第20話 屋上の決闘
久しぶりにやってきた屋上。そこで華凛は亜矢と向かい合う。陽菜と雅は見届け人であり、審判を務める。
自分達以外に人の姿のない静かな屋上を見て、亜矢は満足気に微笑んだ。
「人目のない良い場所じゃない。ここであたしと思いっきりやりあおうってわけね」
「本当にやるの? この戦いを」
戦う気が十分の亜矢に対して、華凛はいまいちやる気が起きなかった。それはこの悪魔が悪い子に見えなかったのもあるし、彼女の兄を倒した後ろめたさもあるかもしれない。
それに何より同年代の悪魔の女の子と出会えたのが嬉しかったのかもしれない。自分でもよく分からない気持ちだった。
そんな華凛を亜矢は鋭く睨んだ。彼女の答えは明白だ。
「当然じゃない。あたしはあんたを倒すためにこんな慣れない町まで来たのよ。ここではいろいろあったわ。でも、それもここで終わる。先に言っておくけどあたしはクラスでは運動神経が良い方なのよ。ちょっとあたしのお兄ちゃんに勝てたぐらいで甘く見ていると吠えずらを掻くわよ」
「…………」
これは気を引き締めないといけないようだ。華凛はあまり運動が得意ではなかった。クラスでも下の方だった。
悪魔の力にどれぐらいの差があるのかは分からない。お互いに初対面だし手の内を明かしていない。
軽く腕を回して準備運動をした亜矢はいよいよ始めようと攻撃の構えを取った。
「さあ、始めるわよ。準備はいい?」
「うん。あ、ちょっと始める前にいい?」
「え? 何よ。やりたいことがあるなら早くしなさい。気になることがあったら本気で打ち込めないでしょ」
「ありがとう」
やっぱり亜矢は良い子だ。華凛の希望を聞いて待ってくれた。
華凛は悪魔の力で周囲をサーチした。前に空を飛んだ時に狙われたようにまた誰かが狙っていないか気になったのだ。だが、こちらを気にしている者はいなかった。
亜矢は呆れたように肩をすくめた。
「そんな警戒しなくても何も罠なんて張ってないわよ。思ったより臆病なのね」
「うん。でも、念のために結界を張っておくね」
亜矢はため息を吐きつつも油断はしていない。壮平を倒した悪魔に油断をする理由もない。
あまり大きな結界を張ると逆に悪魔を知る人間から警戒される恐れがあるので、華凛は一般的な人間から察知されない程度のそこそこの規模の結界を張って戦いを始めることにする。
「結界とはなかなか上等な力が使えるのね」
「上等かな。えへへ」
「…………」
自分はきっと彼女と戦いたくないんだと華凛は思う。だからこうやって戦いを先延ばしにするように話をしている。
だが、戦いの時は否応無しに訪れる。他ならない仲間達の声によって。
「では、お互いに準備ができたところで初めてくださいませ」
「悪魔達の戦いが始まるよ。わくわく」
陽菜が戦いの開始を促し、雅がこれから始まる期待に目を輝かせる。ここに止める者は誰もいない。亜矢が改めて訊ねてくる。
「今度こそね。そろそろ始めてもいいかしら」
「うん、始めよう」
「それじゃあ……行くぞおおお!」
亜矢の挑戦に華凛が答えたところで開始となった。亜矢が悪魔の力を発動させる。気迫が黒いオーラとなって膨れ上がり、その手に爪が伸び、背に悪魔の翼が生えて尻尾が伸びた。
悪魔化だ。壮平や路地裏の悪魔はもっと化け物のような姿に変身していたが、亜矢はわりと人間の姿を保っていた。
あまり戦いに身を置いていない人間の優しさが現れているのかもしれない。
「これを見ても驚かないのね。さすがはお兄ちゃんを倒した悪魔か」
「うん、わたしも悪魔だから」
「あんたも本気を出しなさいよ」
「わたしは……」
「甘く見ていると吠えずらを掻くって、先に忠告はしておいたわよ!」
まだ戦いの構えを取ろうとしない華凛に対して亜矢は瞬時に踏み込んでくる。陽菜が驚き、雅が興奮に瞳を煌めかせるほどのスピードだ。さすがは悪魔。人間とは次元が違う。
挨拶代わりに放たれる手刀を華凛は軽く首を傾けただけでかわした。
「!!」
元より本気でやるつもりのない挨拶代わりの一発だ。戦う姿勢を見せていない相手に亜矢は本気を出してはいない。
だが、それでも少しは痛い目に会わせてギャフンとさせてやろうと思った。それを完全に避けられて亜矢は驚いた。
