」
雅はそう言い残して自分の部屋に入って行った。
「雅ちゃん……心配させたかな」
自分はそんなに不安な顔をしていただろうか。友達に心配されるほどに。自分の顔を触ってもよく分からないが、だとしたら良くないことだ。
自分は人に気にいられる為にここに来たのだから。本当はお泊り会よりももっと心配な事があった。ただ自分の気持ちを誤魔化そうとしていただけだ。
だが、この作戦が上手くいけば太陽さんも悪魔に良い印象を持って考えを変えてくれるかもしれない。
「よしっ」
華凛は少しでも明るく好印象になれるように気合を入れ直し、今は自分の部屋で休むことにした。
いずれ良い時が訪れる。そう信じて。
月明かりが綺麗で静かな夜だった。
みんなが寝静まったその夜。研究所にはまだ灯りが灯っていた。
アマツ所長はそこの自分の部屋でパソコンを見ていた。その画面には今日取っていたデータが映っている。
それは陽菜がこの屋敷に友達を連れてくると聞いた時から設置していた装置。悪魔の力をサーチするレーダーからの情報がそこのモニター画面には映っていた。
どんな微弱な悪魔の反応も見逃さない。この敷地内なら僅かでも力の発動が認められれば反応するはずだった。
だが、反応は何も無し。それほどに力を発動させようとは全くしなかった華凛の隠蔽能力は完璧だった。少しでも使おうとしていたら見つかっていただろう。
求めていた情報が得られず、所長は静かに椅子の背もたれにもたれて考えにふけった。
「あの他の町から来た少女の情報を疑ったわけでは無いジェルが、陽菜に悪魔の知り合いがいないという話はどうやら本当だったようジェルな」
コーヒーを飲んで金髪の少女はさらに考えを進めた。
「悪魔なら闇に潜む事も考えられるが……フッ、奴らがそのように力を抑えられる殊勝な存在なら誰も苦労はしないジェル。このレーダーならどれだけ些細な力だろうと影に潜もうと悪魔が力を発動すればキャッチできる。階段を移動するのに面倒な時、物を取る時に早く済ませたい時、力を持っているのに全く使わないなどありえないのだから」
飲み終わって手放すコーヒーのカップは宙に浮かび上がり、彼女が指を振るとともにそれはその方向にある流しへと自然と飛んでいって浸けられた。
所長は立ち上がり、窓を開けた。今夜は風の気持ちいい夜だ。明日にはもっと気持ちよくなれるだろう。
だが、その青い瞳はまだ油断することはない。
「真白陽菜、あいつは何をするか分からないジェルからね。手下を連れてきたのにも意味があるのかもしれません。一応様子を見に行きますか」
少女の青い瞳が力を発動するかのように強く輝く。すると金色のオーラが彼女の全身を包みこみ、窓から足を乗り出した少女はそのまま暗い夜空へと舞い上がった。
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