第16話 手がかりを求めて

 さて、隣町に来たはいいが亜矢はこの町に当ても知り合いも土地勘も何も無かった。生まれて初めて来る町なのだ。ここからどうやって子供の悪魔とやらの手がかりを探せばいいのだろうか。途方にくれる。


「お兄ちゃん、この町で何をやっていたの……?」


 呟いても通行人が足を止めて親切に教えてくれるわけもない。とにかく行動するしかないと覚悟を決めた。


「お兄ちゃんをやったのはわたしと同じ年頃の子供の悪魔なのよね。子供の事なら子供に聞いてみるのが得策か」


 子供なら大人に聞くよりは気分が楽かと亜矢は放課後の小学校近くの道を狙ってみるのだが、友達同士で楽しそうに笑い合っている子供達を見ては二の足を踏んでしまった。


「何でみんな友達がいるの? 呑気に笑い合って人間め……」


 とても声を掛けられそうな雰囲気ではない。もし友達同士の会話を妨害するように近づいて話しかけたら何しに来たのこいつと見下される姿が亜矢にはありありと想像できてしまった。


「わたしにも友達いるもん。悪魔の事を話せる友達がいないだけで……」


 尻込みしてしまうが遠路はるばる隣町まで来たのだ。何も成果を得ずに帰るわけにはいかなかった。

 亜矢は声を掛けられそうな相手を探しながら諦め悪く小学校の近くを張っていた。


「何でみんな誰かと一緒にいるの。一人でノコノコと出てくるちょろそうな奴はいないのかしら」


 すると願いが天に通じたのか丁度都合よく一人で校門を出てきた根暗そうな少女がいた。

 彼女は長い髪を垂らしてこの世の何にも興味が無さそうな冷めた目で地面を見ながら歩いていた。


「しめた。ぼっちだ。あいつに訊こう」


 陰気そうな奴なら悪魔にも興味があるかもしれない。亜矢は落下しつつあった気分を跳ね上げてその少女へと近づいていった。




 相手の少女の視界に入らないように注意深く、亜矢は少し横に逸れたラインを位置取って近づいていく。目標の少女は地面を見ながら真っすぐに歩いていてこっちに気付いた様子は無かった。

 亜矢はそのままターゲットのすぐ間近まで近づいた。


「……ジェル……ぶつぶつ……」


 相手は何かを呟いているがよく聞き取れない。亜矢の悪魔の力を発動させれば聞き取れたかもしれないが使う必要は無かった。どうせ小学生の呟く事と言ったら授業に出た単語とかそう言った類の物だろう。同じ年頃なので推測できる。

 亜矢に取って重要なのはこの町の子供の悪魔に関する情報なのだから、相手の個人的な事情などはどうでも良かった。

 亜矢は悪魔としてまた子供として舐められないように強気な態度でその根暗そうな少女の前に堂々と立つと指を突き付けて言い放った。


「そこのあなた。ちょっと訊きたいことがあるんだけどいいかしら」

「真白……うん……」


 だが、その少女は何も気に留めることなく目を合わせることすらなく少し横に避けて通り過ぎていった。

 亜矢は慌てて今すれ違ったばかりのその少女の肩を掴んで呼び止めた。


「ちょっと、やっと話しかけられたのに無視されると困るんだけど! ひっ」


 亜矢は思わず掴んだばかりの少女の肩を離してしまう。それほど振り返った相手から鋭い眼光で睨まれたからだ。

 根暗だと思っていたのに前髪から覗く視線は妙な迫力がある。そんな少女に、亜矢は話しかける相手を間違えたのではと弱気になってしまった。


「何か用ですか? わたしは今考え事をしているんですよ」

「えっと、えっとね……」


 亜矢は迷ってしまう。相手はもう姿勢を正してこっちに完全に向き直っていて何かを言うまで逃がしてくれそうになかった。

 迫力を納めたその冷めた視線からは相手の少女が何を考えているのか亜矢にはこれっぽっちも読み取れなかった。

 考えて、亜矢は決意を固めて言う事にした。どのみち訊くために彼女を呼び止めたのだから、どうにでもなれという気分で。


「少し前にこの町で悪魔の関わったニュースになるような事件があったはずよ。それに何か子供の悪魔が関わっていたらしいんだけど、あなた何か知らないかしら」

「子供の悪魔ですか」


 思い切って訊ねると物騒な感じの少女は小首を傾げて思ったより真面目に考えてくれた。亜矢は答えを待つ。その答えは期待してたのとは少し違っていた。


「心当たりはあります。教えてもいいのですが、あなたもこちらのお願いを一つ聞いてはいただけませんか? それが条件です」

「あなた、悪魔と取引しようって言うの?」

「悪魔と取引?」

「いえ、今のは言葉の誤よ」


 慌てて誤魔化す。

 相手のお願いがどんな物かは亜矢には想像も出来なかったが、何か情報が得られるなら取れる選択肢は一つしか無かった。


「いいわ。そちらのお願いを聞こうじゃない」


 了承の返事をすると相手は少し嬉しそうにうなづいた。物騒な人が少し気分を良くしたようで亜矢も少し安心した。

 相手の条件を聞く。少女は静かに口を開いた。こうして話していると普通の人間のようで、慣れない町に来て緊張していた亜矢も少し気分が楽になった。


「わたしの学校で悪魔を研究している研究会があるのです。その長をしているのがあの真白陽菜です」

「あの真白陽菜?」


 知らない名前に心底から不思議な声を上げると相手の顔が不機嫌になった。こんな常識も知らないのかとばかりに。そうは言われてもこの町に来たのは初めてなのだから仕方がないではないか。

 亜矢の不満に相手は対して興味が無いようだった。機嫌悪くした表情をすぐに直して元の冷めた顔に戻って話を続けた。


「あなたの知りたい悪魔の情報はその研究会なら持っているかもしれません。何せあの真白陽菜が運営しているのですから。真白家はこの町では権力を持っていますからね。侮れません。そこであなたにやって欲しいことはその陽菜の行っている研究会がどれだけ悪魔の研究を進めているのかをそれとなく見てきて欲しいのです。わたしでは陽菜に警戒されていますから」

「分かったわ」


 情報はその研究会が持っている。様子を見て来ればこの少女は満足なのだろう。そうと分かればもうこんな得体のしれない少女に構う必要は無かった。

 亜矢はさっそく研究会に向かうべく校門の前に立つが、知らない学校に勝手に入っていいのだろうか。

 下校する生徒達を見れば自分が部外者である事を感じてしまう。

 亜矢は戸惑って振り返るが、じっとこっちを見ている少女と目が合ってしまった。彼女の視線は用件が終わるまでは逃げる事は許さないと語っていた。

 亜矢は覚悟を決めた。


「もし他校の生徒が学校に勝手に入ったらいけないんだったら文句はあの子に言ってよね」


 そう責任を向こうの少女に丸投げして、亜矢はもう迷う事はせず、勇気を出して校門をくぐり校舎へと近づいていった。

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