第26話 父の協力者
華凛は案内する太陽の後に続いて隠し通路の奥へと進んでいく。
今は陽菜と雅が一緒だし、案内する彼の態度も悪い物では無かったので、警戒する必要は無いだろうと華凛はリラックスする事にした。
あくまでも悪魔の力は使わずに人として好かれる事が今回の目的なのだから。
通路はどこに続いているのだろう。薄暗い秘密の地下室だろうかと思っていたら綺麗で近代的な渡り廊下に出た。
移動する歩道に乗ってさらに進んでいく。横にある窓からは来た時に見た中庭の景色がよく見えた。
華凛が窓の外の景色を眺めていると、先頭に立つ太陽がちらっと振り返って声を掛けてきた。
「この先には」
「父の研究室がありますのよ」
「おいおい、陽菜。私のセリフを取らないでくれよ」
言葉を被せられて親子が笑い合う。
華凛が前を見ると通路の行きつく先に大きな建物が見えた。あの建物の中に研究室があるのだろうかと思っていたら、
「あの建物が私の研究室だよ」
「あの建物が!?」
どうやらあの建物全体がそのようだった。何とも金持ちというのはスケールが違う。陽菜が学校で持て囃されているのも無理は無いと華凛は思ってしまう。
雅は無言で外を見ている。何かを考えているのだろうか。読み取れるほど華凛は旧友のように親しくは無かった。
陽菜は明るく父に話しかけた。
「今まではわたくしにもあそこは立ち入り禁止だと言っていましたのに今日はどういう風の吹き回しですの?」
「そう拗ねるなよ。私だってもっと早く自慢したかったんだ。だが、所長に禁止だと言われてね。やっと完成が見えて許可が出たんだ。今日来てくれたのはたまたまタイミングが良かったのだよ」
「所長?」
その人の事を陽菜は知らないようだった。綺麗な目をパチクリさせていた。父は笑って言った。
「私の心強い協力者だよ。彼女の事もこれから紹介するよ」
「彼女……ですか」
華凛にはよく分からなかったが、陽菜はその人の事を快く思っていない様子だった。
渡り廊下の動く歩道が終わり、建物内の通路を歩いていく。さっきまでいた屋敷は宮殿のような造りだったが今度の建物はSFのような景色だなと華凛は思う。
綺麗で清潔でさっぱりしていて、埃一つ無さそうな感じだ。
通路はすぐに終わり、近代的なドアが華凛達の前に立ちはだかった。
太陽がカードを取り出して何かのパスワードを端末に打ち込んでからさっと通すと、ドアはシュッと開かれた。
何か凄いと華凛の子供ながらの好奇心は刺激されてしまう。太陽は子供を引率してきた大人の態度で先を促した。
「どうぞ私の研究室へ」
案内されるままに中に入っていく一同。
その建物の中ではたくさんの機械やコンピューターが動いていた。
白衣を来た数人の研究者と思われる人物達が働いているのが見えたが、みんな自分達の仕事に集中していて、こっちに気づいて頭を下げる人はいたが持ち場を離れたり声を掛けてくる人はいなかった。
太陽は笑って手を上げるだけで答える。働いている人の労を労っている。
静かな唸り声を上げる機械の間の通路を通って奥へ進んでいく。やがて突き当りに大きなガラス窓があるのが見えた。
そして、その手前のコンピューターで操作を行っている金色の長い髪の女の人の後ろ姿が見えた。近づく足音に気が付くとその人の手がピタッと止まり、声を掛けてきた。
「来たジェルね。太陽」
「うむ、子供達を連れてきたよ。もうあれを見せても構わんのだろう、アマツ君」
(アマツ……?)
