第25話 陽菜の父親

 部屋を出て華凛と雅は陽菜の案内で彼女の父親の部屋へと移動することにした。立派な絨毯が敷かれた宮殿のような綺麗な廊下を歩きながら華凛は思う。

 自分の家なら家族に会おうと思えばすぐなのに、屋敷が広いと家族と会うのも大変なんだなと。家が広いというのもメリットばかりでは無いようだ。

 とは言っても同じ屋敷の中だ。別の町まで歩くわけではないので、そう歩くこともなく到着する。

 陽菜が立ち止まった目の先。そこが目的地なのだろう。ちらっと振り返った陽菜の視線に華凛と雅で頷きを返し、意思を確認したところでいよいよ踏み込む。

 陽菜が「失礼しますわ」と一声掛けて「どうぞ」と落ち着いた男の声が聞こえてドアを開く。

 入っていく陽菜の背中に華凛と雅は続いた。

 そこは立派な書斎だった。校長先生の部屋に雰囲気が似ていると学校での知識で華凛は思う。奥の机で作業をしているのが陽菜の父親なのだろう。

 立派な髭をした厳格そうな父親だ。考えを変えるのが無理そうな頑固さが見ただけで分かってしまう。

 彼は作業をしていた手を止めて鋭い厳しい目を向けて言ってきた。


「陽菜、会わせたい者がいると言っていたのはその子達かね。星崎さんの娘さんと……」

「星崎雅です。お久しぶりです、おじ様」

「うむ、久しぶりだな。そちらは見ない顔だね。初めましてかな」

「えっと……」

「黒野華凛さんです。学校で新しく友達になりましたのよ」

「そうか。楽しくやっているなら何よりだ」


 黙っている間に話を進められてしまった。このままではいけないと華凛は思う。思っている間に再び声を掛けられる。


「そうかしこまらなくてもいいのだよ。掛けたまえ」

「はい」


 そうは言われてもどうしていいか分からず立ち尽くしていると雅の手に引っ張られた。彼女の手に案内される形で華凛は歩いて近くのソファに座った。

 隣に雅が座って反対側に陽菜が座って正面には父親がいて華凛は逃げられなくなってしまった。

 華凛の悪魔の力を使えばここから影となって抜け出ることは可能だが、ここまで来てそんな事が出来るはずがない。

 悪魔の力も使わずに人として好きになってもらおうと決めてきたのだから。

 緊張して背筋を伸ばして口を噤んでいると、陽菜の父親は子供を安心させるように微笑んできた。


「ひょっとして緊張しているのかな」

「お父様は顔が怖いんですのよ」

「私は優しい父親のつもりなのだがな。私は真白太陽。陽菜の父親だ」

「黒野華凛……です」

「おお、喋ってくれた」


 言ってしまってからさっき陽菜が紹介してくれたのにと思ったが、誰も気にしていなかった。

 相手が嬉しそうで華凛も少し気持ちが楽になった。

 それから学校での事とか他愛のない事を話し合った。美味しいお茶も飲んで華凛の気分も大分ほぐれてきた。

 陽菜と雅の話が落ち着いてきた頃を見計らって、華凛は聞こうと思っていた事をいよいよ切り出すことにした。


「太陽さんは悪魔が嫌いだと伺いました。どうしてそんなに悪魔を嫌っているんですか?」


 途端に場に緊張が走る。陽菜もまさか華凛からその話を切り出すとは思っていなかったようで驚いた顔をしていた。雅は無言で華凛に応援を送る。

 何も言わなければこのまま和やかなムードのまま帰れただろう。だが、陽菜の言った通り、これは避けては通れない道なのだ。

 思い切って訊ねると、太陽は今までの娘の友達を迎えた微笑ましさを消した厳しい目を向けてきた。


「君は悪魔の事をどう思っているかね」

「それは……」


 逆に訊き返されてしまう。

 華凛にとって悪魔とは世間の人達に迷惑を掛けて自分達の評判を貶める迷惑な存在だった。両親もよくそう愚痴っていた。

 だが、それをそのまま言っては元も子もないし、悪魔が好きだと公言しても陽菜と雅の迷惑になってしまうだろう。ここは辺りさわりのない答えを選ぶしかなかった。


「何とも。普通に町にいるし」

「そうだな。君達の世代なら今の町の状況が普通だと感じるのだろうな」


 どうやら当たり障りのない答えを選べたようだ。だが、太陽の話はそれだけでは終わらなかった。彼はさらに熱を持ったように持ち論を語った。


「だが、これは異質な事なのだ。君も悪魔の起こした事件がニュースで報じられたのを見た事があるだろう」

「はい」


 見た事はあるし関わってもいたので余計な事は言わずに素直に頷いておく。

 太陽はさらに語った。その顔には何かに対する怒りのような感情が増しているように見えて、華凛は選択をミスしたような焦りを覚えた。


「悪魔の暴れた町。この町があのように報じられるなどあってはならないことなのだ。我が町の恥と言えよう。私は悪魔を憎んでいるのではない。ただこの町を綺麗にしたいだけなのだ。この町から全ての悪魔を追放し、次世代に誇れる町にする。そうすることが我々大人の仕事なのだ」

「そんな……」


 さすがの言葉に華凛は言葉を失ってしまう。その驚きは陽菜と雅も同じだったようだ。二人とも驚いた顔をしていた。

 子供達の反応を太陽は別の意味で受け取ったようだ。安心させるように不敵に笑って言った。


「もちろん簡単な事でない事は分かっている。君達も知っての通り悪魔は強大だ。人間を遥かに超える不可思議な力を持っている。いざ戦争になれば追い出されるのは我々人間の側かもしれない。だが、我々はいつまでも今の状況を受け入れているわけにはいかない。変えねばならんのだ、この町を。そして、この町から世界を! その為の準備を我々は進めてきた」

「準備、いつの間に……」


 陽菜が珍しくうろたえた声を発している。その反応で今の話の意外性が華凛にも理解できてしまった。手が握られる。雅の手だった。

 今は友達と一緒にいる。勝手な事は出来ない。華凛は落ち着くことにした。

 太陽が話を続ける。その手が机にあったボタンを押すと、背後にあった本棚が動いてそこに秘密の通路が現れた。

 何かやる事が陽菜と同じで親子なんだなとこんな場合なのに呑気に思ってしまった。


「これは陽菜にも内緒にしていたことだが、今日君達がここに来たのも運命かもしれないな。紹介しよう、悪魔に対抗する人間の一手を」


 立ち上がって太陽は案内する。華凛は陽菜と雅と頷き合って覚悟を決めた。

 自慢の物を見せようとする大人の後についていく。

 今は陽菜と雅が一緒にいるし、何かあれば決断してくれるだろう。恐れる物は無いはずだった。 

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