第三章 町の外から来た悪魔

第14話 兄の壮平と妹の亜矢

 この世界には悪魔がいる。それは華凛の住んでいる町以外にも。だが、華凛は他の悪魔達がどこで何をしているのかはほとんど知らない。

 彼らは自分達から悪魔だと名乗り出ることはほとんどしないし、華凛自身も町から出たことはほとんど無いからだ。

 他人に自分が悪魔だと知られても良いことなんてあまり無い。みんながそう知っている。

 華凛自身もまた、親から言わないようにと注意されていることもあって自分から悪魔だと正体を明かすようなことはしなかった。つい最近になって友達の二人にはばれてしまったけれど。


 今日の学校を終えて、華凛は家に帰ってきて手洗いをし、部屋に入って机の前に座り鞄から筆記用具を出して宿題を始めようと思っていたところで母親から声を掛けられた。


「華凛ちゃん、最近帰りが遅いけど学校で何かやってるの?」

「友達が出来たの。早く帰った方がいい?」


 華凛は学校が終わってすぐ家に帰らずに陽菜と雅と一緒に遊んでいることを叱られるのかと思ったが逆だった。母親はとても嬉しそうに微笑んでいた。


「そう、どうなる事かと思ったけど、華凛ちゃんにもついに学校のお友達が出来たのね。これはめでたいことだわ。華凛ちゃん、友達は大事にするのよ」

「うん、もちろん」

「あ、それとくれぐれも自分が悪魔だとはバレないように付き合うのよ」

「うん……」


 もう友達にそれがバレている気まずさに華凛はつい声が小さくなってしまったが母親には気づかれなかったようだ。彼女はただ娘に初めての学校の友達が出来たことを喜んで洗濯物の片付けに向かっていった。

 華凛は少し動揺した気持ちを落ち着けて自分も自分の務めを果たすべくテーブルに広げた宿題に向かうことにした。




 日が沈んでいき夜が近づいてくる。

 この世界には悪魔がいる。それは華凛の住んでいる隣の町にも。悪魔はいろんな町で身を潜めて住んでいる。人間に見つからないように。

 迷惑を掛けようとする悪魔で無ければそうするのが自然だと言った感じで。

 隣町に建つとあるぼろいアパートの一室で、久しぶりに帰ってきた兄を心配そうに見つめる悪魔の妹がいた。

 悪魔の兄は久しぶりに帰ってくるなり真っすぐに自分の部屋に直行した。久しぶりに会う小学生の妹に目をくれることもせず彼はそのまま自分の部屋で布団を被ってうずくまってしまった。


「お兄ちゃん、何があったの?」

「うう~~~」


 妹が心配になって声を掛けても兄はただ震えるだけ。まるで何か怖い者にあって逃げてきたかのように怯えている。


「お兄ちゃん。壮平お兄ちゃんってば!」


 それでも妹が近寄って揺さぶって声を掛けてみれば、布団を被った兄の恐怖にひきつった目が妹を見た。いつも自信に満ちていた兄の初めて見る臆病な瞳に、妹は驚愕して息を飲み込んでしまう。

 そして、彼は言うのだ。妹が初めて聞く怯え切った声で。


「ひえええ! 悪魔!!」

「…………」


 兄はさらに布団を深く被ると部屋の隅っこの暗がりに移動して震え上がってしまった。


「お兄ちゃん、自分も悪魔なのに……」


 妹は訳も分からず見ていることしか出来なかった。このおんぼろのアパートでたった二人の兄妹で暮らしていた。両親はとうにどこかに行ってしまって兄もたまにしか帰ってこなかった。

 悪魔というものはろくでもないものだ。反面教師を間近で見てきて妹の亜矢はそう思っていた。

 それは兄の壮平も同じはずだったのだけれど、怯える身内を見て見ぬ振りは亜矢には出来なかった。

 だが、問題を解決しようにも原因がおそらく悪魔が関係する事なので相談できる友達がいなかった。人間に自分達が悪魔だと話すのはリスクが高すぎた。人間は悪魔を敵視している。それぐらいの事は今では子供でも知っている常識だった。

 亜矢は仕方なくしばらく様子を見る事にした。だが……


「お兄ちゃん、晩御飯が出来たよ」

「ひええ! この悪魔め、来ないでくれ!」

「……ここに置いておくから食べておいてよ」


 そっと料理を床に置いて部屋を退室する。悪魔は近づかない方がいい。刺激するだけだ。

 亜矢はしばらく様子を見ていたが、兄は布団にくるまって怯えるばかり。待っていても状況は改善しそうに無かった。


「このままじゃ……いけないわ」


 そして、亜矢は一つの決意をするのだった。

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