第15話 悪魔の情報
日を改めて休日の昼の時間。
亜矢は人々の活気で賑わう町の歩道をある目的地へ向かって歩いていた。
今時の悪魔は人間に知られないように身を潜めて生きているが、何も活動していないわけではない。彼らは彼らで悪魔の独自のネットワークを持っていて人間の社会に負けまいと対抗しようとしている。
そんなやる気のある悪魔達の集う溜まり場がこの町にもある事を、亜矢は兄の机にあったパソコンの中の資料から知っていた。
「ここがその場所に通じているのね」
賑やかな歩道から薄暗く伸びる建物の間の狭い道の前で足を止める。どこにでもある普通の小道だ。
小学生の少女が建物の間の道を見つめているからといって誰も気にする者はいない。子供の探求心だと思うだけだ。
亜矢は暗い道の先を見つめる。そこは闇だ。人間なら誰もここに入ろうとはしないだろう。そもそも悪魔以外からは気づかれないように仕掛けが施されていた。
悪魔である亜矢自身も探していないと気にも留めない風景だ。兄の持っていた資料が無ければ見つけられなかっただろう。ここなら何か有益な情報が得られるかもしれない。
亜矢は息を飲み込む。この奥からは行く者を拒むような不穏な空気を感じる。だが、行くしかない。行くと決めてきたのだから少女に立ち去る選択肢は無かった。
「何か良い情報が得られればいいんだけどね」
気分を明るくするようにわざと軽口を叩くように呟きながら、亜矢はこの町の悪魔達の集まるコミュニティへと繋がる暗い小道へと足を踏み入れていった。
悪魔以外が踏み込めば発動する仕掛けも悪魔ならば関係ない。監視の目を感じながらも亜矢は臆せずに前に進む。
やがて道を辿って着いたのは高いビルに囲まれた暗い広場だった。まるで現実の世界からここだけが四角く切り取られたような異質さを感じる。ここはもう悪魔の世界なのだ。亜矢は気を引き締める。
その暗い広場の奥に一件の大きい屋敷のような建物があった。今ならまだ引き返せるが……もう行くと決めているのだ。
亜矢は覚悟を決めて建物へと近づいていき、その扉を開けて中へと踏み込んでいった。
中はまるで酒場のように賑わっていた。大勢の悪魔達がはめを外したように正体を現してどんちゃん騒ぎをしていた。
亜矢は漂ってきた大人と酒の臭いに顔を顰めてから辺りを見た。
ここなら自分も人間を装う必要は無さそうだ。亜矢は髪をさらりと流し、悪魔の翼と角と尻尾を現して奥へと進んでいった。
騒いでいる悪魔達は自分達のどんちゃん騒ぎで熱狂していて誰も亜矢に構う事はしなかった。それは助かる。早く情報だけ取ってこんな場所からは退散しよう。亜矢は賑やかなのは苦手だった。
空いている奥のカウンター席についてマスターに訊ねる。
「聞きたいことがあるんだけどいいかしら」
「ご注文は何にします?」
「……オレンジジュースで」
ただで情報は得られないようだ。亜矢はメニューを見て値段が高いなと思いつつ注文する。お小遣いを持ってきておいて良かった。
注文したジュースが出てきてストローで少し飲んでから亜矢は再度訊ねた。
悪魔として舐められないように強気な態度を取って。
「お兄ちゃ……壮平の事を聞きたいんだけど、何か知っているかしら」
「はい、隣町で人間達を先導して事件をやらかした方ですね。少し前にニュースになっていました」
「チッ、ニュースになっていたのか」
亜矢はそのニュースを見ていなかった。つい舌打ちしてしまうが、知りたい事を聞かなければならない。あの自信に溢れていた兄があのように怯えるようになった原因だ。亜矢はさらに身を乗り出して訊ねた。
「その壮平が誰かにやられたらしいんだけど、そいつについては何か情報がある?」
「はい、もちろんですとも」
「知っているの!? それは誰!?」
「聞きたいですかな?」
マスターの鋭い視線が亜矢を見る。気圧されながら何か悪魔的な対価が必要なのだろうかと亜矢は迷い身構えるが、マスターは視線を緩めると意地悪をすることなく教えてくれた。
「あなたと同じ年頃の子供の悪魔だったそうですよ」
「そいつがお兄ちゃんをやったの?」
「後の事はその町に行って聞いてみるのがいいでしょう」
「…………」
マスターの態度にはよその町の面倒事に関わる気はないと言った姿勢が見えていた。この町のまとめ役としてよその町の災難を招き入れたくもないのだろう。
もうここで得られる情報は無いようだった。亜矢はジュースを飲み終わって席を立った。
「ありがとう。ジュースおいしかったわ」
「今後ともごひいきに」
そして、少女は悪魔達で賑わうその場を後にした。
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