第19話 部室に招かれた悪魔

 陽菜と雅に左右から引っ張られて、亜矢は元の悪魔研究会の部室の中まで連れ込まれた。そこの中央に置かれた椅子に座らされる。

 それは前に悪魔だと身バレした華凛が二人からじろじろと調べられた時に座らされた椅子だ。そこに今度は新しく来た悪魔の子が座らされるのを見て、華凛は何だか不思議な親近感のような気持ちを抱いた。


 人間達を前にして亜矢はこんな奴らには舐められまいとわざと尊大な感じを意識して腕と足を組んで偉そうにふんぞりかえって座る。

 子供達は弱い相手には容赦が無い。こちらが臆病な真似を見せればいくらでも容赦なく突っかかってくる。

 亜矢はそう思っていた。だからこちらこそが偉いのだと印象付けるようにはっきりとした態度を取る。初対面の相手でもびびったりせずに堂々と支配者のように。


「あたしを部屋に招いて椅子を進めてくれるなんてあなた達は気が利くじゃない。まずは褒めてあげる。お返しにあたしがここへ来た目的をはっきりと教えてあげるわ。いい? あたしがここへ来たわけは……」

「悪魔だーーー!」

「うひゃああん!」


 語っている途中でいきなり雅に後ろから抱き着かれて亜矢は変な声を出してしまった。首筋に回った手を軽く叩いて文句を言う。


「ちょっとあなた、何するのよ。あたしは悪魔なのよ。人間がなれなれしくしていい相手じゃないの。離れなさいよ」


 それは華凛も知っている知識なので少ししゅんとしてしまう。人間と悪魔は相いれない物、やはりそれが世間の認識なのだと。

 だが、陽菜と雅は相手が悪魔でも全く気にしていなかった。堪能している様子の雅に代わって今度は陽菜が亜矢に向かって言う。


「そのあなたは悪魔の力は使いませんの?」


 陽菜のお嬢様の視線は何物も見逃すまいといった鋭い視線だ。暖かいお嬢様に見えても陽菜は抜け目が無い。

 相手が待ち構えているのが分かっていて、安い挑発に乗る亜矢では無かった。


「悪魔は軽々しく自分の力は使わないものよ。人間に警戒されてはたまったものじゃないからね」


 やはり悪魔は力を隠して生きる物。そう華凛に再確認させた亜矢の言葉だった。新しい悪魔の言葉はいちいち華凛に今までの知識の裏付けをさせてくれる。


 一方で亜矢は軽い言葉を交わしながらここの状況を計っていた。初めて来る町の初めて来る場所なので慎重にならざるを得なかった。

 ここは悪魔研究会。何らかの知識や悪魔の力に対抗する手段を持っていても不思議ではない。ならば先に力を見せることは得策ではない。

 相手が誘っているのならばそれに乗っては駄目だ。飛んで火にいる夏の虫とばかりに畳みかけにくるだろう。どこに罠が仕掛けてあるのかも分かったものではない。

 亜矢は相手の誘いに乗らないように注意しながら、こちらの目的を切り出すことにした。何をするにしてもここへ来た目的を果たさないことには始まらない。

 雅がひっついていることはもう放置して、亜矢は自分が来た目的を語ることにする。


「あたしはおに……壮平を倒した悪魔を探しにここへ来たのよ。情報ではあたし達と同じ年頃の子供の悪魔らしいんだけど、悪魔研究会だと言い張るのならあなた達、この悪魔について何か知らないかしら」

「鬼?」

「壮平を倒した悪魔は鬼だと言われてますの?」

「…………そうよ」


 亜矢はめんどくさいと思いながら投げやりに答える。目的の情報さえ得られれば他の事はどうでもいいとばかりに言い捨てる。

 華凛は自分も話に加わりたかったが、陽菜と雅が相手のすぐ傍で会話しているので、二人の邪魔をしたくなくて加われなかった。

 陽菜がインタビューをする記者のように質問する。猫のようにくっついてる雅も続く。


「あなたと壮平はどういう関係ですの?」

「そっちの悪魔ってどんな感じ?」

「それをあなた達が知る必要はないわ。あなた達はただあたしの質問に先に答えればいいの」

「おお、悪魔っぽい」

「偉そうですわね」

「…………」


 亜矢は緊張していたがそれは出さないように注意していた。悪魔が人間の前で後れを取るわけにはいかないのだから。人間に見下されることになればますます肩身の狭い生活をすることになるだろう。