その名前を不審に思ったのは陽菜だけだった。雅は何だかさっきから不機嫌そうにしている。
振り返った白衣の少女の姿を見て華凛は驚いた。相手が金髪碧眼の初めて見る外国人だったと言う事もあるが、その少女が自分達と対して歳の変わらない子供のように見えたからでもあった。
もっともただ若く見えるだけで本当は大人なのかもしれないが。女性に歳を訊ねる事が失礼な事ぐらいは華凛でも知っているので質問したりはしなかった。
アマツ所長は白衣の袖が長くて余っている様子の手で顔の眼鏡をくいっと持ち上げて一同を見渡してきた。
「初めまして。陽菜さんに雅さん、そちらは見ない顔ジェルね」
「あ……初めまして。わたしは黒野華凛……です……」
自己紹介にも慣れてきたと思いたいところだが、やはり慣れない場所で偉そうな人にじっと見つめられては華凛は恐縮してしまう。
相手は遠慮したりはしなかった。華凛にとってはよく分かっている評価を口にした。
「ふーん、陽菜さんがどこかで拾ってきた友達ジェルか。その割には今一つパッとしないジェルね」
「はは、よく言われます……」
自分でも地味な事は自覚しているのでつい苦笑いしてしまう。
陽菜とは悪魔研究会を通して友達になったのだがそれを言ってアピールした方がいいだろうかと思ったが、それより早く陽菜が太陽に訊ねていた。
「お父様、この方が……?」
「ああ、私の研究のパートナーでここを任せているアマツ・エンジェル所長だよ」
「よろしくジェル」
金髪の少女は華凛達とそう変わらない子供のような背丈なのに偉そうにしている。所長というぐらいだから本当に偉いのだろうか。見ただけで知識は分かりはしない。
ジェルと言うのは彼女の口癖だろうか。エンジェルと掛けているのかもしれない。
華凛がそう思っている間にも陽菜が動く。不審を隠してにこやかな笑顔で一歩進み、父のパートナーだという少女に友好の手を差し出した。
「父が世話になっています。娘の真白陽菜ですわ。初めまして、よろしくエンジェルさん」
「…………」
差し出した友好の手を金髪の少女はじっと見下ろすだけで取らなかった。眼鏡の奥の瞳は何か嫌がっているように見えたが、人付き合いの苦手な華凛には他人の正確な気持ちなんて分からない。
結局その手は取られることが無く、太陽の言葉で逡巡する所長の手は下ろされてしまった。
「ここには精密な機器があるから触られるのは嫌がられてるのかな。アマツ君、早速だが娘達にあれを見せてはくれないだろうか。もう構わんのだろう?」
「もちろんジェル。すでに連絡した通り、これはもう完成したジェルから」
太陽に言われて振り返ったアマツ所長が端末のキーボードを手早く叩くと、巨大な窓ガラスのシャッターが上がっていってその奥の中が見えるようになってきた。
そこは大きな格納庫のようだった。そして、そこに鎮座していたのはまるでSFか漫画でしか見た事が無いような巨大なロボットだった。
機械的で何だかとても強そうに見える。だが、何と戦うのだろうか。そんな華凛の疑問はすぐに解消された。太陽は自慢の道具を子供に見せびらかすように言う。
「見たかね。これが悪魔達から人間を守る平和の守護者ピースキーパーだ。この力があればもう人間達は悪魔に怯える必要は無い。人間の力は悪魔を越えてこの町から平和が始まるのだ」
「そんな事が可能なんですか?」
「それを可能にしたのがアマツ所長の開発した画期的な新エネルギーなのだ」
この人はやはり天才だったのか。質問をした華凛は驚いて見てしまう。所長は胸を張って偉そうにして言った。
「最終チェックは今日にも終わり、明日にはエネルギーの充填も終わって飛び立てるジェル。この町にはびこる悪魔達ももう終わり。この世から魔は滅せられ、光の時代が訪れるのジェル」
笑い合う大人達を前にして華凛はどうしていいか分からなかった。
物騒な物があったら破壊した方が良いのかもしれないが、弁償しろと言われても困るし人間達に迷惑をかけたくもない。
陽菜と雅も黙っているので、ただ何となくぎこちない拍手をする事しか出来なかったのだった。
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