そして、その時にはもう華凛の手が亜矢の手首を掴んでいた。離れようなどと意識させる間もなく華凛は飛んできた勢いのままに亜矢を背後へと投げ飛ばした。
「わぎゃああああん!!」
悲鳴を上げて突っ込んだ亜矢の体が屋上にあった何かの設備を壊してしまう。何の設備か分からないが直しておかないとまずいだろう。屋上を借りた陽菜が怒られて二度とここを使えなくなるかもしれない。
迷っていた不意を突かれて華凛は手加減が出来ていなかった。
すぐさま悪魔の力を発動させて屋上にあった謎の設備を修復した。時間が経ち過ぎていたら直せなかったかもしれないが、壊れたばかりなので部品は時間を巻き戻すかのように自分から直っていってくれた。
一先ずは安心。修復が終わりきる前に亜矢はそこから飛びあがって脱出し、直ったばかりの設備の上に着地した。
「あたしを閉じ込めようたってそうは行かないわよ」
「そんなつもりじゃなかったんだけど」
「もう手加減の必要は無さそうね!」
戦いはまだ何も終わってはいない。むしろここからが始まりだとばかりに、亜矢は手に力を集中させて雷の光弾を放ってきた。
華凛はそれを手で左右に払いのける。華凛自身の張った結界にぶつかって光弾は外に出ることなく弾かれて消滅する。
華凛は少しやる気を出して背に悪魔の翼を現す。このまま防御に回っていては駄目だ。陽菜と雅が見ている。良い所を見せねばと。
だが、こちらが動く前に亜矢は次の行動に移っていた。雷はただの目眩まし。突撃してきた拳を華凛は腕でガードした。
それほど重くはない。華凛の力なら防げる。耳に仲間達からの応援の声が届いてくる。
「華凛ちゃん! 今ですわ!」
「そこでカウンターだ! 吹っ飛ばせ!」
陽菜と雅の言いたい事は分かっている。だが、やれと言われると逆にやる気がなくなるのは何故だろう。それは相手が同じ悪魔の女の子だからかもしれない。
気の迷いをチャンスと見たのか、拳を引いた亜矢が回し蹴りを放ってくる。倒されるほどの威力はないが華凛は力を抜いていて後退させられてしまった。
体勢を立て直した亜矢が歩いて迫ってくる。その怒ったような顔を見て、華凛は何もすることが出来ず後ずさってしまった。
すぐ間近に迫ってきた亜矢が手の平を突き出してくる。それは華凛が避ける必要もなく顔のすぐ横を通り過ぎ、後ろの壁を叩いていた。
華凛の力ならここから抜け出して背後に回り込むことは可能だが、その前に亜矢が吠えていた。
「あなた、やる気あるの!?」
「それはないけど……」
「はあ……」
「あ……」
つい正直な本音が口をついて出てしまった。亜矢は心底呆れたように息を吐く。それで終わらせず、亜矢は鋭い視線を向けて訊ねてきた。
「あなた、他に悪魔の知り合いっている?」
「いないけど。あ、家族がいるよ」
正直に答えると亜矢は今度こそ呆れたとばかりに息を吐いて手を下ろし、悪魔化まで解いてしまった。
「あんたって正直者なのね」
「それほどでも」
「あるのよ。自覚ない?」
「えっと……」
迷っていると、戦いが一段落したと見て、陽菜と雅が近づいてきた。
「戦いはもう続けませんの?」
「第2ラウンドならいつ始めてもらっても構わない」
「やらないわよ。そもそもどうしてあたしがこんな奴と戦わないといけないの」
勝負を挑んできておいて散々な言い様に華凛はつい苦笑いしてしまう。亜矢はプイっとむくれてしまうが、改めて向かい合って言ってきた。
「あたしはあたしを納得させたかっただけ。あたしのお兄ちゃんがこの町に迷惑を掛けたのよね」
「うん」
「ニュースになるような事件でしたわ」
「それであなたは守るために戦ったのよね」
「うん」
「あの時の華凛ちゃん、悪魔かっこ良かったよ」
華凛の言葉を陽菜と雅が補足してくれる。亜矢は何かに納得したようだった。尊大な態度はあくまでも崩さずに言った。
「なら、悪いのはこっちじゃない。迷惑を掛けて悪かったわね」
「こちらこそ」
「こちらこそじゃないっての」
その言い方がおかしくてついみんなで笑ってしまう。収まるのを待ってから華凛は言った。
「もう戦いは終わっていいのかな」
「ええ、あたしの気は済んだからね。自分の町に帰ってあたしからもお兄ちゃんに一発入れておくわ。あなた達は気にせずに自分達の活動を続けてちょうだい」
