第18話 悪魔との接触

 放課後の校内の廊下を亜矢は進んでいく。教えられた通りの道を辿って。

 たまにすれ違う生徒などもう相手にしない。足取りにもう迷いはない。場所を聞いたのだから後は言われた通りに進んでいくだけだ。

 そして、ついに辿り着いた。


「悪魔研究会。ここね」


 部屋の横にはわざわざ大きく表札が付いていた。声に出して読まずとも間違いはない。ここが悪魔研究会なのだ。


「悪魔を騙さずに本当の事を教えるなんてこの町の人間は甘ちゃんだわ。警戒した自分が馬鹿みたい。でも、念のために」


 ドアはほんの少し開いている。そこに目をやる。不用心な奴らだと思うが、それはどこか自分を罠へと誘っているように亜矢には思えた。


(お兄ちゃんをあんな目に会わせた悪魔のいる町だものね。ここは慎重にいくべきか)


 亜矢は念のために(決して度胸が無かったわけではないわよ)そっと隙間から中を覗いて見ると三人の少女達が何かしているのが見えた。先生の姿は無いようだ。

 大人がいないのは助かる。子供だけで話が出来る。


「あいつらの誰かがこの町の悪魔の情報を知っているのかしら。研究会だと言い張るほどだものね」


 中に入るのはやはり緊張するが勇気を出す。ここまで来たのだから後は踏み込むだけだ。

 同じ小学生として、また悪魔として舐められないように。亜矢はわざと大き目な態度を意識して開きかけのドアを全開に開けてすぐさま中へと足を踏み入れた。


「ドアを開けているなんて何て不用心。お邪魔するわようぎゃああああ!」


 その時、いきなり何かが頭上から降ってきて亜矢の頭を直撃した。ポフンと当たった衝撃はたいしたことが無かったが、謎の粉を撒き散らして視界が悪くなった。


「ごほっ、何なのこれ」


 これに何の意図があるのか分からずに亜矢は混乱した。三人の視線が一斉にこちらを向く。

 その獲物を捉えたハンターのように感じる目を見て亜矢は瞬時のうちに悟った。自分は罠に掛かったのだと。


(この町を甘く見たか!)


 あの大きな看板もちょっと開いたドアもこっそり仕掛けられた罠に気付かせないための目眩まし。

 ならばこの粉は悪魔の力を封じる道具が何かだろう。そうとしか考えられない。

 看板は悪魔を招くために雅の提案で用意された物なんて亜矢は知らない。この場に留まるのは危険だと判断する。


「人間め、こしゃくな真似を!」


 慎重さが足りなかった事を悔やむ時間はない。

 身に迫る危険を察知した亜矢はすぐさま回れ右して脱兎のごとく逃げ出した。戦略的撤退だ。罠に掛かりながら相手のグラウンドで戦うのは得策ではない。

 まずはこの謎の粉を落とさなければ勝負にならないだろう。相手は兄の壮平をあのような目に会わせた悪魔に関わる者達なのだから。




 一方でいきなりの侵入者に呆気に取られていた三人はその姿が去って少ししてから我に返った。

 この部屋に知らない人が来るなんて華凛が入部して以来のことなのでみんなが驚いたのは無理も無かった。

 今まで陽菜の権力と悪魔という題材にこの学校で近づく者はほとんどいなかったのだ。しかも黒板消しが落ちたのだ。来たのはただの人ではない。


「今のは?」

「間違いない!」


 雅の行動が一番早い。黒板消しの能力は設置した本人が一番よく知っている。

 疑うことをせず悪魔を見つけたと確信した彼女はすぐさま獲物を狙う肉食獣のように駆け出した。落ちた黒板消しなどもう構わずに部屋を出る時に蹴とばして廊下に出て走っていく。


「追いますわよ!」

「うん!」


 華凛にはよく分からなかったが陽菜の後に続いて追いかけた。目標の姿はもう廊下に見えなかったが追いかける仲間の背中は見えている。

 華凛も友達の目指す方向へ向かって走った。悪魔の力を使えばすり抜けて飛んですぐに追いつけたかもしれないが、今の慌てている状況と悪魔の力を見せないようにと教育された境遇があって、今の華凛の頭にはその考えは無かった。




「何なのよあれ。何なのよ」


 廊下は走るなと書かれてあったので急いで走らないように早歩きしながら、亜矢は髪や肩に掛かった粉を払おうとするが上手くいかない。


「くっ、取れないじゃないのこれ」


 今になって気づいたが粉には特に悪魔的な力を封じる効果は無いようだ。

 だが、悪魔の力を不用意に使って人に目撃されては困るので、亜矢はその粉を廊下の途中で見つけた水道で洗い流すことにした。

 ここは土地勘のない学校だ。人間の力で何とか出来るならそれにこしたことは無い。

 水道の蛇口を捻って出た水流の中に自分の頭を突っ込んで汚れを洗い流す。


「うー、酷い目にあったー。これ取れるのかしら」


 悪魔の力を使っていないのだから自分の正体はばれていないはず。

 そう信じて油断していた亜矢は気づいていなかった。自分の背後から近付いてきた人間がいることに。

 ここの水道を使う人間か、通行人なら自分になんて構わずに通り過ぎるだろうと思っていた。この町に来てからずっとそうされていたように。それが油断だった。

 亜矢はいきなり襟首を掴まれて引っ張られた。


「悪魔確保!」

「ええ!?」

「間違いありませんわね?」

「運命の道しるべは付いている」

「粉がかかっていますものね」

「あなた達何なの!?」


 亜矢には何が何だか分からない。だが、部室にいたはずの二人が明らかに自分を狙っているのは見て取れた。

 悪魔の力を使うのは簡単だが、亜矢の目的は別にこの二人を吹っ飛ばすことではない。警戒されて情報を隠蔽されるのが一番困る。

 だからどうしていいか分からずに硬直してしまった。二人が睨んでくる。


「あなたは悪魔で間違いありませんわね?」

「粉が付いている。言い逃れは出来ないよ!」

「くっ、そうよ。あたしは悪魔よ。だとしたら何だっていうの?」


 悪魔は嫌われてはいるが、別に見つかったら逮捕されるような危険な法律があるわけではない。

 バレている以上、亜矢は開き直るが。


「わたしは悪魔を欲していた。今日も運命の日」

「わたくし達の部屋に来てもらいますわよ」

「ええ!? 何で!?」


 亜矢は困惑して視線を巡らせる。人気のない廊下。二人から離れて見ていた少女の瞳がどこか気になった。

 他に目撃者はいない。ならば静かに行動するのが得策か。そう結論付けた。


「いいわ。どこへなりとも連れていきなさいよ。その代わり、あたしからもあんた達に話があるからね」

「いいですわ。一緒に話をしましょう」

「部室はこっち」


 陽菜と雅に少女が連れていかれる。華凛には何も出来なかったが、みんなの後をついていくことにした。

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