 目的さえ達成できればすぐにこの場から逃げ出したい気分を押し込めながら亜矢は再度要求する。


「それでおに……壮平を倒した悪魔について何か知っているの? 知らないの? 知っているなら答えなさい。知らないならもう帰るわよ」

「ええーーー、もっといてよ」

「それなら……」


 雅と陽菜は新しく来た悪魔の子と何だかとても楽しそうに話している。部に念願の悪魔が来て華凛も喜ぶべき事のはずだが、どこか面白くないと思ってしまった。

 だから、陽菜が言う前に自分が名乗り出ることにした。


「華凛ちゃんが……」

「わたしがやったよ!」


 思ったよりも大きな声が出てしまって、言った直後で恥ずかしくなってしまった。

 だが、良い発言が出来たと思う。この町で騒ぎを起こした悪魔を退治したのは自分だと誇らしげに自慢できると思う。

 きっと新しく来た子も褒めてくれるだろう。陽菜と雅にとっても自慢のはずだ。

 そう思う華凛をみんなが驚いた顔で見ていた。一番驚いていた亜矢が呆然とした顔をして立ち上がった。その首元から雅の手が離れた。

 亜矢は言う。念を押すように。


「あなたがやったの?」

「うん!」

「華凛ちゃんも立派な悪魔」

「素晴らしい力を持っていますわね」


 褒められて華凛は照れてしまう。アットホームな雰囲気に馴染めないのは新しく来た子だけだ。

 雅と陽菜に言われる前には亜矢にも分かっていた。今まで目立たなかったこの少女が人間ではないことが。

 華凛は悪魔の力を隠していたし目立たなかったし、この町は知らない人間ばかりでまさかその人間達の中に悪魔が混ざっているとは思わなくて亜矢は完全に不意を打たれてしまっていた。

 まさに知らない物を隠すなら知らない物達の中といった気分だった。

 だが、悪魔だと分かれば確かに悪魔の力を感じる。悪魔は人間よりもずっと気配に敏感だ。人間では気づかないことでも気づく事ができる。

 亜矢は目的の場所に辿り着いた事を確信する。


「そう、あなたが壮平をやったのね」

「うん……」


 相手の態度が思ったより好意的ではない不穏な感じで華凛は戸惑ってしまう。その理由はすぐに本人から明かされる。


「あなたがあたしのお兄ちゃんをやったのね!」

「ええ!?」

「あの壮平の妹!?」

「似ていませんわ!」


 周りの反応などもうどうでもいい。すでに目標は捉えられたのだから。亜矢は華凛に向かって鋭く指を突き付ける。


「似ていないなんて褒め言葉ね! あたしはあんなろくでもない奴らのようにはなるまいと決めて生きてきたんだから! でも……それでも許せない事はあるの。あなたに決闘を申し込むわ!」

「ええーーー…………」


 決闘と言われても華凛はどうしていいか分からずに混乱するばかり。頼れる陽菜と雅の顔色を伺ってしまう。

 頼りになる二人はすぐに華凛の代わりに決めてくれた。


「その決闘、受けますわ!」

「望むところだ!」

「あ、やるんだ……」


 二人が賛成と決めたからには華凛が断るわけにはいかなくなった。きっとこれが良いと信じて自分も選ぶ。


「分かったよ。決闘しよう。いつにする?」

「今からよ! もう逃がさない! またここに来るのも面倒でしょ! あなたの死に場所を選びなさい!」

「えっと…………」


 亜矢にはここの土地勘が無かった。華凛にも決闘にふさわしい場所が分からない。さて、どうしようかと考えたところで


「では、移動しましょうか」


 陽菜の勧めで決闘のやりやすい場所に移動することにした。

 そして、華凛達はまたいつかのように階段の前で待たされた。

 亜矢は血気盛んな様子だったが場所に着くまでは手を出す気はないようで、自分の気持ちを抑えるように目を合わせては来なかった。

 雅は決闘前の二人を邪魔しないように少し離れてしまう。

 華凛にはただ待つことしか出来なかった。




 また職員室に鍵を借りにいって、陽菜は先生から声を掛けられた。


「真白さん、また屋上を使うんだね」

「はい、この事は他の人達には内密に」


 屋上は別に陽菜の私有地というわけではない。普段は立ち入り禁止になっている場所を使うのに(人目が無いからこそ都合の良い場所だと言える)先生が駄目だと言うならさすがの陽菜でも下がるしかないのだが、


「うん、いいよ。僕は真白さんの味方だからね」

「ありがとうございます」


 気の利く先生で助かった。余計な手を回さずに済む。

 それなりにみんなが驚くような権力を持つ陽菜だったが、さすがの彼女でも親には逆らえない。

 悪魔嫌いの父に目を付けられれば活動がやりにくくなってしまうので、内々で用事が片付けられるならそれに越したことはなかった。

 鍵を取りながら陽菜は、


「今日は美風さんはいませんのね」


 前の事を思いだしてどうでもいいことを気にした。別に鍵を取りに来て他のクラスの生徒と出くわすなど珍しい事ではないのに。

 すぐにこれからの目的に向かって意識を切り替え、陽菜は待たせている仲間の元へ向かった。

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