亜矢はもう帰って二度とこの町には来ないつもりだった。兄の惨状を見てやる気になって来て、でも兄を倒した悪魔は良い奴で悪いのはやっぱり兄で、許せないからと頑張ってここまで来た自分が馬鹿みたいだった。
だが、立ち去ろうとしたその肩を部員達に掴まれてしまった。
「何? まだあたしに何か用?」
「まだわたくし達の今日の活動は終わってはいませんわ」
「そう、むしろここからが始まり。せっかく来た悪魔。簡単には離さない!」
「ちょっと、何よあなた達。こら、引っ付くな。あたしはもう帰るのよーーー!」
「そう言わずにちょっとだけですから」
「夜に先生が見回りに来るまでに帰れば問題は無い」
「そう、なら勝手になさいよ!」
「では、部室へ」
「行こう」
「ちょっとだけだからね、あんた達と付き合うのは」
亜矢が陽菜と雅に連れていかれる。
華凛はもう前ほど嫌な気分になったりはせず、暖かな気持ちで仲間達の後を追いかけるのだった。
結局、夜までつき合わされてしまった。亜矢は校舎の外に出る。来た時はまだ空は青かったのに今では真っ黒だ。
陽菜が車を出すと言うのをあんた達の世話にはならないと断って、代わりに雅から悪魔を邪悪から守るお守りとやらを手渡されて、(悪魔を邪悪から守るって何なのよ。まあ、悪い気はしないからもらっておくけど)、校門前でうるさい奴らとやっと別れた亜矢は自分の町の方角へと足を向ける。
すると歩き出す前にいきなり暗がりから現れた人物がいて、亜矢は幽霊かと思ってびっくりして出しかけた足を引っ込めた。
「陽菜の研究会に上手く溶け込めたようですね」
「何だ、あんたか……」
現れたのは幽霊ではなく、学校に入る前に会った根暗そうなぼっち少女だったので安心して胸を撫で下ろす。
彼女とした約束の事なんて亜矢はすっかり忘れてしまっていたが、今思いだしていた。
相手はその約束の事を催促してくる。今までここで待っていたのだろうか。彼女の顔には疲れの色は見えなかったのでどこかで休憩していたのかもしれない。
「それでどうでしたか? 彼女達の悪魔の研究の方は……」
「それはね……」
亜矢は少し考えて別に隠す事でもないと結論付ける。自分はこの町の者では無いのだし、変に誤魔化してもバレた時に気まずくなるだけだろうからと。
だから、思った事を正直に答えることにした。
「あいつらは全然駄目ね。悪魔の事を何も分かっちゃいないわ。ねえ、知ってる? あいつらって悪魔研究会を自称している癖に、悪魔の知り合い一人いないのよ。まったく笑っちゃうわよね」
「そうですか。陽菜の力をもってしてもその程度だったのですね。わたしには分かりますよ。あなたが本心からそう言っていることが」
亜矢はこの町の人の事を悪く言いすぎたかと思ったが、相手は別に怒ってはいなかった。
だが、薄々と感じることはあった。それを口にする。
「ねえ、あなたもこっち側じゃないの。なら、あたしに頼まなくても自分の力で計れたはずよ」
「それでは相手に気付かれるでしょう。だから、あなたに頼んだのですよ」
「それもそうか。あたし達は仲間の気配には敏感だもんね」
「そうですか」
少女が不意に右手を上げて人差し指を亜矢の額に当ててきた。亜矢はいきなりの事にわけが分からずにきょとんとしてしまう。
風が吹き上がり、前髪から現れた少女の黒い瞳が一瞬だけ青く光ったような気がした。
亜矢が覚えているのはそこまでだった。
「もういいですよ。ご苦労様でした。あなたは今日ここで会ったことを忘れ、自分の町で暮らしなさい」
「はい、あたしはここで会ったことを忘れて自分の町で暮らします……」
亜矢が自分の意思ではないような虚ろな言葉で喋って自分の町へとフラフラと向かっていく。
見送って、美風は人差し指を撃ち終えた銃口のように吹き、不気味に笑った。
「陽菜の力でも悪魔のことは何も分かっていなかった。この町にもうわたし達の敵は誰もいない……!」
夜の暗闇の中、不気味に笑う少女の姿はまるで愉悦に喜ぶ悪魔のようであった。
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